月刊地震予報107)2018年7月7日房総半島東方沖の地震M6.0,2018年8月の月刊地震予報

1.2018年7月の地震活動

気象庁が公開しているCMT解によると,2018年7月の地震個数と総地震断層面積のプレート運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で26個0.165月分,千島海溝域で7個0.098月分,日本海溝域で13個0.670月分,伊豆・小笠原海溝域で1個0.009月分,南海・琉球海溝域で5個0.088月分であった(2018年7月日本全図月別).2018年1月から7月までは148個0.245で,CMT解年間比最低記録の1997年0.100に次ぐ0.143年の記録を持つ2017年(2018年日本全図年別)と合わせると0.181になり,1994年以後のCMT解で異例の2年連続最低記録に近付いている.
2018年7月の最大地震は2018年7月7日房総半島東方沖M6.0で,この他にM6.0以上の地震はなかった.
太平洋スラブのマントル遷移帯深度における地震が,オホーツク海のCMT解7月2日M5.6-np423(+22)km・7月7日M4.7+pr524(+95)km,伊豆海溝域のIS解7月2日M3.9np372(+80)kmとして同期して起こった.このマントル遷移帯地震についてはHiNet震源に基づき東京の郷間由美子様から連絡をいただいた.発震機構は圧縮横擦断層np型と側方逆断層pr型で,スラブ圧縮による地震であり,深度660kmの下部マントル上面の停滞スラブへ海溝からの沈込スラブ圧縮力が加わり起きたのであろう.
千島海溝域の得撫島沖で7月29日17時12分M4.9P38(+10)kmと7月29日22時00分M5.1P31(-8)kmの連発地震があった.
琉球海溝域で起こった海溝外地震7月25日13時20分M5.3+nto10(+4)kmの海溝距離は152kmと2010年5月26日M6.4To10(+4)kmの最遠記録88kmを大幅に更新した.琉球海溝への沈込様相の変化として注意が必要である.

2.2018年7月7日房総半島東方沖の地震M6.0

房総半島東岸の茂原沖で2018年7月7日20時23分M6.0が起こった.本地震のIS解は,規模M6.0・深度66(太平洋スラブ深度+31)km・逆断層p型(東北日本月別),CMT解は規模M5.9・深度54(+19)km・圧縮過剰圧縮横擦断層-np型(東日本月別)である(図279).

図279.2018年7月7日の房総半島東方沖の地震M6.0.
 2018年6月・7月の鹿島小円区の初動発震機構IS解.
左上図:IS解震央地図,左下図:IS解海溝距離断面図,右上図:縦断面図,右中図:時系列図(左端は移動区間総地震断層面積規模;右端の数字は2018年の月数),右下図:主応力軸方位図.

関東地方のテクトニクスは,太平洋プレート・フィリピン海プレート・北米プレートが収束境界で接する地球上唯一の房総三重会合点によって支配されている.太平洋プレートと北米プレートは日本海溝,太平洋プレートとフィリピン海プレートは伊豆海溝,フィリピン海プレートと北米プレートは相模トラフで接する.現在,相模トラフに沿って沈込むフィリピン海プレートは,丹沢および伊豆の北縁に沿って沈込でいたが,丹沢と伊豆の衝突によって沈込境界が北側から南側に順次跳越えてきた.沈込境界の跳越に伴い,それまで衝突地塊から北側に沈込んでいたスラブは切断され,南側の衝突地塊間の海底が新たなスラブとして沈込む,切断と新規沈込の歴史を繰返してきた(特報7).
関東平野の下には太平洋スラブの上に,相模トラフから沈込んでいる相模スラブの前方に丹沢および伊豆の衝突地塊から沈込んだ丹沢スラブ・上総スラブが島弧地殻下に楔のように挟み込まれている.更に,丹沢・伊豆の衝突によって関東平野の島弧地殻は,利根川沿に九十九里スラブとして沈込んでいる.これらのスラブの存在は,関東平野に特殊な地震活動を起こしている.これらのスラブに対応させ,関東平野の地震活動を丹沢震源区・上総震源区・相模震源区・九十九里震源区に区分する(図281).
関東平野の地震活動には,震源の密集する震源密集域と地震のない震源空白域がある.最大の震源空白域は「成田」で,その西方に「所沢」,中央構造線の北側には「茂木」・「鹿島灘」の空白域がある(図280).茂木と鹿島灘の空白域は東北日本弧と関東地方の境界に当たり,成田空白域は,丹沢震源区と上総震源区の境界に当たる.空白域の間を埋める震源密集域は西北西-東南東方向の中央構造線沿および南北方向に並んでいる(図281).

