速報18)海溝外地震と太平洋プレート運動
2011年11月11日 発行
太平洋プレートが東日本に沈み込む間際に日本海溝などの海溝の外側,つまり太平洋沖側で起こる地震は,太平洋プレートの動きを力学的にとらえるための指標となる.この地震を海溝外地震(図26)と呼び,1994年9月から17年間分の海溝外地震の解析を行ったところ,以下の4つの結論を得た.
- 太平洋プレートは海溝に沈み込んだプレートの引によって駆動している.
- 東日本巨大地震で開放された歪は太平洋底に蓄積されていた.
- 歪は2005年からの6年間で蓄積した.
- 日本海溝を挟む千島海溝,伊豆・小笠原海溝のプレート引が日本海溝の沈み込み障害を打ち破って東日本巨大地震が起こった.
海溝外地震のプレートダイナミクス
海溝外地震はプレートが海溝に沈み込む直前に起こるので,プレートの力学を検討するプレートダイナミクスにとって最も扱い易い地震である.この海溝外地震は,海溝に向かうプレートの押と海溝から沈み込んだプレートの引の釣り合いによって支配されている(図26).
押が引に比較して大きければ逆断層型海溝外地震が起き,押が引に比較して小さければ正断層型海溝外地震が起きる.
海溝側の引は,沈み込み障害や沈み込んだプレートの過不足障害そしてマントル衝突によって差し引かれる.沈み込み障害はプレート間地震によって解除され,過不足障害は調整地震(速報13)によって解除され,海溝側引を強化する.東日本巨大地震の40分後に起こった海溝外地震EaftM7.5(図24[速報17]・図32[速報19]の最上小円断面の右端)は,東日本巨大地震によって沈み込み障害が解除された結果,引が押を上回ったために起こった地震である.その後も海溝引に押が追い付かず,正断層型海溝外地震が起こっている(図27).また,プレートの引を強化する調整地震は一般に沈み込んだプレート内で起こり,移動調整の横ずれ断層型海溝外地震や海溝方向にT軸を持つ裂開調整の正断層型地震が起こっている.
海溝外地震の解析法
海溝外地震を識別するため,海溝の輪郭に最も良く適合する小円を再計算した.これまでも震源分布の断面表示のために小円を用いてきたが,今回はより厳密な方法によって算出した.最初に海溝輪郭中から選択した3点の載る小円の中心を求め,その中心位置をずらしながら海溝輪郭の全ての点までの距離と標準偏差を算出し,標準偏差の最も小さくなる位置を小円の中心とした(図28・表4).
解析に使用した震源は,気象庁がホームページでCMT解を公表している地震の発震機構CMT解と初動震源位置である.CMT解については1994年9月からの17年間について公表されている.
海溝外地震としたのは,海溝輪郭小円の外側の地震と,海溝輪郭小円の内側20km以内の地震である.
小円名 | 中心北緯 | 中心東経 | 半径 | 標準偏差 |
---|---|---|---|---|
千島 | 58.02 | 128.56 | 19.517 | 0.138 |
襟裳 | 39.15 | 148.47 | 3.305 | 0.098 |
最上 | 39.11 | 138.19 | 4.673 | 0.016 |
鹿島 | 34.00 | 146.32 | 3.616 | 0.026 |
八丈 | 32.96 | 140.81 | 1.087 | 0.018 |
伊豆 | 31.98 | 152.41 | 8.701 | 0.020 |
小笠原 | 27.22 | 138.84 | 4.032 | 0.003 |
小笠原海台 | 26.13 | 147.95 | 4.200 | 0.077 |
マリアナ | 17.57 | 140.78 | 6.728 | 0.071 |
太平洋プレート運動の駆動力
プレートはどのような力で駆動しているのかについては,1960年代のプレートテクトニクスが確立する前の新全球テクトニクス(New Global Tectonics)の段階から議論されてきた.海洋プレートを運動させているのは,拡大している中央海嶺が押す力なのか,海溝で引っ張る力なのかという問題である.
海溝外地震は,この2つの釣り合いが崩れて海洋プレートの破壊限界を超えると起こる.海溝外地震が正断層型の場合には海溝側の引,逆断層の場合には海嶺側の押が大きい場合に起こることから,海溝外地震を検討することによって判定可能である.1994年9月から東日本巨大地震までの16年半に起こった67の海溝外地震(図29)と東日本巨大地震以後の61の海溝外地震について検討した(表5).
2011年3月11日の巨大地震後の海溝外地震は,正断層型がほとんどである.巨大地震の前16年半でも3分の2が正断層であり,太平洋プレートは海溝引きによって運動していると言える.また,海溝外地震が起こった時のプレート運動は,正断層型の場合には加速し,逆断層の場合には減速する.
断層型 | 過去16年半 | 巨大地震後 | 釣り合い | プレート運動 |
---|---|---|---|---|
総数 | 67 | 61 | ||
正断層 | 41 | 54 | 海溝引>海嶺押 | 加速 |
逆断層 | 23 | 3 | 海溝引<海嶺押 | 減速 |
横ずれ断層 | 3 | 4 |
東日本巨大地震で放出された歪は何処に蓄積したか
東日本巨大地震の変位は最大50mと言われている.このことは,地震発生時までにこの変位に相当する歪みが,何処かに蓄積されていたことを意味する.地下の岩石は歪が破壊限界を越すと破壊して断層が生ずる.その際に発生する振動が地震である.破壊限界となる歪は1万分の1から10万分の1と言われているので(笠原,1978),50mの歪を蓄積するためには,500kmから5000kmの幅が必要である.
