月刊地震予報119)伊豆Slabの緩傾斜翼で起った2019年7月28日の三重県沖M6.6,琉球海溝最深地震2019年7月13日M6.0,Philippine沖2019年7月27日M6.0,2019年8月の月刊地震予報

1.2019年7月の地震活動

 気象庁が公開しているCMT解によると,2019年7月の地震個数と総地震断層面積のPlate運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で15個0.444月分,千島海溝域で1個0.002月分,日本海溝域で4個0.078月分,伊豆・小笠原海溝域で3個1.880月分,南海・琉球海溝域で7個0.395月分であった(2019年7月日本全図月別).2019年5月に2割以下に低下した地震断層面積比が5割近くまで回復している.
 最大地震は2019年7月28日三重県沖M6.6で,次大は7月13日奄美大島M6.0と7月27日Philippine沖M6.0である.M6.0以上はこの3つの地震であった.

2.伊豆Slabの緩傾斜翼で起った2019年7月28日の三重県沖M6.6

 2-1.伊豆Slabの緩傾斜翼

 伊豆・小笠原・Mariana海溝域は,海溝軸輪郭の屈曲から鹿島・鹿島南・八丈・伊豆北・伊豆・小笠原・海台・Marianaの小円区に区分される.これら小円区の海溝から一連の太平洋底が同心円屈曲しながら沈込み太平洋Slabになる(図341).

図341.伊豆・小笠原・Mariana海溝域のSlab沈込様式.
 数字は三重県沖南海Trough直下の2019年7月28日M6.6.
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 鹿島小円区では,深度52kmからSlabが平面化してVladivostokにまで達する深発地震面として沈込むので,この沈込様式を「Vlad沈込」と呼ぶことにする.鹿島小円南区から小笠原小円区までは,Slab平面化後の傾斜角が南に向かって増大する.そして,小笠原小円区では,Slabがほぼ垂直に下部Mantleに達するので,この沈込様式を「垂直沈込」と呼ぶ.さらに南側の海台・Mariana小円区では,海溝からSlabが同心円状に屈曲したまま下部Mantle上面に横臥するので,これを「横臥沈込」と呼ぶことにする.
このように、伊豆・小笠原・Mariana海溝域の太平洋Slabの沈込様式は,北から南に「Vlad沈込」「垂直沈込」「横臥沈込」と変化している(図342).

図342.沈込様式に対応する各小円区の震源分布.
 色と方位はCMT解主応力軸方位.黄色線を沿えたのは同心円状屈曲して沈込んだSlabが平面化し、深発地震面となっている範囲.黒細線円はVlad沈込と横臥沈込に対応する同心円状屈曲円.
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 沈込様式「Vlad沈込」から「垂直沈込」の間の鹿島小円南区から伊豆小円区では,平面化後のSlab傾斜が南に向かって増大するが,Slab末端部でSlab傾斜が緩くなる(速報23,Kirby & Engdahl.,2019).この緩傾斜末端を持つ沈込を「翼沈込」と呼び沈込様式を区別する.
 鹿島小円南区の「翼沈込」北側の下限深度は 420kmで,伊豆区の南側では544kmと異なることから,「北翼沈込」と「南翼沈込」に区別できる.その間の伊豆北区では「北翼沈込」から「南翼沈込」への中間なので「中翼沈込」と名付ける(図342).これらの沈込様式境界は小円区境界と対応している.
2019年7月28日3時31分鹿島小円南区三重県沖の南海Trough直下M6.6P393kmの地震は,北翼の海溝距離429km深度394kmで起った(図341・図342).

 2-2.「翼沈込」から「垂直沈込」・「横臥沈込」に変化する伊豆・小笠原・Mariana海溝域

 海溝から同心円状屈曲して沈込んだSlabが平面化して深発地震面となっている海溝距離と深度(図342に黄色線を添えた)の範囲を「平面海溝距離」・「平面深度」と呼び,Slabが海溝から最も離れる位置を「最遠」,Slabの最大深度の位置を「最深」とする(表39).

表39 伊豆・小笠原・Mariana海溝域Slabの小円区別海溝距離・[深度]・(Slab長)km.

