月刊地震予報159)2022年11月14日の遠州灘の深発翼β震源帯M6.4と琉球海溝域の歪解放周期更新,2022年12月の月刊地震予報

1.2022年11月の地震活動

 気象庁が公開しているCMT解によると,2022年11月の地震個数と総地震断層面積のPlate運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で15個0.215月分,千島海溝域で4個0.046月分,日本海溝域で5個0.069月分,伊豆・小笠原海溝域で4個1.162月分,南海・琉球海溝域で2個0.039月分であった(2022年11月日本全図月別).
 2022年11月の総地震断層面積規模はΣM6.5で,最大地震は2022年11月14日に伊豆海溝域鹿島小円南区深度362㎞の深発翼β震源帯Wingβで起こった M6.4である.他にM6.0以上の地震は無かった.
 2021年1月からのCMT解(図487)は,日本海溝域で2022年6月以降静穏化した一方,2022年9月から琉球海溝域に続き伊豆海溝域が活発化した.琉球海溝域では,歪解放周期更新を告げる琉球海溝震源帯TrPhのM7級地震が起こり(月刊地震予報157),伊豆・小笠原海溝域の深発翼β震源帯が続いた.琉球海溝域と伊豆・小笠原海溝域はPhilippine海Plateを共有しており,歪集積解放の相互関係を知るための重要な鍵を握っている.

図487.2021年1月から2022年11月までの23月間のCMT解.
 震央地図(左図),海溝距離断面図(中図)地震断層面積変遷(右上下図):右縁の数字は月数(図422説明参照(月刊地震予報144).
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2.2022年11月14日の深発翼β震源帯M6.4と琉球海溝域の歪解放周期

 2022年11月14日17時08分,鹿島小円南区の遠州灘の深度362㎞で深発翼β震源帯(月刊地震予報124)鹿島震源域WingBkのM6.4-npが発生した.震度分布は中国地方から北海道そして小笠原諸島に及んだが,震央に最も近い浜松の震度1に対し,東北日本のつくばみらい市と福島県の双葉町・浪江町が最大の震度4と典型的な異常震域地震(月刊地震予報119)であった.海溝から沈込むSlabが翼状に水平近くまで傾斜を減ずる深発翼震源帯で発生した地震波はSlabを伝わり,伊豆海溝から日本海溝のSlabに乗り換えて東北日本に伝達したことを示している(図488).

図488.2022年11月14日遠州灘深度362㎞M6.4の震度分布.
 震度1以上が観測されたのは,中国地方から北海道そして小笠原諸島に及んだが,震源に最も近い浜松が震度1なのに,東北日本のつくばみらい市と福島県の双葉町・浪江町が最大の震度4と典型的な異常震域地震であった.
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 深発翼β震源帯は,伊豆海溝の北縁の鹿島小円南区に分布しており,上部Mantleのカンラン石(α相)がβ相へ転移する深度410㎞(月刊地震予報119)に沿って太平洋Slabの傾斜が急減する所に対応している(図489).
 鹿島小円南区では,海溝傾斜方位(図489右下の主歪軸傾斜方位図のTrDip)とPlate運動方位(紫色Sub)がほぼ一致しているが,その方位に深発翼β震源帯の主圧縮歪P軸傾斜方位(図489の〇印)が揃っている.このことは,震源帯がPlate運動に支配されていることを示している.
 CMT解59個中の非双偶力nonDC成分比は,‐5%以下の圧縮過剰地震が32個と半数以上を占め,+5%以上の引張過剰地震が8個のみの圧縮過剰である.この圧縮過剰は,Slabを水平近くにまで翼状に押し上げる上昇圧が,主圧縮歪Pに直交する上下方向の主引張歪Tを相殺しているためと考えられる.この上昇圧は太平洋底下を随行して来たMantleが太平洋底の沈込によって行場を失い,Slabの下端から背弧側へ流出する際に生じたものであろう(月刊地震予報119).
 発震機構型では,逆断層型が3分2を占めるが,残りの3分の1は圧縮横擦断層np型(図489の緑色)が占めている.逆断層型では,主圧縮歪P軸が水平に近いSlabに沿い,主引張歪T軸が上下を向くが,上下方向の引張歪が随行Mantleの上昇圧によって相殺されてSlab内に収まり,主圧縮歪P軸と主引張歪T軸の載る主歪面が水平になり,主歪面に直交する主中間歪N軸が垂直になって横擦断層型になる.

