月刊地震予報173)地震の「断層長円」と主歪軸表示,2024年1月1日能登半島M7.5とM5.9,2024年2月の月刊地震予報
2024年3月29日 発行
1.2024年1月の地震活動
気象庁が公開しているCMT解によると,2024年1月の地震個数と総地震断層面積のPlate運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で24 個3.062月分,千島海溝域で2個0.018月分,日本海溝域で6個0.326月分,伊豆・小笠原海溝域で2個0.066月分,南海・琉球海溝域で14個で8.031月分であった(2024年1月日本全図月別).
2024年1月の総地震断層面積規模はΣM7.5で,最大地震は,2024年1月1日能登半島のM7.5(7.6)で,M6.0以上の地震は2024年1月9日能登のM5.9(6.1)があった(括弧内は初動規模).
2024年1月までの日本全域2年間のCMT解は375個で,その総地震断層面積規模はΣM8.0,Plate運動面積規模はM8.2で,その比は0.441である(図542の中図上).Benioff曲線(図542右図上左端Total/4)には東北前弧沖震源帯ofAcJの2022年3月M7.3(月刊地震予報151)と琉球海溝域の歪解放周期更新の2022年9月M7.0(月刊地震予報157)の2つの大きな段が緩い傾斜の静穏期の中に認められる.2023年9月から千島・伊豆・琉球海溝域のM6級の活動によってTotal/4のBenioff曲線の全体的傾斜が増大していたが,2023年12月28日択捉M6.5(月刊地震予報172,)に続き2024年1月1日能登M7.5が起こり最大の段を加えた.
2.地震の「断層長円」と主歪軸表示
地震とは,Plate運動に伴い累積した歪が解放される際に発生する振動である.地震によって解放される歪の定量的表示は,地震予報に必要である.
地震活動とPlate運動を結び付ける方法として,累積地震断層面積のBenioff曲線(特報5,月刊地震予報122,月刊地震予報143)を使用してきた.しかし,震央地図や断面図上の震源位置には,小さな地震の見落防止の為,対数表示の地震規模Magnitude Mに比例した円直径や線長を使用してきた.
地震の規模と地震断層の大きさの関係は,松田(1975)によって経験的に求められている.地震断層の長さLとずれDは,地震の規模差「+ΔM」が「1.0」大きくなると4倍になり,+ΔM0.5なら2倍になる.地震断層に沿う移動面積Sfは,地震断層の長さLにずれDを乗じて算出でき,ΔM1.0で16倍,ΔM0.5で4倍になる(新妻他,2005).この地震断層移動面積Sfの総和は,Plate境界に沿って集積する歪面積と直接比較検討できる(図543).
地震断層長Lを直径とする円(「断層長円」図543右)を震央地図に描くと,震央から地震断層が伸びる範囲が円周になり,地震の規模を直観的に把握できる.更に,この円の面積は断層移動面積に対応するので,Plate運動面積と比較できる.地震断層面積とPlate運動面積の定量的表示に使用しているBenioff図に対応する時系列図の地震発生位置に断層長円を描けば,どの程度の地震がどの程度の間隔で発生すればPlate運動面積歪の累積に対応できるかを検討できる.
歪が強度限界まで累積して破壊する際の震動が地震であるが,地震によって解放される歪方位から累積歪とPlate運動の関係を知ることができる.Plate沈込境界では,Plate運動方位に主圧縮P歪軸を持つ逆断層型と主引張T歪軸を持つ正断層型がある.海洋Slabが同心円状屈曲して沈込を開始するには(図544の左図),Slab表層が伸長して正断層型・深層では圧縮して逆断層型,屈曲Slabが平面化するには,Slab表層が圧縮して逆断層型・深層は伸長して正断層型に逆転する.海洋Slabに沈込まれる島弧地殻・Mantleは圧縮あるいは伸長して逆断層型あるいは正断層型の地震が起こる(図544の左図).これらは,何れも強度限界を超えた歪による座屈Bucklingと展張Extentionによる初生断層であり,主歪軸傾斜方位はSlab沈込方位になる.