小円区 Mariana 海台 小笠原 伊豆 伊豆北 鹿島南 鹿島
沈込Slab過不足 + + + + +
沈込様式 横臥 横臥 垂直 南翼 中翼 北翼 Vlad
平面海溝距離 211-307 104-254 100-300 152-314 155-822
[平面深度] [187-695] [65-375] [20-263] [63-291] [52-480]
最遠海溝距離 240 230 307 464 627 568 822
[最遠深度] [477] [301] [491] [536] [520] [420] [480]
最深海溝距離 206 138 246 464 627 568 822
[最大深度] [619] [552] [695] [544] [520] [420] [480]
(全Slab長) (821) (780) (895) (822) (892) (768) (1059)

 横臥沈込の最南端のMarian区では、深度477km海溝距離240kmにおいてSlabが海溝から最遠になり,最大深度619kmではSlabが海溝側に34km戻り海溝距離は206kmとなる.その北側の海台区のSlabは,最遠深度301kmで最遠海溝距離230kmとなるが、最大深度552kmでは138kmと海溝側に92km戻り,同心円状屈曲したまま沈込むという特徴がある(表39).
 垂直沈込の小笠原区のSlabは,最大深度695kmにも及ぶが,海溝距離は上部の平面海溝距離の範囲を保ってほぼ垂直に沈込んでいる.
 翼沈込の伊豆区から鹿島南区では、544km~520km以深には地震が観測されていないことから翼の西端がSlab先端と考えられ,Slabの最遠深度と最大深度が徐々に一致するようになる.
 伊豆海溝の北方に連続する日本海溝から沈込むSlabは鹿島小円区に属し,海溝距離155kmから平面化して深発地震面に移行(図342)して、Vlad沈込になるとSlabの最遠深度と最大深度が完全に一致するようになる.
 Mariana区から鹿島区まで海溝からSlab先端までの長さ「全Slab長」を算出すると,小笠原区の「垂直沈込」の895kmが最も長いが,伊豆北区の「中翼」の892kmやMariana区の821kmが追従し,ほぼ同程度の長さのSlabが沈込でいる(表39).
 異なった沈込様式のSlabでもほぼ同じSlab長であることは、一連の太平洋底が同じ期間沈込んでいたことを意味している.幾何学的に連続した太平洋底が1枚のSlabとして「横臥沈込」から「垂直沈込」・「翼沈込」・「Vlad沈込」と異なった様式になるためには,裂開と翼上昇機構が必要である.
 その検討には,太平洋底が一連の海溝に沿って沈込んでも、弧状をなす海溝軸の輪郭が西の島弧側に凸であるか東の海洋側に凸であるかによって,Slab面積の過不足が生じる幾何学的制約(特報1,表39の「+」と「-」)への考慮も必要である.

 2-3.Manlteに沈込むSlabとMantle相転移

 太平洋底とその下のMantleは共にPlate運動をしており,島弧地殻に衝突すると海溝を形成して沈込む.沈込んだ海洋底はSlabとなり,Slab下Mantleと伴に沈込む.海洋底と伴にPlate運動をしてきたSlab下の浅所Mantleは質量と運動量を保存するため,沈込Slabによって行き手を阻まれる.海洋底に近く低温で比重の大きなMantleは,体積が大きく,Plate運動速度も速いのでSlab下面に沿って優先的に降下しなければPlate運動は停止してしまう.SlabやMantleが降下して圧力と温度が上昇すれば,深度410km でα相(olivine)からβ相(wadsleyite),深度550kmでβ相からγ相(ringwoodite),深度670kmで下部Mantle(perovskite)に相転移する(長谷川他,2015など).

図343.Mantle の相転移境界温度圧力と温度分布(赤荻,2010).
太線:pyrolite想定Mantle温度分布.
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 深度410kmと550kmの相転移は低温ほど進行し易いが,670kmの相転移は高温ほど進行し易い(図343;赤萩,2010など).Slab上面は島弧側Mantleによって加熱されるが,Slab下面は低温降下Mantleによって冷却されるため最も低温に保たれる.同一深度に達しても410kmと550kmの相転移が進行して比重が大きくなるのは温度の低いSlab下部になるが,Slabの下を抜けて島弧側に通過する降下Mantle は,Slabより多少温度は高いが,深度に対応する圧力が大きいため先に相転移する.通過Mantleが相転移すると島弧側の相転移面まで降下する.通過Mantleの上に位置し,相転移していないSlab下端はPlate運動を保持する通過Mantleに浮いて流され,Slab傾斜が減少して媛傾斜「翼」になる(図344).