図280.初動IS解震央分布に基づく関東平野の震源空白域(特報7,図233).

図281.初動IS解震央分布に基づく関東平野の震源密集域とスラブとの対応(特報7,図234)
 左図:震央分布地図(相模トラフ域),右上図:石堂小円区の海溝距離断面図,右中図:石堂小円区の縦断面図,左下図:鹿島小円区の海溝断面図.
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本地震は,上総震源区の茂原震源密集域Kzmbrで起こった.茂原密集域の北には成田空白域,北東に飯岡震源密集域Kziokが位置する.
本地震では,茂原震源密集域において先行地震が2018年6月12日5時9分M4.9pr17(-19)kmから6月27日4時16分M4.1p25(-21)kmまで5個起こり(月刊地震予報106),本地震の2時間後にも7月7日22時17分M3.6p58(+21)kmが起こっている(図282右上中図).

図282.2018年6月・7月の上総震源区茂原震源密集域の初動発震機構IS解の応力場極性偏角区分.
 上図:太平洋スラブに対応する鹿島小円区の震央地図(左),海溝距離断面図(中),縦断面図(右上),時系列図(右中:左端の数字は2018年の月数),主応力軸方位図(右下:中央の横線がスラブ傾斜方位[TrDip],紫色斜線が太平洋プレート運動方位[Sub]).
 下図:相模スラブに対応する石堂小円区の震央地図(左),海溝距離断面図(中),主応力軸方位図(右:中央の横線がスラブ傾斜方位[TrDip],紫色斜線がフィリピン海プレート運動方位[Sub]).
 応力場極性偏角区分基準:上総震源区飯岡震源密集域最大CMT解2011年4月21日M6.2p(P102+17T257+71N10+7).

関東平野では,多くの震源が太平洋スラブ上面に沿って分布するが(図281右下図・右中図),その震源が典型的に密集しているのは上総震源区の飯岡震源密集域Kziokである.そこで,Kziokの最大地震2011年4月21日M6.2pのCMT解主応力軸方位(P102+17T257+71N10+7)を応力場極性偏角算出の基準として使用ことにする.
 茂原震源密集域の本地震と後発地震IS解の震源は太平洋スラブ上面から31kmと21km下の太平洋スラブ内に位置し,基準の主応力軸を入替しない応力場極性偏角が最小で基準Orgn(黒色・紫色)に区分される.先発地震IS解の震源は島弧マントル上部Moho面付近に位置し,圧縮P軸と中間N軸を入替えた応力場極性偏角が最小のPexN(空色)に区分される(図282上中図).
本地震(黒色)と後発地震(紫色)の圧縮P軸方位は主応力軸方位図中央(図282右上図下)の太平洋プレート運動方位線(Sub:右上がり紫色斜線)から180°異なる上下端に位置している.しかし,先発地震(空色)のP軸方位(図282右上図下の空色丸印)は南方位(S)の右上がり斜線の少し上に配列している.
 相模スラブ上面についての海溝距離断面図(図282下中図)では先発地震(空色)が相模スラブ沈込上面に沿って分布している.このスラブ上面は相模トラフに沿う相模スラブの同心円状屈曲を仮定して算出したものであるが,上総スラブの茂原震源密集域の震源にも対応していることは,この算出上面が相模スラブの前に沈込んだ上総スラブの上限にも対応していることを示している.P軸方位はフィリピン海プレート運動方位線(Sub:右上がり紫色斜線)から180°下側に配列している.主応力軸方位図の中央線(TrDip)はスラブ傾斜方位としているので,中央付近を通過する紫色線のプレート運動方位は,ほぼスラブ傾斜方位に沿っているとともに,中央線との交点の存在は鹿島小円区と石堂小円区内に完全に一致する方位の存在を示している.
 本地震と後発地震は太平洋スラブについて,先発地震は相模スラブについて,P軸方位がプレート運動方位と180°異なっている.180°の差は,P軸方位がプレート運動方位に並行するが,P軸傾斜がプレート運動方位の逆になっていることを意味している.スラブ傾斜方位がプレート運動方位にほぼ沿っていることから,P軸傾斜がプレート相対運動の境界面であるスラブ上面傾斜と逆方位になっていることを示している.スラブ上面に沿うプレート運動に強い摩擦力が働くとスラブ上面に直交する抗力が合成されて,P軸傾斜がスラブ上面傾斜と逆方向の剪断応力場が形成される(図283).先行地震は相模スラブ上面に沿うフィリピン海プレート運動による剪断応力場,本地震と後発地震は太平洋プレート運動による剪断応力場で起こったことを意味している.

