特報2)「アスペリティモデル」から「断続沈み込みモデル」へ
2013年7月4日 発行
地震とは,地下岩石の弾性変形よって蓄積した歪が間欠的に解放される現象と理解されている.
海洋プレートが海溝に沿って島弧側プレートの下に沈み込み,沈み込み面の固着によってプレート相対運動による歪が蓄積し,間欠的に解放される地震が「海溝型地震」である.
約10年間の宇宙測距によって実測された安定大陸間のプレート相対運動速度が,過去300万年間の相対運動から算出される速度と合致することから,プレート運動速度が極めて一定に保たれていることが明らかになった.このような背景のもとに,日本列島のような変動帯においてもプレート相対運動速度が一定に保たれていると考え,更に海洋プレートの沈み込み速度も一定で,プレート境界面上に固着による歪蓄積と地震による歪解放を繰り返す「アスペリティ」と名付けられた部分が局在している,と仮定するのが「アスペリティモデル」である(図100).
「アスペリティモデル」では海洋プレートは常に等速運動し,固着しているアスペリティの島弧側にのみ歪が蓄積すると仮定している.すなわち,海洋プレートは常に海溝に沿って屈曲して沈み込んでいると仮定している.しかし,海溝における海洋プレート屈曲沈み込みを直接示す証拠はなかった.
東日本大震災後に起った多数の地震について,「非双偶力成分」を考慮した発震機構を解析した結果,海洋プレートの屈曲沈み込みに伴って起る地震を初めて認定することができた(特報1).

図101 東日本大震災震源における北米プレートと太平洋プレートの相対運動方向の大円と周縁隆起帯.全球図は正射図法.
東日本大震災で解放された50mの歪が日本列島側に弾性歪として蓄積されていたとすると,日本海中央の大和堆からウラル山脈までの幅が必要であるが,太平洋プレート側には数千km離れたハワイ島まで一様な深海平坦面が続いている.x印:東日本大震災震央.+印:東日本大震災震源から500kmと5000kmの地点.青線:周縁隆起帯.橙色線:海洋プレートの沈み込みスラブを表す深発地震面100km等深線.赤色線:海岸線・プレート境界.
この屈曲沈み込み過程の進行を示す地震によって,東日本大震災後に太平洋プレートが日本海溝に沿って沈み込んでいることが確認された.しかし,東日本大震災前は屈曲沈み込み過程の進行を示す地震が起っておらず,太平洋プレートは沈み込んでいなかったことが判明した.これまで屈曲沈み込みを示す証拠がなかったのは,沈み込んでいなかったからである.
この事実は,太平洋プレートが日本海溝に沿って常に等速で沈み込んでいることを仮定する「アスペリティモデル」を否定するものである.
東日本大震災の本震の強震計記録の解析では,プレート境界で約50m変位したとされている(鈴木ほか,2012;速報28).50mの変位を弾性歪として蓄積するためには,その1万倍から10万倍の幅が必要である.それより狭い幅では,この歪を蓄積する前に破壊してしまう.
50mの歪が日本列島側に蓄積していたとすると,日本海溝から500kmの日本海中央の大和堆までの幅が必要であり,5000kmとするとウラル山脈までの幅が必要になるが,その間に大きな構造線や海陸境界が多数あり,これらを跨いで均質に弾性歪を蓄積できるとは考えられない(図101).

図102 東日本大震災前震・本震の主応力軸方位.
東日本大震災の前震が2011年2月16日から3月10日まで続いたが,その震源深度が7kmから43kmとプレート境界を跨いでおり,発震機構の主応力軸方位に差がない.Main:プレート境界面上の本震.
一方,日本海溝の外側には周縁隆起帯と呼ばれる広大な高まりが存在している.この周縁隆起帯は正の重力異常を伴っており,日本海溝に沿って沈み込む太平洋プレートに蓄積した歪がアイソスタシィに逆らって海底面を隆起させていると考えられている.太平洋側には周縁隆起帯を含み,ハワイ諸島まで数千km続く一様な深海平坦面があり,充分歪を蓄積できる(図101).
東日本大震災によって解放された歪は,狭い日本列島側に蓄積するには大き過ぎ,「アスペリティモデル」で仮定された日本列島側のアスペリティへの歪蓄積も否定される.
2011年3月11日の東日本大震災は,これまで停止していた太平洋プレートが沈み込みを開始し,太平洋プレート側の周縁隆起帯に蓄積されていた歪が解放されたと説明できる.これを「断続沈み込みモデル」と呼ぶことにする.東日本大震災の前震が2011年2月16日から3月10日まで続いたが,その震源深度が7kmから43kmとプレート境界を跨いでおり,発震機構の主応力軸方位に差がないことから,両プレートの固着状態下で起っていたことが分かる(速報4;速報28;図102).前震は,太平洋プレートの沈み込みを阻止していた固着部の破壊過程と説明できる.
今後予想される南海トラフにおける巨大地震について個別のアスペリティの連動が心配されているが,海洋プレートの沈み込みが断続的に進行するとの観点に立つと,沈み込み開始の兆候を捉えることによって地震予報の可能性も出てくる.島弧側の幅が狭く巨大地震の歪を蓄積できないはずの八重山で起った1771年の巨大津波も,沈み込むフィリピン海プレート側の歪蓄積による「断続沈み込みモデル」で説明できる.
引用文献
松澤 暢(2011) なぜ東北日本沈み込み帯でM9の地震が発生しえたのか?―われわれはどこで間違えたのか?―.科学,81,1020-1026.
鈴木亘・青井真・関口春子・功刀卓(2012)2011年東北地方太平洋沖地震の震源破壊過程.防災科技研主要災害調査,48,53-62.