図344.沈込Slab下端を通過するSlab下Mantleの相転移による緩傾斜翼の形成.
 海洋底が沈込んだMantleが同心円状屈曲すると断面積が半減するため,速度を倍加する.Slab直下の浅部MantleはPlate運動量が大きく低温のため,Slab下面に沿って下降し,真先にα>β相転移し,Slabを浮かべてPlate運動方向に押し曲げて,緩傾斜翼沈込を形成する.
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 海溝から沈込むSlabの面積は,海溝軸輪郭が島弧側に凸であるか海洋側に凸であるかによって,「沈込によるSlab過剰[+]・不足[-]」のように沈込む海底の面積よりも過剰になったり不足したりする(表39).Mariana小円区のMariana海溝は海洋側に大きく凸なので,Slab面積が大幅に不足する.Slab面積不足は,Slab下Mantle不足も伴う.北側の海台小円区は過剰であり,過剰Slab下Mantleは南方に移動して側方の不足を補充する.
 Slab下降下Mantleが側方の小円区の不足補充に使用され,下降流の速度を減ずると,Slab先端を島弧側まで通過できず,Slabは410kmと550kmの上で相転移し670kmまで「垂直沈込」になる.670km以深の下部Mantleへの相転移は低温程進行し難いので,低温のSlabは相転移できず下部Mantle上面に浮いた状態になる(図344).小笠原小円区で2015年5月30日M8.1t深度682kmに続き6月3日M5.6+t深度695kmが起り,Slabが670kmの下部Mantle上面より下まで到達していることが明確になった(速報68速報69). 670kmから685kmまで15km沈込ためのPlate運動から,Slab先端は2万年以上前から下部Mantle上面に到達していただろう.
 小笠原小円区の北隣の伊豆小円区の「南翼沈込」の形成も,深度550kmの相転移でSlab先端の下を通過する下降Mantleに起因しよう.

 2-4. Slab先端浮遊による翼形成と発震機構

 緩傾斜「翼」の形成が開始する300km以深のCMT解89個の海溝距離と深度に基づく見掛傾斜に対応する発震機構型は逆断層p型63%圧縮横擦断層np型36%で圧縮優勢である(表40).

表40.伊豆・小笠原・Mariana海溝域のCMT解主応力軸平均方位

震源 P軸 T軸 N軸
個数 傾斜方位 傾斜角 標準偏差 傾斜方位 傾斜角 標準偏差 傾斜方位 傾斜角 標準偏差
全体 89 267 45 20 31 33 40 152 29 39
p型 55 274 44 18 58 41 27 164 19 28
np型 35 256 41 21 352 7 31 89 49 30

 p型とnp型の差は,T軸傾斜が41°と急なp型と,N軸傾斜が49°と急なnp型として明確に区別でき,相互漸移的な関係にない.p型のT軸58+41とnp型のN軸89+49は方位が31°・傾斜が8°異なっているだけであり,p型のN軸164+19 とnp型のT軸352+7は傾斜方位が南北逆であるが方位は2°・傾斜は23°異なっているだけで,p型のT軸とN軸が入れ替わってnp型になっている.
 T軸とN軸の転換はT軸方位の引張応力が周囲の張力より少しでも減少すれば突然起るので,np型の存在はnp型のN軸方位の引張応力を減少させる応力の存在を意味する.
主体を占めるp型のP軸方位は,Plate運動方向および海溝傾斜方向に一致しており, Slabに沿って伝達されたPlate運動が応力の主体を握っていることを示している.
np型のN軸方位89+49が翼の底面に直交していることは,翼底面に直交する圧縮応力を受けて引張応力が減少し,np型に変換したことを意味している.

 2-5.これらの翼は同じ機構で形成されたのか

 緩傾斜翼には「北翼」・「中翼」・「南翼」があるが,p型とnp型があり,主応力軸方位に相違が存在するか検討する.
 いずれの翼でもp型のT軸とN軸は,方向が逆になること(緩傾斜なので水平を越して反対側へ傾斜する)もあるが,np型のN軸とT軸に対応しており,主応力軸入替によって発震機構型が換わっていることが分かる.
 主応力軸平均方位はp型の北翼と中翼が一致し,npの中翼と南翼が一致している.これらの主応力軸方位の中で最も良く一致しているのはnp型のN軸方位である.np型のN軸方位は翼を押上げる応力に対応することから,北翼から南翼まで同様の押上げ応力が働いていることを支持する.

