特報6)発震機構解主応力軸方位のEuler回転による発震機構型判定
2015年9月23日 発行
1.発震機構解
気象庁は日本列島周辺で起こった地震について1994年9月以降のCMT発震機構解,1997年10月以降の初動発震機構解を公表している(速報53).
初動の発震機構解は,直交する3本の主応力軸方位,その主応力場において予想される共役な破壊面の方位,観測点数,観測された押し引きと合致率を与えている.
CMT解は,地震発生後30秒以後の波形から算出されるモーメントテンソルの要素,主応力軸方位,その主応力場において予想される共役な破壊面の方位,主応力の相対強度から求められる非双偶力成分比を与えるとともに,観測点数,波形の合致率を与えている.
2.発震機構型
発震機構は,地震断層が「縦ずれ」か,「横ずれ」かによって大きく2つに区分でき,「縦ずれ」は上方にずれる「逆断層p型」と下方にずれる「正断層t型」に区分され,「横ずれ」は基準方向に圧縮主応力P軸が向く「圧縮横ずれ断層np型」と引張主応力軸が向く「引張横ずれ断層nt型」に区分される(震源震央分布図の解説)
これらの判定は,基準面に対して行うので,基準面を定める必要がある.基準面を水平とし,基準方位を西にすると,「逆断層型」の主応力軸方位は,圧縮P軸が東西水平,引張T軸が垂直,中間N軸が南北水平になる.
応力は震源に向かって双方から働くが,気象庁は下半球側の主応力軸方位と伏角を公表している.3主応力軸伏角を比較し,中間N軸が最大の場合は「横ずれ断層型」,圧縮P軸が最大の場合は「正断層t型」,引張T軸が最大の場合は「逆断層p型」と判定できる.
日本列島の地震活動は,海溝に沿って沈み込む海洋プレートと関係しているので,海溝軸方位に直交する海溝傾斜方向を基準方位としている.海溝軸は小円に沿っており(速報7,速報18),海溝軸に直交する海溝傾斜方位線は小円中心を通過するので,震央と小円中心を結ぶ大円方位から算出できる.基準面の傾斜は,震央の海溝からの距離「海溝距離」と震源深度から算出される傾斜角(=tan-1(深度/海溝距離)を用いる.ただし,海溝付近は海溝距離が短く,数10kmの深度の震源もあり,傾斜角が大きく変化するため,海溝距離が150km以下および海溝外の震源については,傾斜角を0としている.
3.Euler回転による発震機構型判定
発震機構の主応力軸方位を定性的に比較するために発震機構型が用いられるが,定量的に解析する場合には3つの主応力軸の回転角をEuler回転として算出する方法を用いる(速報29,特報4).
主応力軸方位は発震機構型に対応する6つに区分される(図165).上記の発震機構型に基本型として加えた「pr」は,圧縮P軸が海溝軸方位,中間N軸が基準の海溝傾斜方位を持つ.「tr」も同様に,引張T軸が海溝軸方位,中間N軸が基準の海溝傾斜方位を持つ.この主応力軸方位を「基本発震機構型」と呼ぶことにする.
発震機構解の主応力軸方位が6つの「基本発震機構型」のどの型に最も近いかは,Euler回転角によって比較できる.Euler回転角が最小の「基本発震機構型」を「発震機構型」に判定すれば,幾何学的に最良の判定になる.
主応力軸伏角から判定する従来の発震機構型とEuler回転によって判定した発震機構型を比較すると,96%から97%の高率で一致している(表20・表21).簡便な従来の伏角による判定も十分信頼できるが,今後,幾何学的に優れているEuler回転による判定を本ホームページの特報や速報で使用する.
同一地震の初動発震機構解とCMT発震機構解が同一応力場を表しているとすると,主応力軸方位は一致するはずである.初動発震機構解とCMT発震機構解が共に公表されている地震についてEuler回転角を用いて比較すると,必ずしも一致しないが25°以内で一致している.従って,25°以上のEuler回転角が算出された場合には,異なった主応力軸方位として区別できる.