Slabと島弧地殻・Mantleとの境界に歪を累積させるには,境界面に沿う滑りを摩擦によって停止させる必要がある.摩擦によって停止しているPlate境界面にはPlate境界面に沿う圧縮力とPlate境界面に直交する摩擦の抗力が合成された剪断Shearing歪が累積し,限界に達すると定期的に地震を発生させる(図544の右図).Plate運動による圧縮方位と境界に直交する摩擦抗力が合成された剪断歪の主圧縮P歪軸傾斜方位は,Plate沈込傾斜方位と逆になる.希ではあるが,境界面のPlate運動と摩擦が完全に釣り合って歪軸傾斜角が0になる場合もある.Plate境界面とは限らず,既存断層面の再活動で解放される歪も剪断歪であるので,座屈による新規断層の活動か既存断層の再活動であるかの判定も,主歪軸傾斜方位で可能である.
震源の「断層長円」表示の円内に主歪軸方位を記入すれば,地震規模の直観的把握とともに発震機構の解明も可能になる.
日本海溝域12327個全地震記録の「断層長円」表示では,Plate運動歪が解放されていなかった最上小円区中央で2011年3月11日に東北弧沖平成巨大地震M9.0が発生した(図545).震央地図ではPlate運動方位PC-NAに沿っており(図545の左震央地図),海溝距離断面図ではその傾斜方位が海溝側であり(図545の中海溝距離断面図),太平洋Slab上面に沿う摩擦によって累積した剪断歪の解放であることが分かる(図455右下主歪軸傾斜方位図上縁).
南海Trough域の5611個の全地震記録の「断層長円」表示(図546)では南海Troughに沿う巨大歴史被害地震が繰り返されてきたが,発震機構の分かる1994年以降のCMT解は極めて限られている.今回2024年1月の能登半島地震がCMT解最大で,歪軸方位がPlate運動PH-AMに沿っており,主歪軸傾斜がPlate沈込方位で(図456右下主歪軸傾斜方位図中央),座屈歪が解放されたことを示している.次大は2004年9月の東海道沖M7.3・M7.5である.この主歪方位はほぼ南北で北西のPlate運動方位と異なっているが,主歪軸傾斜方位はPlate運動方位と逆で(図455右下主歪軸傾斜方位図の上縁)摩擦のあるSlab上面に集積した剪断歪の解放であることが分かる.
3.2024年1月1日能登半島地震M7.5と1月9日M5.9
西南日本海岸能登震源区JscPhNotoの能登半島で1月1日16時10分深度15(16)㎞でM7.5(7.6)pの能登半島地震とそれに誘発されて富山海底峡谷の深度13(27)㎞で1月9日17時59分M5.9(6.1)Pが起こった(括弧内は初動震源).能登半島地震の最大震度は7に達し,本州・四国・九州が震度2以上でほぼ覆われた.本州に衝突している丹沢・伊豆・関東域では震度3と周囲の震度4より小さい.北海道でも震度1が観測された(図547左).誘発地震M5.9の最大震度は5弱で,ほぼ同心円状に震度を減衰させて本州太平洋岸で震度1になっている(図547右).
2024年1月の能登震源区では,CMT解17個,IM解25個,速報解100個報告されている.
最大地震のCMT解によると,発震機構型は逆断層型で,その主圧縮歪軸傾斜方位は西北西310°に8°傾斜しており(図548右上左図),地震断層面の走向は北東N40E,傾斜は南東に85°とほぼ直立している(図548右上右図).深度は,破壊開始の初動が16㎞で.主破壊のCMT深度は15㎞で,破壊は垂直上方に進展している.この深度は,地殻/Mantle境界のMoho面直上に位置している(図548右下図).Moho面直下のMantle最上部は,日本列島で最強の大黒柱となっており,今回の能登半島地震は日本列島を支える大黒柱の破損と言える.松田(1975)の地震規模と地震断層の関係によって算出される地震断層長は40㎞で,ずれが3.16mである(図548左図の黒丸).
2023年12月から2024年1月の速報解100個の震央が能登半島の海岸線内側の陸域に限られて分布していることは,今回のような地震に伴う隆起によって能登半島の地形が形成・保持されていることを示している(図549).2023年12月の1個は能登半島の真南の36°緯線上の西南脊梁飛騨震源区BkbPhHida M3.9np(黄緑色).
能登半島は,1)Philippine海Plateの丹沢・伊豆がAmur Plateに衝突して大屈曲している中央構造線Median Tectonic Line (MTL)とほぼ並行して能登半島が日本海に突出し,2)Amur Plateの日本海底が北米Plateの東北日本に沈込む富山湾のAM-NA Plate境界に面している.また,3)太平洋PC Plateが沈込む北米Plateの東北日本に接している(図550左端図).