図283.沈込スラブ上面に沿うプレート運動と摩擦によって形成される剪断応力.
 圧縮主応力P軸はスラブ傾斜と逆方向に傾斜する.

上総震源区茂原震源密集域Kzmbrには3個の歴史被害地震がある(宇佐美,2003;図283).
1987年12月17日11時8分M6.7深度58(+17)km
1950年9月10日12時21分M6.3深度58(+20)km
1915年11月16日10時38分M6.0
1987年の地震では,死者2名,負傷者123名,住家全壊10,半壊93,一部破損63692棟,崖崩385か所,道路1565か所,ブロック塀1901か所が崩れ,九十九里浜と東京湾北東沿岸で液状化が起き,ガスおよび水道の供給が停止した.1950年の地震では,地割れ,電線切断が起こった.1915年の地震では崖崩れがあり,群発地震が地震前の1915年11月12日35回,14日5回,15日2回,同日の16日に21回,翌日の17日に2回起こっている.
1915年の群発地震の先行と後発は今回の本地震と類似しており,1950年と1987年の震源深度が太平洋スラブ上面より20km ・17km下で,本地震の31km下と同様に太平洋スラブ内で起こっていることから,同様の機構で地震が30-40年周期で起こっていることを示している.
関東平野下の丹沢震源区・上総震源区・相模震源区・九十九里震源区のCMT解について飯岡震源密集域の最大地震を基準とした応力場極性偏角区分(月刊地震予報87)を行うと,丹沢震源区と上総震源区の太平洋スラブ上面に沿う震源は基準区分(黒色・紫色)で,P軸方位(○印)が太平洋プレート運動方位(図284上右図の紫色斜線Sub)と180°異なる下端に集中している.しかし,島弧地殻下の島弧マントル内の震源はPexN(空色)に区分され(図284上中図),太平洋プレート運動に対しては中間方位を持つ.九十九里震源区の地震は東日本大震災後にのみ島弧地殻内で起こっておりP軸とT軸が入替った逆応力場極性のPexT(赤色)に区分され,引張T軸方位(赤色△印)が太平洋プレート運動方位に沿い,東日本大震災本震の余震・余効活動であることを示している.

図284.上総震源区茂原震源密集域の1900年以降の歴史地震とCMT解.
 震央地図(左),海溝距離断面図(中),縦断面図(右上),時系列図(右下:右端の数字は年数,左端のareaMとBenioffは基準期間[287.1日]の総地震断層面積の3区間移動和の地震規模M曲線と積算曲線)震源が島弧地殻下の島弧マントル内と太平洋スラブ内に位置している.1915年の震源深度を0kmとしてあるのは,深度の記録がないことを示す.

丹沢震源区と上総震源区の島弧マントル内震源と相模震源区の震源のフィリピン海プレートプレート運動方位に対するP軸方位は180°異なっており(図285右下図の下端より少し上の空色○印),フィリピン海プレートプレート運動による剪断応力場で起こっていることを示している.
今回,茂原震源集中域で起こった本地震の先行地震と本地震の関係が丹沢震源区の地震活動にも共通していれば,太平洋スラブと島弧地殻との間に挟まる楔状の丹沢スラブと上総スラブはフィリピン海プレート運動に従う相模スラブに押され歪を蓄積し,太平洋スラブの沈込を阻止している.歪が限界に達して破壊すると太平洋スラブ上面の抵抗が減少し,太平洋スラブ上面から太平洋スラブ内の破壊が起こり太平洋プレート運動を消化する筋書きを作ることができる.太平洋スラブ上面に残された丹沢震源区と上総震源区の楔の傷痕は能登半島付近まで追跡できる(特報7).
太平洋スラブが50mも沈込だ東日本大震災本震(図285右上図の年数2000上の横線)から関東平野の総地震断層面積も急増し,逆極性(赤色)の九十九里スラブの地震活動も開始されたが,その増大は2010年末からよって開始されている.東日本大震災発生時に基準のOrgn区分(黒色)と赤色の逆極性PexT区分が並ぶ前にPexN(空色)が並んでいる.この前後関係は,太平洋スラブ上の楔が破壊したことが太平洋スラブの大規模沈込との関係が注目される.

