月刊地震予報117)西南日本のPlate運動が交錯する日向灘の地震M6.3P,2019年6月の月刊地震予報
2019年6月25日 発行
1.2019年5月の地震活動
気象庁が公開しているCMT解によると,2019年5月の地震個数と総地震断層面積のPlate運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で15個0.1796月分,千島海溝域で2個0.029月分,日本海溝域で7個0.075月分,伊豆・小笠原海溝域で1個0.034月分,南海・琉球海溝域で5個0.437月分であった(2019年5月日本全図月別).2019年2月の1割以下から4月に4割近くに回復したが,再び2割以下に低下した.
最大地震は2019年5月10日日向灘M6.3,次大は5月15日屋久島沖M5.7ある.最大地震は1時間前のM5.6との脈震(月刊地震予報115)であった.
2.西南日本のPlate運動が交錯する日向灘の2019年5月10日地震M6.3P
2019年5月10日8時48分に日向灘の比海Slab上面と島弧Mohoの境界付近でM6.3発震機構型P深度25kmがあった.この地震は,5月10日から12日までのCMT解4個,26日までのIS解10個は脈震を含む連発地震となっている(図319).
最大地震のCMT発震機構(P119+22T307+67N210+3)を基準に算出したIS解応力場極性偏角は,12.3から54.1°で25°以下が基準と同じ逆断層型で圧縮P軸傾斜方位がPlate運動と逆方位(右下の主応力方位図の上下縁の黒丸印)のSlab上面に沿う剪断応力であり,25°以上が正断層型で引張T軸方位がPlate運動方位(主応力方位図中央の紫折線)に一致している.いずれも基準極性を保持しており,本破壊に至っていない(図320).
2-1 日向灘に並行する急傾斜Slabと活火山活動
比海Plateが南海Trough-琉球海溝に沿って沈込んだSlabは同心円状屈曲上面に沿う震源分布として認められるが,Slabは 南海小円区西境界付近の海溝距離250kmから急に傾斜を増す.九州小円区では海溝距離200kmから急傾斜になり(図321),琉球小円区の吐噶喇(トカラ)列島では海溝距離150kmから急傾斜になる.
奄美で急傾斜の程度を減じ,沖縄本島では同心円状屈曲上面に戻っている(図322).
日向灘のIS解の震央は,急傾斜Slabに並行する北北東-南南西方向に直線的に配列し,震源深度は島弧地殻と沈込Slabの間のMoho面付近にある(図323).
急傾斜Slabと地表の活火山の分布には密接な関係がある.Slab内のIS解深度が100kmから150kmに達すると活火山が配列する.世界各地の沈込Slabにも同様な関係が認められることから,本地域の急傾斜Slabも通常のSlab同様に地表へMagmaを供給していることが確認される(図324).
Slabが深度100-150kmに達すると,圧力による脱水反応によってMantleに水が供給され,Magmaが形成されると考えられているが(巽,1995),Slab傾斜が急な場合には給水範囲が狭まり,大量の水が集中的に供給される.九州から吐噶喇列島の急傾斜Slab上の巨大Caldera火山は集中供給される大量の水と対応しているのであろう.
2-2 Slab震源のない中国地方の部分溶融Mantleと東北沖巨大地震の応力変化を記録する横擦断層型直下型地震
震源を伴う急傾斜Slabは別府湾で途絶え,中国地方には認められない.しかし,活火山は中国地方北縁の日本海沿岸に配列している.これらの活火山は,南海Troughから同心円状屈曲して沈込むSlab上面が100-150kmに達する位置から配列している(図324の中上図).
1600万年前の四国海盆拡大末期に四国海盆北縁に形成された拡大軸は,1500万年前の日本海拡大によって西南日本に覆われた.拡大したばかりの拡大軸を覆った西南日本の地殻は溶融し,那智の滝・小豆島・大崩山・屋久島などの外帯火成活動を起した(高橋,1986).日本海拡大によって覆われた四国海盆は,比海Plate運動によって700万年前から西南日本の下に沈込でいる.中国地方に達した拡大軸も通常のSlabのようにMagmaを供給しているが,地震を起す程冷却していないと考えられる.中国地方ではSlab地震は観測されていないが,その上の地殻には横擦断層型の直下型地震が観測されている(図323).そのIS解292個の深度は1-33kmで,横擦断層n型81%・逆断層p型11%・正断層t型8%と横擦断層型が圧倒的に多い.横擦断層型の深度は1-25km,主応力軸方位(方位・傾斜・標準偏差)は(P288+8±25T197+1±25N107+82±24)で中間主応力N軸傾斜が82とほぼ垂直で圧縮主応力P軸方位が288とPlate運動方位に沿っている.
地下の岩石が温度上昇によって部分溶融状態になると剪断応力を伝達できず,その境界域ではP軸とT軸が境界面に沿い,N軸が境界面に直交する.境界面が水平に近ければN軸が垂直になり,発震機構は横擦断層型になる.Slab地震が起らずその上の地殻内で横擦断層型地震が優勢な中国地方の下にはほぼ水平な部分溶融境界の存在が想定される.