表41.伊豆・小笠原・Mariana海溝域のCMT解発震機構型別主応力軸平均方位

発震機構型 震源個数 P軸 T軸 N軸
傾斜方位 傾斜角 標準偏差 傾斜方位 傾斜角 標準偏差 傾斜方位 傾斜角 標準偏差
北翼 p 16 275 34 18 74 54 25 178 11 25
np 8 270 31 14 5 9 32 108 57 31
中翼 p 15 278 52 19 75 35 22 172 12 25
np 5 251 36 26 344 1 34 81 63 27
南翼 p 25 270 47 11 37 30 14 145 28 14
np 19 249 47 19 349 11 29 89 41 30

 2-6.「横臥沈込」・「垂直沈込」・「翼沈込」間のSlab裂開と引張過剰非双偶力成分nonDC比

 Wadati (1935) の深発地震面の発見により,地震を起こせる平面が海溝から地球深部に繋がって存在していることが明らかになり,Slabと呼ばれている.ただし,震源の分布していない所については,Slabが連続しているが地震が起らないのか,Slabが裂開しているのかの判定は難しい.
 伊豆小円北区と伊豆小円区境界では,300km以深CMT解唯一の地震(正断層t型2000年6月10日M6.2Tr527km)が起っている.この非双偶力成分nonDC比+35%は,最大の引張過剰で,圧倒的に圧縮力優勢の中にも引張応力が働いている所が在ることを示している.この主応力軸方位(P37+73T142+4N233+16)の引張主応力方位は南東(T142)で,中翼と南翼の境界部で南翼を下方に引き裂く応力に対応している(表41).
 300km以深CMT解98個の平均nonDCは-5.4%で圧縮過剰で,p型の平均は-7.1と圧縮過剰の程度が高く,np型は-3.5と低い.この中で,上記のt型が+35%は特異な存在であるが,その他にnp型とp型の+5%以上の引張過剰もある(図346,表42).

表42.伊豆海溝域の引張過剰nonDC>=+5%非双偶力成分比のCMT解

発生 規模M 発震機構型 小円区 深度 非双偶力 P軸 T軸 N軸
方位 海溝距離 成分% 傾斜方位 傾斜角 傾斜方位 傾斜角 傾斜方位 傾斜角
2019 4 29 4.8 +np 鹿島南 277 403 319 +10 277 27 176 27 39 55
2018 12 10 5.2 +p 鹿島南 266 364 367 +6 258 23 145 43 7 38
2016 8 22 5.8 +np 伊豆 263 291 418 +9 239 40 359 31 114 35
2014 8 21 5.3 +pr 鹿島南 266 334 327 +6 330 31 119 55 231 15
2014 5 12 4.9 +np 伊豆 256 370 544 +17 238 43 339 11 80 45
2012 10 13 4.8 +np 伊豆 252 317 495 +23 258 42 13 24 123 38
2012 4 10 4.8 +p 鹿島南 270 441 373 +10 322 70 112 18 205 9
2010 8 19 5.3 +p 伊豆北 274 359 396 +19 288 56 176 30 175 15
2010 7 2 4.7 +np 伊豆 263 425 532 +23 270 34 176 7 76 55
2008 9 6 5.0 +np 伊豆 255 364 536 +9 244 45 4 26 112 33
2008 9 2 5.4 +np 伊豆 262 254 375 +6 290 57 20 0 110 33
2005 6 5 5.0 +p 鹿島南 266 391 355 +5 274 37 70 51 175 11
2004 10 11 5.0 +np 伊豆北 271 627 520 +14 219 12 315 27 107 60
2000 6 10 6.2 Tr 伊豆 266 393 527 +35 37 73 142 4 233 16
1999 6 16 5.0 +p 伊豆北 273 374 388 +13 268 35 113 52 6 12
1994 12 22 5.1 +np 鹿島南 278 568 379 +11 261 24 13 40 149 41

図345.Slab裂開による沈込様式境界部の引張過剰(青色)正非双偶力成分nonDC比.
 数字は300km以深CMT解唯一の正断層型震源で非双偶力成分比が+35%の最大引張過剰である.
青色:引張過剰の+12%以上,赤色:-5%から-10%の圧縮過剰,桃色:-12%以下の圧縮過剰.正nonDCについては引張主応力T軸方位,負nonDCについては圧縮主応力P軸方位.軸長はCMT解規模MとnonDC比の絶対値に比例.
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 正の引張過剰非双偶力成分比のCMT解はMariana小円区・小笠原小円区・伊豆小円区・伊豆小円北区の境界に散在する.負の圧縮過剰nonDCは,大きくないがPlate運動方位に揃っている.太平洋底のPlate運動が貨物列車のdiesel機関車のように押すと,遅い貨車が押され,前の貨車を押すように,Plate運動方位の圧縮応力による地震の連鎖が起る.貨車が並走し,その間に綱が張られていれば,一方の貨車の軌道が下方に離れる場合,綱に張力が懸かり,最終的に切断される.引張過剰CMTが起る小円区境界は沈込様式・翼形式境界で,並走貨車軌道分岐に対応することから,Slab下Mantle下降流の島弧側流出に伴う翼形成機構を支持する.