図489.2022年11月14日の伊豆・小笠原海溝域深発β震源帯M6.4の主歪軸方位.
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 深発翼Wingβ震源帯の地震は,伊豆海溝に沿う同心円状沈込み太平洋Slabが太平洋底を随行してきたMantleによって押し上げられて集積した歪が解放されたものであり,随行Mantleの背弧側への流出を意味している.太平洋Slabに沈込まれるPhilippine海Plateが沈込む琉球海溝域は,流出Mantleの影響を直接受けるので,その影響を2022年9月に更新された琉球海溝域の歪解放周期と比較する.
 琉球海溝域全体の累積地震断層面積は地震観測開始以来の100年間はほぼ一定の速度で増大している(図490中図の左から4番目Ryukyu).Benioff曲線には歪の集積と解放が段差として現れる.この段差を1994年9月以降のCMT解について(図490上図),沖縄海盆震源帯RifPhOkw(図490左端)・平面化震源帯uBdPh(図490左から2番目)・海溝震源帯TrPh(図490の左から3番目)に分けて比較すると,段差の発生する年月日が左端のRifPhOkwから右側のuBdPh・TrPhへと下方へ明瞭にずれている.多くの地震によって歪を解放するこの段差は,Benioff図左側の移動平均地震断層面積規模areaM曲線では峰になっており,(歪)解放期と呼ぶことにする.各震源帯のそれぞれの段差に海溝域解放期・平面化解放期・沖縄海盆解放期と名付け,年月日の順に「0」から「4」と番号を付す.1922年1月からの震度観測地震開始まで作図年代範囲を拡大し(図490中図),歪解放期番号を「‐6」まで拡張する.
 伊豆・小笠原海溝域の鹿島小円南区のCMT解についてのBenioff曲線もほぼ一定の速度で増大しているが(図490中図右端のOgasawara),深発翼β震源帯WingBkについてのBenioff曲線にも明確な解放期が認められ(図490の右から2番目),琉球海溝域の海溝域解放期と最も良く対応するので,その解放期番号「‐5」から「4」を付す.
 琉球海溝域には,琉球弧に並行し,海洋側から背弧側に向かって3つの主要震源帯が分布している.琉球弧下に同心円状屈曲して沈込む海溝域震源帯TrP・沈込んだ琉球Slab下の随行Mantleが屈曲Slabを押上げ平面化する平面化震源帯uBdPh・Slab下を通過したMantleが大陸Mantleと衝突して上昇し,沖縄海盆を拡大させる沖縄海盆震源帯RifPhOkwがある.これらの震源帯の活動は,海溝側から背弧側に順次,海溝域解放期・平面化解放期・沖縄海盆解放期と起こり,この一連の解放期が一つの琉球海溝域歪解放周期を繰り返している(月刊地震予報149).

