特報3)深発地震面解析と深発地震の変遷
2013年12月25日 発行
1.海溝軸に沿う同心円状屈曲による太平洋プレートの沈み込み
太平洋プレートは,海溝に沿って同心円状屈曲して沈み込み,スラブになる.同心円状屈曲では海溝の輪郭の影響を受け,海溝軸が太平洋側に凸の最上小円区ではスラブが不足して正断層型地震が優勢であるのに対し,日本列島側に凸の襟裳小円区と鹿島小円区ではスラブが過剰で逆断層型地震が優勢である(速報13).
2.同心円状屈曲スラブの平面化
海溝に沿って同心円状に屈曲して沈み込むスラブは,東北日本の太平洋沿岸部付近で過不足を補い合って平面化して深発地震面となり,その先端はウラジオストックにまで達している.
上部マントル内で深発地震が起こるのは,震源域が脆性破壊を起こせるほど低温であるからである.海溝に沿って同心円状屈曲して沈み込む太平洋スラブに続いて深発地震面が存在することから,深発地震面は海底で冷却された太平洋プレートが上部マントル内に沈み込む様子を示していると考えられている.
深発地震がどの様な平面に沿って分布しているのか,千島海溝や伊豆海溝に沿う深発地震面とどのような関係にあるかは,スラブの力学的性質を解明するための重要な鍵を握っており,深発地震面を定量的に解析する必要がある.
3.スラブ平面の定量的解析法

図110.算出平面のヘッセの標準形と原点から算出平面に降ろした垂線.赤線:算出平面.綠太線:原点から算出平面に降ろした垂線.原点から平面までの最短経路が垂線でその距離がD.綠細線:垂線のx・y・z成分.これらをDで除した値がA・B・Cになる.
解析には地球中心を原点とする直交座標系(x,y,z)を用いる.赤道面上の東経0°方向をx座標,東経90°方向をy座標,北極方向をz座標とし,震源位置を北緯φ°,東経λ°,深度d kmとし,地球の半径をRで表すと,震源の座標は,
x = (R-d) cosφcosλ
y = (R-d) cosφsinλ
z = (R-d) sinφ
と算出できる.地球一周が40000 kmであるので,地球の半径R = 20000/πとなる.
この三次元座標系における平面の方程式は,ヘッセの標準形で
Ax + By + Cz = D
と表される.この平面に原点から降ろした垂線の長さがD,垂線のx・y・z成分をDで除した値がA・B・Cになる(図110).
全ての震源に最も適合する最適平面を算出するため,三次元座標上の点として表される全ての震源から降ろす垂線の長さの総計が最小になる平面を算出するのが,最小二乗法である(具体的な計算式は注参照).
4.日本列島に沈み込むスラブ平面の算出

図111.千島海溝・日本海溝・伊豆海溝・小笠原海溝に沿うスラブ上面下の地震および深発地震について最小二乗法によって算出された平面と,平面から各震源までの距離(km)の地心断面.
平面は,1994年から2013年10月までの千島海溝・日本海溝・伊豆海溝・小笠原海溝スラブ上面下の深発地震全1397震源について最小二乗法によって算出した.算出平面は左下がりの直線で表され,その上下50kmの範囲を2本の直線で示した.平面から各震源までの距離は.算出平面より上を暖色系,下を寒色系に彩色してある.各震源を示す短線は主応力軸方位.
図の右下に震源中心位置・震源距離標準偏差・算出平面極深度・震源数・中心位置における算出平面の傾斜・傾斜方位,下行に最小二乗法で算出された平面の方程式を示す.xが赤道面上の東経0°方向座標,yが東経90°方向座標,zが北極方向の座標である.
この図は地心三次元断面であるので,地表および410km等深線,上部マントル下底660km等深線が円弧で表されている.左上の震央地図に算出平面と地表の交線および410kmの等深線を青線で示した.この青線に直交し,牡鹿半島から最上小円中心を通る青線が算出平面に直交する断面方位の算出平面傾斜方位である.
気象庁がCMT解を公表している地震の中で,海溝に沿って同心円状屈曲して沈み込むスラブ上面以深の地震および深発地震の初動震源位置を用いて,最小二乗法によって最適平面を算出した.使用した震源は,1994年から2013年10月までの1397震源である(図111).使用した震源の位置を,平面より上の震源には暖色系,下の震源には寒色系に彩色して示した.
日本海溝に沿う深発地震のみが算出平面より上方に位置し,千島・伊豆・小笠原海溝に沿う深発地震は算出平面から下方50km以上離れて分布しており,全ての地震が算出平面に沿って分布していない.ここに算出された平面は,日本海溝に沿うスラブに対応し,その境界は襟裳小円区および鹿島小円区内を通過している.この境界は千島火山弧と那須火山弧の接合部,および那須火山弧と伊豆火山弧の接合部に当たっている.
使用した震源の中心位置は北緯37.74°東経142.50°深度115.5kmで,中心位置における算出平面は西北西向きの方位291.3°に29.2°傾斜している.この平面から各震源までの距離の標準偏差は120.2kmである.
算出平面は左下がりの直線で表され,その上下50kmの範囲を2本の直線で示した.左上の震央地図に算出平面と地表の交線,および410kmの等深線を青線で示した.この青線に直交し,牡鹿半島から最上小円中心付近を通る青線が,断面方位の算出平面傾斜方位である.
図右下に震源中心位置・算出平面傾斜・標準偏差・算出平面の最深深度・震源数,その下に最小二乗法で求められた平面の式を示した.
この図は地心三次元断面であるので,地表および410km等深線,上部マントル下底660km等深線が円弧で表されている.
5.日本海溝スラブ平面の算出
日本海溝に沿う深発地震面と,北側の千島海溝および南側の伊豆海溝に沿う深発地震面は異なっているので,これらの境界である襟裳小円区と鹿島小円区を南北に2分し,襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区に属する震源を用いて,日本海溝スラブ内地震の最適平面を算出する.これらの小円区で同心円状屈曲したスラブが平面化するのは,海溝距離150km以上なので,海溝距離150km以上の248震源を算出に使用する(図112).