1月1日の最大CMT解の主圧縮P歪軸方位を1)から3)のPlate運動のEuler緯線と比較すると,中央構造線 Median Tectonic Lineを屈曲させている丹沢・伊豆衝突のPH-AM に最も良く合致している(図550右図).
襲来した大地震が前震の場合には,より大きな本震の襲来に警戒が必要である.2005年4月熊本地震では,最大前震後の小休止の際に損傷した自宅に戻って死傷者が出たことから(速報79),本震の終了判定は防災上重要である.
本破壊を発生させる歪の一部が前もって解放されるのが前震であるので,前震と本震で歪方位に差はない.順次発生する前震の主歪軸方位は変化しないが,本震が起これば,本破壊の歪と平衡状態にあった押引逆の歪も余震として開放される.前震から本震終了まで発生しなかった押引逆の地震は,本震が終了した目安になる(速報79).
速報解によれば,最大地震2024年1月1日16時10分M7.6の歪軸方位に対して,押引逆の歪軸方位の最初の地震は(図551右時系列図右端のStrainπ図の橙色),2024年1月3日06時32分M4.5pであった.この押引逆地震の速報によって1月1日の最大地震から2日半後に本震終了を確認できる.数日の精査後に公開されるCMT解にも,押引逆の2024年1月3日18時48分M4.7+prがある.
速報解103個中66個が主歪軸方位不明であったが(図548の?および×印),これは海側の観測点不足によるものと考えられ,北方沖合の舳倉島にも地震計設置が望まれる.
能登半島は,西南日本海岸能登震源区JscPhNotoの最大震度5強の2020年3月13日M5.5P穴水と最大震度6弱の2022年6月19日M5.4+p珠洲によって多くの被害を被っていた.特に,玖珠M5.4は規模に対して震度が大きく,非双偶力成分比nonDCが+24%と上下方向[82+83°]の主引張T歪が水平方向[327+3°]の主圧縮P歪の2.38倍あり,神社の鳥居が抜け,倒壊した(月刊地震予報154).その3ヶ月前の2022年3月16日には,東北日本前弧沖阿武隈震源区ofAcJAbk M7.4p(月刊地震予報151)の震度6強によって東北新幹線は車輪が浮き上がりrailから大きく逸脱し17両中16両が脱線して10日間運休した.震源に近い福島県相馬では電信柱が地中に1m以上突き刺さったと新聞報道されたが,電線が抜けるのを引き戻したのであろう.一般の建造物は上載荷重によって安定化しているため大きな引張過剰(正の非双偶力成分比)の地震や剪断歪による垂直な主引張歪軸を持つ地震には脆弱である.また,これらの震動は表層岩石も突上げ,引き剥がすため,後の豪雨によって広域な土砂崩れを発生させるので警戒と対策が必要である.
これらのの被害のあった阿武隈と能登震源区では,東北日本海岸沖出羽震源区oJscJDw の新潟・山形地震2019年6月18日M6.7pの余震が2019年11月まで続く中,能登震源区では初の群発地震速報解2019年8月27日M3.8そして2020年3月13日穴水M5.5P,阿武隈震源区では2019年8月4日M6.4pから誘発地震が起こっていた(月刊地震予報154).
このように西南日本海岸能登震源区JscPhNotoの群発地震は,東北日本弧との関係によって開始されたが,2019年以前は西南脊梁飛騨震源区BkbPhHidaの群発地震と関連しながら起こっている(図552).
能登震源区JscPhNotoのCMT解は2007年から31個あり;
2007年に3月25日M6.6P冨来(とき),M5.3P穴水,3月26日M5.1-np冨来沖と能登半島西部で集中的に起こった後,静穏化して2019年の群発地震の開始と,2020年3月13日M5.3P穴水が起こった.2021年9月16日M4.9Pから2023年5月10日M4.8Prまで能登半島北東端の珠洲および珠洲沖で起った後静穏化していた.
2007年から2022年6月19日M5.1+pまでの主圧縮P歪軸傾斜方位は全てPlate運動方位で座屈による初生断層であるが,2022年6月20日M4.9+p以後2023年5月までPlate運動方位と逆傾斜の剪断歪による既存断層再活動も10個中4個出現していた.
