月刊地震予報146)台湾M6.3,東京湾奥部M5.9,歪蓄積周期の呼称変更,2021年11月の月刊地震予報
2021年11月29日 発行
1.2021年10月の地震活動
気象庁が公開しているCMT解によると,2021年10月の地震個数と総地震断層面積のPlate運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で8個0.213月分,千島海溝域で0個,日本海溝域で5個0.614月分,伊豆・小笠原海溝域で2個0.138月分,南海・琉球海溝域で1個0.288月分であった(2021年10月日本全図月別).総地震断層面積規模はΣM6.5で.M6.0以上の地震は,10月24日琉球海溝域台湾深度73㎞M6.3Prの最大地震1個である.10月7日には,電車の脱線事故を起こした震度5強の東京湾奥部深度75㎞M5.9が起こっている(図435).
これらの地震の震度分布は,M6.3の台湾の地震が八重山諸島に限られているのに対し(図436右),東京湾奥部の地震ではM5.9と小さいにもかかわらず,関東地方から東北地方そして伊豆諸島にも及び,太平洋Slabとの関連を示している(図436左図).
2.台湾M6.3Pr深度73km
2021年10月24日14時11分,琉球海溝域花蓮小円区の台湾でM6.3Pr深度73kmが発生した(図437).この深度は琉球海溝地震帯のPhilippine海Slab上面から63㎞のSlab深部に当たる.
本地震は、過去半年間のCMT解19個中最大で,発震機構は圧縮過剰逆断層型で,その圧縮軸方位は(図437右下図のPink〇印),主歪軸方位図の基準としている海溝傾斜方位(中央横線[TrDip])から45°以上ずれているのでPrとなっているが,Plate運動方位線(紫色折線:Sub)に接しており、Philippine海Plateの南華Plateに対する運動方位PH-SCに沿うEuler緯線(図437左図)に平行している.圧縮主歪軸の傾斜は主歪軸方位図中心部に位置し,海溝傾斜と同じ島弧側傾斜で,Plate運動により過剰屈曲したSlab深部の圧縮歪による地震であることを示している.Philippine海Plateの沈込障害となるSlab深部圧縮歪の解放は,琉球海溝域のSlab沈込と随行Mantleの背弧側への流出を促進するであろう.
3.東京湾奥部M5.9pr
2021年10月7日22時41分,東京湾奥深度75㎞の丹沢Slab震源帯最南下端に当たる千葉震源域でM5.9prが発生した(図438).
「週間現代」は『M8大地震「今年12月鎌倉」説は本当か』との記事(2021年10月23日号60-63頁)を掲載した.この記事では,本「月刊地震予報」の内容を引用する形で「今年12月までに関東大地震が起きる可能性がある」としている.しかし,引用されたと思われる月刊地震予報130では,2020年6月25日に起こった銚子沖M6.1の震源域で,1923年9月1日の大正関東地震M7.9の41日前と90日前にも地震が起っていたので警戒を呼びかけた.ただし,警戒は昨年2020年9月までで,今年2021年12月としたのは,読み違いであることは執筆記者も認めている.この記事に関する電話取材の際に,昨年起こらなかったのは「慶長地震後に開始した歪蓄積周期末期に起こった大正関東地震の前震を,東北沖平成地震後に開始したばかりの歪蓄積周期開始時の現在にそのまま対応させられない」からであろうと説明したが,聴く耳を持っていなかったようである.また,「今年12月の鎌倉説」についての説明もなかった.
歪蓄積周期(月刊地震予報122)については,これまで巨大歪を解放した巨大地震の年号を付けて呼んでいたが,現在の歪蓄積周期名は400年後の巨大地震が起こるまで分からず不便なので,巨大歪を解放して新たな歪蓄積を開始させた巨大地震の年号を歪蓄積周期名として使用することにする.これまで東北沖巨大地震と呼んできた 2011年3月11日 M9.0 を過去の巨大地震と比較し易くするため”東北沖平成(巨大)地震”と呼ぶ事にする.そして東北沖平成巨大地震が,慶長歪蓄積周期に蓄積した歪を解放し,平成歪蓄積周期を開始させたと定義することにする.
平成歪蓄積周期初期に当たる現在の日本列島の歪状態は,慶長歪蓄積周期末期の大正関東地震の時と異なっていることが予想される.1703年の元禄関東地震は1611年に開始した慶長歪蓄積周期初期に起こっているので対応が期待されるが,記録文書が少ないのが残念である.
丹沢Slab震源帯の千葉震源域ではCMT解(1994年以降)28個が報告されているが,2011年3月11日の東北沖平成地震前の慶長歪蓄積期末には3個しか起こっておらず,2005年7月23日のM6.0Pr深度73㎞が最大地震となっている.平成歪蓄積期が開始して25個と急増したCMT解中で,本地震M5.9は最大である.
関東地方で起こっている世界に類を見ない地震活動は,房総沖に地球上唯一の沈込Plate三重会合点(図438左図)が存在するからである.この三重会合点では,関東地方の北米Plateと伊豆弧のPhilippine海Plate,そしてそれらに沈込む太平洋Plateが三つ巴になって接している.