図113.地心断面における襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区の海溝距離150km以上の深発地震248震源から,最小二乗法によって算出された平面と各震源までの距離.算出平面から各震源までの距離の標準偏差は14.5kmであり,全ての震源が±50kmの範囲に収まっている.
震源の中心位置は北緯38.97°東経140.42°深度141.2kmであり,最小二乗法によって算出した中心位置における算出平面は,西北西向きの方位283.6°に34.7°傾斜し,算出平面から各震源までの距離の標準偏差は14.5kmで,全ての震源が±50kmの範囲に収まっている(図113).震央地図に示した算出平面からの距離に従って彩色した震源の分布には,襟裳小円南区と鹿島小円北区の中央を通る暖色帯がある.この算出平面からの震源位置の高まりは,火山弧が日本海側に最も張り出している北海道渡島半島噴火湾と,中部地方白山を通る軸に対応している.マグマの供給がスラブ上面の深度に支配されているという考えに従えば(例えば,巽,1995),この部分のスラブ上面が高まっており,スラブ内で起こる深発地震の深度も浅くなっていることになる.
6.東日本大震災後の日本海溝スラブ内地震

図114.2011年から2013年10月までに100km以深で起った日本海溝スラブ内地震.
襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区の海溝距離150km以上の深発地震248震源を用いて最小二乗法によって算出した平面に直交する地心断面.短線の色は発震機構型.震源脇に2013年に起った地震の月/日マグニチュードを示した.
東日本大震災後現在まで,100km以深の算出平面に沿う深発地震は18個起っている.これらの算出平面からの距離の標準偏差は21.6kmでその分布にも偏りがなく,同一平面上の地震活動であることが分る(図114).
震源個数と地震断層面積(速報9)は,2011年に4個0.0008km2,2012年に6個0.0003km2,2013年に8個0.0058km2と漸増している.これら約3年間の総地震断層面積は0.0070km2である.活発化した2013年の地震の月日とマグにチュードも図114に示した.
7.東日本大震災前の日本海溝スラブ内地震
1994年から震災前の2010年までの16年間で,深度100km以上の算出平面に沿う深発地震は49個ある.これらは算出平面の全域に渡って分布しているが,深度150km・400km・600km付近で地震数が多く,M6.5 以上の地震も起っている(図115).深度400km付近の地震には,算出平面より上方に50km以上離れた震源もある.

図116.1994年から現在まで日本海溝スラブの100km以深で起こった地震断層面積の変遷.
縦軸は地震断層面積で,単位はkm2.1999年と2002年のピークは上部マントル下底付近で起ったM7.1とM7.0の地震による.2007年と2008年のピークは深度375kmM6.7の地震と108kmM6.8の地震(図115)に対応している.
総地震断層面積は0.1690km2で,プレート相対運動に対する面積比は0.045である.震災後の面積比は0.011と4分の1にすぎず,震災後の静穏化は明瞭である(図116).
8.2013年10月の日本海溝スラブ全域地震
2013年10月には,海溝外からスラブ下端にわたる日本海溝スラブ全域で地震が起ったことが特筆される(速報47).これらの震源を日本海溝スラブ平面に対して表示すると,10月12日の屈曲スラブ平面化地震と10月30日のスラブ下端地震は,算出平面上に良く載っている(図117).
注:最小二乗法の具体的計算法
最小二乗法で最適解が得られるのは,平面の傾斜に関係する方向余弦A・B・Cであるので,C=1と規格化して書き換え,
の係数βとγを最小二乗法で算出する.算出に用いる震源の数をnとし,Σを全震源についての総和とすると
と算出でき,方向余弦の平方自乗和は1であるので,
平面は全震源の平均位置を通過することから,平面の原点からの距離Dは
と算出できる.
引用文献
巽 好幸(1995)沈み込み帯のマグマ学,東京大学出版会,186p.