図490・.琉球海溝域の震源帯RifPhOkw・uBdPh・TrPhおよび全震源帯と伊豆・小笠原海溝域鹿島小円南区のWingB震源帯および全震源帯の地震断層面積移動平均規模曲線areaM曲線(左)・地震断層面積累積Benioff曲線(右).
 上図は,CMT解(1994年9月以降)・中図は,1922年以降の観測地震.
 Benioff図左の数値は,琉球海溝域歪解放周期番号.配色は発震機構型(灰:不明,赤:逆断層型,緑:横擦断層型,黒:正断層型)に由る.areaM図上の「2,5,7」目盛は地震断層面積移動平均の規模(magnitude).Benioff図上の数値は,Plate運動面積に対する総地震断層面積の比.末尾の「F」は総地震断層面積をBeioff図幅に合致させていることを意味し,Benioff図左下端から右上方に伸びる直線は積算Plate運動面積.
 下図は,琉球海溝域のM6.5以上のRifPhOkw・uBdPh・TrPh地震と伊豆・小笠原海溝域のM6.4以上のWingB地震の震央地図・海溝距離断面図.数値は,歪解放期番号.
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 伊豆海溝域の深発翼β震源帯の活動が琉球海溝震源帯の活動とほぼ同期していることが明らかになり,接触し合うPlate相互作用に加え上部Mantle内の流れも地震活動に重要な役割を担っていることを示している.深発翼β震源帯の上には関東地震や南海Trough地震の震源が位置していることから,日本列島下のMantle流も考慮した解析が必要である.
 今後の解析のために,ここで付した歪解放期を代表する地震44個を以下に列記する.震源帯は,先頭位置をずらして区別した.先頭の鍵括弧内の-6から4までの数値は,歪解放期番号・西暦年/月/日・M地震規模・発震機構型(小円区:sKa鹿島小円南区,Tai台湾小円区,Ryu琉球小円区,Yae八重山小円区,Kyu九州小円区,Hau花蓮小円区=海溝距離/深度[Slab深度]km).
 沖縄海盆震源区RifPhOkwの観測地震303個中M6.6以上の8個;
    平面化震源帯uBdPhの観測地震198個中M6.5以上の9個;
       琉球海溝震源帯TrPhの観測地震1208個中M7.3以上の14個;
          伊豆海溝域β深発翼震源帯WingBの観測地震105個中M6.4以上の13個;
          [4]2022/11/14M6.4-np(sKa=418/362[+89]km)
       [4]2022/9/18M7.3-tro(Tai=-10/3[-3]km)
2020]
          2019/7/28M6.6P(sKa=429/393[+111]km)
 [3]2015/11/14M7.1+nt(Ryu=352/17[-116]km)
    [3]2011/11/8M7.0tr(Ryu=333/217[+65]km)
       [3]2010/2/27M7.2+nt(Ryu=22/37[+27]km)
2010]
          [3]2009/8/9M6.8P(sKa=337/333[+128]km)
 [2]2007/4/20M6.7T(Yae=247/21[-57]km)
    [2]2005/10/16M6.5-t(Yae=221/175[+87]km)
          [2]2003/11/12M6.5p(sKa=463/395[+86]km)
       [2]2001/12/18M7.3Tr(Yae=51/8[-6]km)
2000]
 [0]1997/3/26M6.6+nt(Kyu=252/12[-68]km)
1990]
    [0]1986/5/11M6.6?(Yae=330/206[+57]km)
          [0]1984/1/1M7.0?(sKa=474/388[+69]km)
       [0]1984/11/15M7.8?(Hua=-22/33[+27]km)
    [-1]1981/1/3M6.6?(Ryu=267/220[+126]km)
 [-1]1980/3/3M6.7?(Ryu=251/20[-60]km)
1980]
       [-1]1978/7/30M7.4?(Yae=-126/17[+11]km)
       1972/1/25M7.2?(Yae=-42/39[+33]km)
       [-2]1972/1/25M7.5?(Yae=-102/39[+33]km)
1970]
          [-2]1968/2/28M6.4?(sKa=382/366[+124]km)
       [-3]1966/3/13M7.3?(Yae=66/42[+25]km)
       1963/2/13M7.3?(Hua=33/33[+22]km)
1960]
    [-4]1959/4/27M7.7?(Yae=154/113[+66]km)
    1958/3/11M7.2?(Yae=161/57[+12]km)
    1953/12/1M6.5?(Ryu=249/228[+151]km)
          [-4]1952/10/26M6.4?(sKa=395/296[+43]km)
1950]
       [-4]1947/9/27M7.4?(Yae=146/96[+53]km)
          1947/2/18M6.5?(sKa=507/410[+64]km)
          1942/4/20M6.4?(sKa=432/342[+57]km)
 1942/3/22M6.5?(Ryu=200/44[-16]km)
       1941/11/19M7.2?(Kyu=130/33[-0]km)
1940]
 1938/6/10M7.2?(Yae=230/22[-49]km)
       1936/8/22M7.2?(Tai=-61/18[+12]km)
    1932/12/27M6.5?(Yae=484/155[-124]km)
1930]
          1929/6/3M6.7?(sKa=443/367[+73]km)
 [-5]1928/6/3M6.6?(Ryu=354/0[-132]km)
    [-5]1926/6/29M7.0?(Ryu=302/150[+18]km)
          1926/4/2M6.5?(sKa=460/374[+67]km)
          [-5]1925/5/27M6.7?(sKa=559/421[+35]km)
          1925/4/20M6.4?(sKa=370/297[+64]km)
       1924/7/22M7.2?(Tai=-26/50[+44]km)
       [-5]1923/7/13M7.3?(Ryu=47/44[+31]km)
 [-6]1922/9/15M7.0?(Hua=78/20[-3]km)
1922]

3.2022年12月の月刊地震予報

 琉球海溝域の歪解放周期更新によって琉球海溝沿いのM7級の連鎖的な活動が警戒されたが連鎖はしなかった.しかし,琉球海溝域の歪解放期に入ったばかりであるので琉球海溝沿いは,今後しばらくM6級の地震にも警戒が必要である.
 琉球海溝震源帯の活動とほぼ同期して伊豆海溝域の深発翼β震源帯が活動していることが明らかになったが,深発翼β震源帯の上には関東地震や南海Trough地震の震源が位置していることから,日本列島下へのMantle流がどの様に関係しているかは,大地震を予報するためにも重要な鍵を握っているので,鋭意解析を進める.