図285.関東平野のCMT解の応力場極性偏角区分.
 上図:太平洋スラブに対応する鹿島小円区の震央地図(左),海溝距離断面図(中),縦断面図(右上),時系列図(右中:左端の数字は2018年の月数,左端のareaMとBenioffは基準期間総地震断層面積の3区間移動和の地震規模M曲線と積算曲線),主応力軸方位図(右下:中央の横線がスラブ傾斜方位[TrDip],紫色斜線が太平洋プレート運動方位[Sub]).
 下図:相模スラブに対応する石堂小円区の震央地図(左),海溝距離断面図(中),主応力軸方位図(右:中央の横線がスラブ傾斜方位[TrDip],紫色斜線がフィリピン海プレート運動方位[Sub]).
 応力場極性偏角区分基準:上総震源区飯岡震源密集域最大CMT解2011年4月21日M6.2p(P102+17T257+71N10+7).
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関東地方の歴史被害地震(宇佐美,2003)は江戸に幕府が置かれた1600年台から詳細に記録されている.関東平野のIS解に基づき定義された成田震源空白域(図280,図286左上図のn))は歴史地震においても空白域であり,丹沢スラブと上総スラブの切目であることを支持する(図286中上図のn).東京中心部を含む丹沢震源区の所沢震源空白域(図286上左図のt)では,1855年11月11日安政江戸地震M7.1を最大地震とする江戸地震が多数記録されており,江戸時代に解消されていた歪が異常に集積している静穏化であることが心配される.
Benioff曲線では1940から現在まで静穏化が進行しているが,同様の静穏化は1640年から1840年まで200年継続している(図286左下図).1600年代の慶長と1850年代の安政の地震活動の活発化とフィリピン海プレートおよび太平洋プレートの運動との関連の解明が待たれる.

図286.関東平野の歴史被害地震(1600年以降)とCMT解(1994年9月以降)の応力場極性偏角区分の時系列比較.
 左上図:CMT解の応力場極性偏角区分震央分布地図,nは成田震源空白域,tは所沢震源空白域,Tzは丹沢震源区,Kzは上総震源区,Sgmは相模震源区,Kjkは九十九里震源区.
 中上図:歴史被害地震の震央地図:nは成田震源空白域は明瞭であるが所沢震源空白域は認められない.
右上図:歴史被害地震の海溝距離断面図,深度0表示は深度記録がないことを示す.
右中図:歴史被害地震の鹿島小円区縦断面図.
右下図:歴史被害地震の時系列図,右端は年数,左端のareaMとBenioffは基準期間総地震断層面積の3区間移動和の地震規模M曲線と積算曲線
左下図:歴史被害地震とCMT解の時系列図,左端の数字は年数.
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3.2018年8月の月刊地震予報

2018年4月9日に島根県西部M6.1が起こり(月刊地震予報104,),2018年6月18日に大阪府北部でM6.1が起こった(月刊地震予報106).これらの地震では応力場の極性変化が認められていないので,今後,この地震活動が西南日本域を更に東進することが予想される.
太平洋スラブのマントル遷移帯深度における地震が,オホーツク海,伊豆海溝域と同期して起こった.これらの発震機構はスラブ圧縮であり,深度660kmの下部マントル上面の停滞スラブへ海溝からの沈込スラブ圧縮力の増加が加わり起きたのであろう.太平洋スラブ全体の運動との関係は分からないが千島海溝域で連発地震が起こっており,大地震の前震とも考えられる.
琉球海溝域で起こった海溝外地震の最遠記録大幅に更新した.琉球海溝への沈込様相の変化として注意が必要である.
千島から琉球まで特異な地震活動が起こっているが,1994年以後のCMT解で異例の2年連続最低記録に近付いており,解消しきれない歪の蓄積が進行していることは確実なので警戒が必要である.

引用文献

宇佐美龍夫(2003)日本被害地震騒乱.東京大学出版会,605p.