部分溶融状態のMantle圧力が増大すれば風船を膨らませるように,境界面は拡大するので境界面に沿う引張応力が生じ,減少すれば圧縮応力が生ずる.この変化は,CMT解の非双偶力成分比nonDCの増大と減少として現れる.中国地方地殻のCMT解17個の平均nonDCは引張過剰の+6.3±9.3%であり,2011年3月の東北沖巨大地震前の4個は-0.5±11.7%と大きくばらつく負の圧縮過剰であるが,地震後の13個では+8.4±7.7%と正の引張過剰で,Mantle圧力増大を示している(図325).特に2011年6月4日M5.2+np11km+21%・11月21日M5.4+np12km+14%・11月25日M4.7+nt12km+24%の増加は顕著で,巨大地震による西南日本の応力解放の定量的資料を提供してくれる.
横擦断層型IS解方位は,巨大地震後の65個で(P282+5±25T192+2±20N80+84±23)
巨大地震前の167個で(P291+9±25T200+0±26N115+81±24)
P軸・T軸いずれの方位も8-9°減少している(図326).日本海溝からの北東方向の圧縮力によって比海Plate運動の北西にほぼ沿う圧縮主応力P軸方位が 8.5°回転していたが,巨大地震によって解放されて戻ったとすれば,日本海溝からの圧縮力は南海Troughからの圧縮応力の15%(=tan(8.5))と算出できる.
Moho以深の上部Mantle内には別府湾の急傾斜Slabの上方延長として瀬戸内深部震源域が瀬戸内海以南に分布する(図327).その上を日向震源域の震源も覆うが,これらの震源は瀬戸内海北縁に沿って途絶える(図323).この北縁に当たる海溝距離280-307kmのIS解37個のN軸方位は342+5±53と北北西水平であるので,これに直交する東北東の瀬戸内海北縁に沿う垂直な部分溶融面が震源分布の北縁を規定していると言える.この西方の九州では,別府湾付近で多少陸域に入り込むが,宮崎から鹿児島への日向灘海岸線が震源分布西縁になっている.
九州では急傾斜Slabより上のMantleに震源は分布しないが,上部地殻には2016年4月16日の熊本地震M7.3nt12km(速報79)に代表される直下型地震のIS解469個があり,横擦断層型55%・正断層型39%・逆断層型6%である(図328).
横擦断層型優勢は,水平に近い部分溶融境界面の存在を示唆する.主応力軸方位は(P258 +20±46T170+1±28N74+68±49)で,南南東のT軸方位が最も集中が良く,Plate運動の北西方に近い.この南南東方向の引張応力は別府-島原地溝帯の拡大に対応している.CMT解56個の非双遇力成分nonDC比は+4.6±13.2%と正の引張過剰で,部分溶融圧増大が優勢であることを示している(図329).
2-3 沖縄Trough拡大とSlab下Mantleの行方
別府-島原地溝帯南西方の沖縄Troughでは背弧拡大が進行している.沖縄TroughのCMT解131個は,横擦断層型51%・正断層型49%と横擦断層型優勢である. nonDC比が+6.1±14.4と引張過剰で部分溶融部の拡大を示し,海底拡大の進行と対応している.主応力軸方位は(P239+45±45T155+0±21N67+45±45)とT軸の集中が良く,海溝軸方位の変化とは関係なく北西方へのPlate運動方位に揃っている(図330の右下図中央付近の紫色折線Sub).
T軸方位がPlate運動方位に揃うことは,収束するPlate運動方向と逆方向に拡大していることを意味し,「何故,収束境界域で背弧海盆が拡大するか」というPlate Tectonics確立期以来の謎の本質を具現している.琉球海溝沿いのSlab最大深度250kmは410kmのMantle遷移帯上面に達しておらず,Slab先端の下部をSlab下Mantleが潜り抜けられる.海洋底表層が島弧地殻との摩擦抵抗のため沈込めなくとも,海洋底深部の部分溶融MantleはPlate運動を保持し,Slabの最深部を通過して背弧側に噴き出すことができる.島弧に固着したSl;abの下からPlate運動方向に噴き出すMantleは「作用・反作用の法則」に従い,島弧とSlabをPlate運動と反対方向に押し返すため,背弧側にはPlate運動方向の引張応力が発生する.
また,Slab沈込に伴いSlab上面深度が増大するが,その増大はSlab下Mantle体積の過剰を生む.その過剰MantleをSlab下から除去しなければ沈込を続行できない.過剰MantleがSlab下を通過できれば背弧の拡大圧は定常的に増大する.
衛星測距により別府-島原地溝帯・沖縄Trough南縁の九州南部と琉球列島が比海Plate運動方向とは逆に南下していることが判明し,台湾衝突による海溝軸の後退が提案されている(新妻,2007).海溝軸後退による沖縄Trouph拡大であれば,海溝軸方向が拡大方向と関係しているはずである.しかし,拡大方向は海溝方向とは無関係にPlate運動方向に揃っており,Slab下Manlteの背弧側放出による拡大が主体であることが判明した.Plate Tectonicsの謎であった背弧海盆拡大の解決には,二次元の地球表面幾何学から三次元の地球表層幾何学への拡張が必要であったと言える.