西南脊梁飛騨震源区BkbPhHidaのCMT解は,能登震源区と連動していることが注目される.小円区は足柄小円西区に属し,糸魚川‐静岡線ISLを跨いで分布する.1998年7月12日M5.0Pから8月16日にM5.5からM5.5のp1個np2個で開始,2011年2月27日から12月1日まで東北弧沖巨大地震と交互に活動(速報55)
2016年2月3日から2018年12月20日までのM4.2-M6.2のp6個np3個nt2個が散発.
能登穴水2020年3月13日M5.3に続き2020年4月23日から9月19日にM4.7-M5.2のnp13個連発.
能登珠洲2021年9月16日M4.9に続き,2021年9月19日M4.6-np125[323.1]で終息している.
能登域は都近郊に位置し,大地震記録の記録漏れは少ないと予想されるが,最初の記録は,享保1729年M7.0に於ける30%以上の潰家である(宇佐美,2003).次は,明治1892年志賀M6.4・M6.3である.
明治以降のM6.0以上の記録は,1933年穴水M6.0,1993年珠洲北方M6.6,2007年冨来M6.6,2023年珠洲M6.2がある.
今回の2024年1月1日珠洲M7.5を含め,1729年享保M7.0の震源を避け,切れ残った所に集積した歪が初生断層により群発地震と2023年珠洲M6.2を前震として解放している.
2024年能登半島地震M7.5は,能登域において「安政‐昭和」大地動乱期を代表する1891年濃尾地震M8.0に次ぐ規模である(図554),
能登は,1500万年前の日本海拡大以前,南米のTiticaca湖とPoopo湖のような,北海道渡島半島から佐渡・隠岐・壱岐・大和堆・朝鮮半島北東部に跨るAsaa大陸東縁の巨大淡水湖底であった.(図555:新妻,2007).日本海拡大によって水深3500mの大和海盆で大和堆から分離した後,水深1000mの大和堆頂の水深から海面上に顔を出し,能登半島となって奥能登丘陵高洲山を標高570mまで隆起させた.今回の地震は,この一連の地質過程が現在も進行し,中央構造線を屈曲させる丹沢・伊豆衝突が関係していることを示した.能登と佐渡の間の富山海底峡谷は水深3500mの大和海盆の続きである,
4.2024年2月の月刊地震予報
2024年1月1日の年始早々,2019年から地震活動が活発であった能登半島で,これまでの被害地震記録を大幅に上回るM7.5が襲った.正月であった為か,通常なら発生後1時間以内の速報解公開が遅れていたように感じられた.本震終了判定に速報解を使用しているので,休日と無関係に発生する地震に対応する体制の確立と,沖合島嶼への観測点の充実が期待される.
新聞やTelevision報道では,今回の地震が活断層の再活動とされているが,主歪軸方位は,1729年享保M7.0で切れ残った部分に新たに断層が形成されたことを示している.
復旧を困難にしている交通網・給水管の深刻な被害は,鳥居が抜けた2022年6月19日M5.1+p珠洲による地表岩石の浮き上がり・引き剥がしとの関連が予想され,その関連も考慮した対策が望まれる.
能登半島地震の主歪軸方位から,Philippine海Plate運動による丹沢・伊豆衝突による中央構造線の屈曲と関連していることが示唆されたが,丹沢や伊豆に連なるSlabが沈込んでいる関東地域で地震活動が活発化していることは,この予想を裏付けている.関東地方同様,Philippine海Plate運動と関係している西南日本・琉球海溝域・伊豆海溝域の活動にも警戒が必要である.
得撫島等の千島列島中央部でM8級の巨大地震が,2013年から続く静穏期終了後に予想されるので警戒が必要である.
引用文献
松田時彦 (1975) 活断層から発生する地震の規模と周期について. 地震第2輯, 28, 269-283.
新妻信明(2007)プレートテクトニクス―その新展開と日本列島―.共立出版,292p.
新妻信明・籐間 俊・伊藤広和・吉本拓二(2005)地殻活動観測所における光波測距による中部日本の歪と2004年新潟県中越地震との関係.静岡大学地球科学研究報告,32, 11-24.
宇佐美龍夫(2003)日本被害地震総覧.東京大学出版会(東京),605p.