 2-7.三重県沖M6.6深度393kmの最大震度が何故宮城県南部なのか.

 三重県沖の「北翼」で起った本地震は三重県内で震度1であったのに宮城県南部の丸森町で最大の震度4を記録した(図346).

図346.三重県沖M6.6深度393kmの震度分布.
 気象庁Home Pageによる.
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 「北翼」が地震破壊を起こすことができることは,低温で地震波を伝達し易いことを意味する.「北翼」西部で地震が起り,翼に添って震動が伝われば減衰が少ないが,震源の北側の三重県に伝わるには翼上の温度の高いMantleを通過しなければならないので減衰し,震度が小さくなる.
 「北翼」は伊豆海溝から同心円状屈曲する急傾斜のSlabに接続するため,「北翼」に沿って伝わってきた震動が伊豆海溝の下100kmを通過し,伊豆諸島の震度は大きくならない.伊豆海溝の同心円状屈曲Slabは日本海溝の太平洋Slabに接続するが,「北翼」を伝わる震動は関東地方と福島県の下の太平洋Slabを通過すれば減衰せず宮城県まで到達する.
 震源を中心としない震度分布は,異常震域と呼ばれている.今回の異常震域は伊豆Slabの「翼沈込」が関与しているため,理解し難い形態になったが,このような形態こそが「翼沈込」の存在を支持している.

3.琉球海溝最深地震2019年7月13日M6.0

 2019年7月13日9時57分に奄美大島沖で起ったM6.0P深度256kmは,八重山沖の2014年12月11日M6.1-t250kmの最深記録を更新した(図.347)
 奄美大島沖は南海Trough・琉球海溝の接合部のSlab余剰のために形成される日向灘沿いの急斜Slabの西端に当っており(月刊地震予報117),台湾衝突によるSlab余剰の八重山沖とともに最深記録を出す海域になっている.この最深記録は,深度410kmのMantle遷移層上面より浅いので比海Plate沈込は上部Mantle内で進行している.

図347.琉球海溝域のCMT解主応力軸方位.
 数字は2019年7月に最深記録を更新した奄美大島沖7月13日M6.0P256kmと7月27日Philippine沖M6.0-npo脈震,およびこれまでの最深記録を保持していた2014年12月11日M6.1-t250km.
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4.Philippine沖2019年7月27日M6.0

 2019年7月27日8時37分にPhilippineと台湾の東方でM6.0-npo31kmが起った.この前の5時16分に北北西(337°)方震央距離10kmでM5.3-npo24km,後の10時24分に東北東(59°)方震央距離13kmでM5.8-npo13kmがあり,1日以内に同所で起る脈震になっている(図347).この震源域は,台湾・琉球海溝に衝突・沈込む比海Plateが西方から南China Plateに沈込まれる特殊な地域で,南China海Slabも沈込んでいるが,本地震は上の比海Plate内の地震である.
 最大地震基準の応力場極性偏角はOrg22.1・Org34.4で基準極性で偏角も変化せず,応力場変化が認められないことから,大地震の前震の可能性もある.

5.2019年8月の月刊地震予報

 伊豆海溝から離れた三重県沖でM6.6が起った.小笠原海溝から下部Mantleへの沈込,下部Mantle上面に横臥するSlabとどのような関係にあるか不明であったが,今回の検討によって伊豆Slabの「北翼」であることが判明し,宮城県で最大震度が観測されたことも理解できた.今後,太平洋Plate沈込に異常が起った場合に対処可能になった.
 奄美大島沖の比海Slab先端の最深記録が更新された.比海Plateの沈込による地震活動はPlate運動の2割程度と少ない状態が継続しており,歪蓄積が進行していることは確かであるが,何時限界に達するかが懸念される.
 Philippine沖では脈震を含む連発地震が起きたが,応力場極性の逆転に至っておらず,大地震の前震とも考えられるので警戒が必要である.

引用文献

 赤萩正樹(2010)地球構成物質の高圧相転移と熱力学.「地球惑星物質科学」,新装版地球惑星科学5,岩波書店,123-176.
長谷川 昭・佐藤春夫・西村太志(2015)地震学.現代地球科学入門シリーズ6,共立出版,471p.
Kirby,S.&Engdahl,E. (2019) The isolated M7.9 deep earthquake of 30 May 2015 under the Present Bonin Wadati-Benioff Zone: Evidence from the New ISC-EHB Earthquake Catalogue (1930-2015) and CMT Focal Mechanism. JpGU, P-EM15-07.
Wadati, K. (1935) On the activity of deep-focus earthquakes in the Japan Islands and neighborhoods. Geophysical Magazine, 8, 305-325.