2-4 沈込境界軸屈曲によるSlab過剰ひだと急傾斜Slab
九州から吐噶喇列島の急傾斜Slabは部分溶融Mantleの圧力と関係しているのであろうか.もし,背弧側に噴出した部分溶融MantleがSlab上面を押して急傾斜させているのであれば,N軸方位が押されるSlab上面に直交するはずである.
Slabが急斜する100km以深の震源のN軸方位は,22+21±34とSlab上面に直交せず Slab上面走向に並行している(図331).N軸方位がSlab面に沿っていることは,Slab外のMantleの関与を否定し,Slabの伸長や屈曲によるSlab内応力場が支配的であることを示している.
南海小円区・琉球小円区の東西境界はほぼ並行し,海洋底がそのままSlabとして沈込めるが,その間の九州小円区で沈込境界軸方位が南西から南南西へ屈曲している.島弧側に凸のTrough軸に沿ってSlabが沈込むには,Tableの角でTable Clothがひだを作るように,沈込Slab面積が過剰になる.九州-吐噶喇の急傾斜Slabが過剰Slab面積を生む沈込境界軸屈曲部に位置しており,過剰Slab面積を急傾斜Slab形成によるSlabひだによって消化しているのであろう(図332).
Slab表面積が過剰になればその下のMantleも過剰になる.この過剰Mantleは急傾斜Slabの下から背弧側に供給され別府-島原地溝帯と沖縄Troughの拡大を担うので,これらの拡大が九州から開始されることも沈込境界方位の変換と符号する.
2-5 Plate運動の鍵を握る日向震源域の震源移動周期
日向灘は,Slabの島弧Mohoへの沈込から急傾斜Slabに変換する島弧Moho付近の震源分布域である.北縁の瀬戸内海では瀬戸内海深部震源域の上に載る.
日向震源域にはCMT解が40個あるが,M6.0以上の地震は
2019年5月10日M6.3P25km(P119+22T307+67N210+3)
2014年8月29日M6.0P18km(P127+25T284+63N33+10)
1996年12月3日M6.7P38km(P119+33T313+56N213+6)
1996年10月19日M6.9P34km(P132+19T317+71N223+2)
いずれも南方の逆断層型でSlab沈込の剪断応力場で起っている.今回の地震M6.3の規模は第3位である(図333).
日向震源域のIS解410個は,正断層型62%・逆断層型26%・横擦断層型12%で,正断層型の主応力軸方位は(P128+71±28T270+17±35N3+9±37)とT軸が西方で北西方のPlate運動方位に近く別府-島原地溝帯と沖縄Troughの拡大と関連している.逆断層型は(P125+32±26T294+62±19N33+3±29)とP軸傾斜が南東方とPlate運動方位と逆方位なのでSlab上面に沿う剪断応力場を示す.正断層型の震源深度は深く北方に分布し,逆断層型は浅く南方に分布している(図334).
時系列図(図334の左中図)で右から左へ震源が左上がり直線に沿って配列している.この配列は,中国地方の部分溶融Mantle圧によって開始した正断層型破壊が,別府-島原地溝帯の部分溶融圧を受けてMoho面下のMantleを破壊しながらSlab上面に達し,Plate運動による逆断層型破壊に至っていることを示している.大地震となるSlab上面に沿う沈込は,Slab以深の過剰Mantleを背弧側に放出して別府-島原地溝帯の拡大圧を上昇させ,次の正断層型破壊を開始させる応力場変動周期を駆動するであろう.今回のM6.3に至る一連の変動周期は2014年初に開始している.
予想されている南海Trough巨大地震もSlab沈込の剪断応力場による逆断層型地震である.今回の地震では,応力場極性の逆転が起っておらず(図322)巨大地震の前震であることも考えられ(特報4,月刊地震予報87),南海Trough全域に進展することも考えられる.また,本震に至っていない連発地震が台湾から琉球海溝に沿っても起っているので,琉球海溝全域に及ぶ巨大地震に進展することも考えられる.これらを見分けるため,今後の日向震源域の動向に十分な注意を払うとともに,厳重な警戒が必要である.
3.2019年6月の月刊地震予報
日向灘で脈震を含む連発地震が起きたが,応力場極性の逆転に至っておらず,巨大地震の前震とも考えられるので,南海Trough地震や琉球海溝地震に厳重な警戒が必要である.巨大地震には広域に及ぶ前震を伴うと予想されるので,今後の前震や脈震に注意が必要である.本地震予報によって西南日本のPlate運動と応力場の関係を明らかにできたので,更なる解析を進め,巨大地震の前に適切な地震予報を実現するために全力を尽くす所存である.
引用文献
高橋正樹(1986)日本海拡大前後の“島弧”マグマ活動.科学,56,103-111.
巽 好幸(1995)沈み込み帯のマグマ学.東京大学出版会,186p.
新妻信明(2007)プレートテクトニクス―その新展開と日本列島―.共立出版,292p.