関東地方で最も重要なPlate境界は,三重会合点から西北西に伸びる相模Troughで,丹沢山地と伊豆半島の間の神縄断層を通り駿河Troughに続いている.このPlate境界に沿って東名高速道が通っているが,地質記録によるとこの300万年前以前はplate境界が中央高速道に沿う丹沢山地と関東山地との間にあったことが判明している(新妻,2007).700万年前から関東山地の下に沈込みを開始した丹沢地塊は500万年前から関東山地と衝突.300万年前には関東山地と合体し,今度は南から伊豆半島に沈込まれ激しい衝突を受けている.
700万年前以前の丹沢地塊は,Philippine海Plateに属していた.伊豆海溝から沈込む太平洋Slab上面深度が約100㎞に達するとMagmaが供給され,海底噴出によって伊豆諸島のような火山島ができる.丹沢地塊もこうしてできた火山島であった.(図439).丹沢地塊を作る火山活動があった事は,その東側に太平洋Slabが上面深度100㎞に達するまで沈込始んだ前弧海底が在ったことを意味している.伊豆海溝までの距離約200㎞.
Magnaが海洋底に達し,噴火口から噴出した大量の噴出物が集積して海面に達すると火山島になる.火山島の地下にはMagmaがゆっくり固結した深成岩が併入し,この深成岩が島弧の厚い地殻を構成している.
島弧地殻を持たない火山島から伊豆海溝までの前弧海底は,Plate境界から沈込み,関東平野下の丹沢Slab となっている.島弧地殻を持つ火山島は,周囲の海底の沈込に引きずられて少しは沈込むものの,沈込めず衝突する.衝突された側は隆起・削剥されて大量の礫を沈込境界に供給する.中央高速道・東名高速道沿には,火山噴出物を覆う深海泥岩とそれらを覆う膨大な量の礫岩が露出している.その礫岩は首都圏の大型建造物の骨材になっている.また、関東平野には日本海溝から太平洋Slabも沈込んでおり,衝突して丹沢Slab震源帯となっている.
関東山地に約500万年前から衝突合体した丹沢地塊とともに,丹沢Slabも北米Plateに移行している.今回の地震の震度分布(図436)が,北米Plateの東北地方上部Mantleと太平洋Slabの衝突による前弧沖震源帯と類似している(例えば月刊地震予報141の図410)ことも頷ける.
2020年6月25日に起こった銚子沖の地震は,相模Troughから沈込む相模Slab上面で起こった(図438中上図).相模Slab上面には大正・元禄関東地震の震源が分布するので,前兆の可能性もあり,警戒を呼び掛けた.その主歪軸方位はPhilippine海Plateの北米Plateに対するPlate運動方位PH-NAに沿い(図438左図),太平洋Plateの北米Plateに対するPlate運動方位PC-NAに沿った今回の地震とは異なっている(図440左図).
今回の地震(M5.9)の主歪軸方位はPH-NA運動方位と異なり(図438),PC-NA運動方位に沿っており(図440左図),丹沢SlabがPhilippine海Plateでなく北米Plateに移行していることを示している.
銚子沖M6.1は相模Slab上面の深度36㎞で起こったが,相模Slab下面の下に太平洋Slabが沈込んでいる.東北地方の震源は日本海溝から同心円状屈曲して沈込む太平洋Slab上面に沿って集中しているが(図440中上図),銚子沖地震の震源はそれより11㎞以上深いことから,関東地方では太平洋Slab 上面が相模Slabに押し下げられていることが分かる.
今回の東京湾奥の地震の主圧縮歪軸傾斜が太平洋Slab上面傾斜と逆の海溝側を向いていることは,摩擦のある太平洋Slab上面の剪断歪が解放されたことを意味している.その震源が太平洋Slabの同心円状屈曲上面より17㎞深いことは(図440中上図),丹沢Slabも太平洋Slab 上面を押下げていることを意味している.
東京湾奥から北方の五霞・下妻・下館に伸びる丹沢Slab震源帯北縁(月刊地震予報66,特報7,月刊地震予報130)の深度は,関東地方の地殻下底のMoho面よりも深く,通常の太平洋Slab上面より浅いことから,太平洋Slabに接触前の丹沢Slabに対応している(図440中上図).
2021年2月から東北地方の上部Mantleと太平洋Slab間の地震が多発しているが(図435右上図),今回の地震もそれと一連の地震であろう.今後,歪を解放した太平洋Slabの活動に警戒が必要である.
4.2021年11月の月刊地震予報
琉球海溝域の台湾でPhilippine海Plateの沈込障害となるSlab深部圧縮歪が解放され,Slab沈込と随行Mantleの背弧側への流出が促進されることが予想され,今後の動向を注意深く見守ることにする.
首都圏を混乱に陥れた東京湾奥部の地震M5.9は,2021年2月から多発している東北地方の上部Mantleと太平洋Slab間の地震が関東地方に及び,上部Mantleに沈込んでいる丹沢Slabとの衝突によって発生した.これらの地震によって日本海溝から沈込む太平洋Slabの沈込障害が解放され,太平洋Slabの沈込様相が変化することも考えられるので,注意深く見守る必要がある.
引用文献
新妻信明(2007)プレートテクトニクス―その新展開と日本列島―.共立出版,292p.