これまで,太平洋プレート沈み込みに伴う歪は日本列島側に蓄積され,地震の際に放出されるものと予想されてきた.しかし,日本列島側全体で500kmであり, 5000kmの幅ならばアジア大陸中央のウラル山脈にまで及ぶ.日本列島を含めアジア大陸東部は,大断層で切断された不均質な地殻で構成されており,断層破壊を伴わずに歪を一様に蓄積することはできない.
また,蓄積された歪は東日本巨大地震によって開放されたのであるから,巨大地震前の歪と反転した地殻変動が起こるはずである.検潮記録によると,太平洋沿岸は年間約1cm沈降していた(図30:池田・岡田,2011).この沈降が今回の巨大地震の歪蓄積に関係していれば,巨大地震によって隆起に反転しなければならなかったが,数10cmも沈降しテレビ解説者を戸惑わせた.東日本巨大地震の翌朝には中越で逆断層型地震が起こり,その後に出羽丘陵と脊梁でも逆断層型地震(図30の赤×)が起こった.これらの事実は,日本列島で進行している地殻変動が,今回開放された歪の蓄積と直接結び付いていないことを示している.1896年明治三陸津波地震M8 1/4の2ヶ月半後にも,脊梁が隆起する逆断層型の陸羽地震M7.2が起こっている.
従って,歪は日本列島側でなく太平洋プレート側に蓄積したであろう.太平洋底は地震も殆ど起きず均質である.5000kmはハワイまでの距離に相当し(図28),この歪を充分蓄積する幅がある.太平洋プレートが海溝へ沈み込む手前には周縁隆起帯(Marginal Swell)と呼ばれる高まりがある(Dietze, 1954).ここには明瞭なフリーエア重力異常が認められ,海溝では負,周縁隆起帯では正であり,アイソスタシーが成り立っていない.このことはアイソスタシーに反する力が働いて海溝を深く,周縁隆起帯を高くしていることを示している(友田・藤本,1982).この力こそが,太平洋プレートが海溝に屈曲して沈み込む際に生じるたわみである.太平洋プレートは沈み込む際にたわんで,なだらかな高まりの周縁隆起帯を形成する.太平洋プレートはそれぞれの海溝における沈み込み障害などに対し,環太平洋の周縁隆起帯のたわみ具合を調整することによって,一定のプレート運動を確保していると考えられる.
歪は何時から蓄積を開始したか
東日本巨大地震は日本海溝における沈み込み障害が開放された地震であるので,この沈み込み障害が何時から起こっていたかを海溝外地震によって検討する.
沈み込み障害が起こると,プレート押が優勢となり,逆断層型海溝外地震が起こる.確かに2008年12月から逆断層型海溝外地震が日本海溝で起こっている(図31).
この逆断層型地震が起こる前の海溝外地震は,2005年11月15日の正断層型M7.2である.この正断層型地震は,2005年8月16日に牡鹿半島沖のマントル衝突地震M7.2で沈み込み障害が解除され,プレート引が優勢になって起こっているので,日本海溝における沈み込み障害による歪蓄積は,2005年11月以後と言える.
千島海溝では,2009年1月に逆断層型海溝外地震が起こったが,その翌日から2009年8月まで正断層型海溝外地震が起こっており,プレート引が優勢であった.
伊豆海溝では,2010年9月までは逆断層型海溝外地震があったが,その3日後から2011年2月28日まで正断層型海溝外地震で,プレート引き優勢である.
小笠原海溝では,2005年11月の日本海溝における正断層型海溝外地震の翌日に逆断層型海溝外地震が起こり,2008年4月にも逆断層型海溝外地震が起こるが,2010年8月から正断層型海溝外地震が起き,2010年12月22日の正断層型海溝外地震M7.8に続き2011年2月22日まで多数の正断層型海溝外地震が起こっている.
以上をまとめると,日本海溝を挟む千島海溝,伊豆・小笠原海溝ではプレート引の優勢な状態であったが,日本海溝のみが沈み込み障害のためにプレート押優勢な状態にあり,東日本巨大地震の2011年3月を迎えたことになる.
東日本巨大地震は,貞観地震以来の千年分の歪が開放された地震であるとも言われているが,歪は広大な太平洋底,特に環太平洋の周縁隆起帯に蓄積されたものである.6年間でM9.0級の歪を蓄積することが可能なので,今回のような大規模な地震は当分起きないだろうと安心することはできない.
引用文献
Dietze, R.S (1954) Marine gology of northwestern Pacific: description of Japanese bathymetric chart 6901. Bulletin of Geological Society of America, 65, 1199-1224.
笠原慶一(1978)地震とテクトニクス—地殻歪の進行—.岩波講座地球科学,10,33-88.
友田良文・藤本博巳(1982)海山・海溝とリソスフェアの厚さ.科学,52,509-516
池田安隆・岡田真介(2011)島弧-海溝系における長期的歪蓄積過程と超巨大地震.科学,81,1071-1076.