表20.CMT発震機構解の主応力軸伏角とEuler回転に基づく発震機構型判定の比較.
Euler回転による発震機構型の震源数の「/」の左上の数字がEuler回転角が25°以上,右下の数字が25°以下の震源数である.
Euler回転発震機構型
伏角型 地震数 #p pr #t tr np nt 合致数 非合致
p 1552 1121/406 9/0 2/0 6/0 8/0 0/0 1527 25(1.6 %)
pr 172 14/0 115/34 5/0 2/0 0/0 2/0 149 23(13.4%)
t 807 4/0 1/0 512/280 6/0 0/0 4/0 792 15(1.9%)
tr 237 5/0 0/0 5/0 182/40 5/0 0/0 222 15(6.3%)
np 241 1/0 0/0 1/0 4/0 204/31 0/0 235 6(2.5%)
nt 208 2/0 1/0 2/0 0/0 0/0 162/41 201 7(3.4%)
合計 3217 1553 160 807 240 248 209 3126 91
48.3% 5.0% 25.1% 7.5% 7.7% 6.5% 97.2% 2.8%
表21. 初動発震機構解の主応力軸伏角とEuler回転に基づく発震機構型判定の比較.
Euler回転による発震機構型の震源数の「/」の左上の数字がEuler回転角が25°以上,右下の数字が25°以下の震源数である.
Euler回転発震機構型
伏角型 地震数 #p pr #t tr np nt 合致数 非合致
p 3135 2482/524 38/0 52/0 15/0 24/0 0/0 3006 129(4.1%)
pr 860 30/0 698/99 7/0 9/0 0/0 17/0 797 63(7.3%)
t 1745 16/0 10/0 1409/276 16/0 0/0 18/0 1685 60(3.4%)
tr 968 9/0 5/0 21/0 743/174 16/0 0/0 917 51(5.3%)
np 1650 23/0 3/0 4/0 16/0 1313/290 1/0 1603 47(2.8%)
nt 889 1/0 19/0 14/0 2/0 1/0 754/98 852 37(4.2%)
合計 9247 3085 872 1783 975 1644 888 8860 387
33.4% 9.4% 19.3% 10.5% 17.8% 9.6% 95.8% 4.2%
4.日本列島域の発震機構型
もし,主応力軸方位が無制約に均一分布しているとすると,Euler回転による6つの発震機構型に属する地震数が等しく,16.7%になるはずである.しかし,CMT解では5.0~48.3%と3分の1以下から3倍までのばらつきがあり,無制約に分布していないことは明かである(表20).
その中で48.3%を占めているのが海溝傾斜方向に圧縮P軸を持つ「逆断層#p型」である.同じ逆断層型でも海溝軸方向にP軸を持つ「横逆断層pr型」は5.0%で,逆断層型の10分の1を占めるにすぎず,海溝傾斜方向の逆断層型地震が日本全域の応力場を支配していることを示している.
次に多いのは,海溝傾斜方向に引張T軸を持つ「正断層#t型」の25.1%であり,無制約の1.5倍を占める.同じ正断層型でも海溝軸方向にT軸を持つ「横正断層tr型」は7.5%と正断層型の4分の1以下である.
これらのことから,日本列島域の地震の発震機構の半分が逆断層型,4分の1が正断層型,いずれも主応力軸方位が海溝傾斜方向であり,海溝に沿う海洋プレートの沈み込みが制約を与えていると言える.
中間N軸伏角が最も大きい横ずれ断層型の地震で,圧縮P軸方位が海溝傾斜方向の「圧縮横ずれ断層np型」は7.7%,引張T軸方位が海溝傾斜方向の「引張横ずれ断層nt型」は6.5%であり,均一分布の16.7%の半分以下であり,日本列島域では横ずれ断層型地震が少ない.
5.東日本大震災による日本列島応力場変動のEuler回転解析
Euler回転を用いれば,基本型からどの方向にどれだけずれているか定量的に知ることができ,地震活動の進展に伴う応力場の変遷や主応力軸の入替について検討できる.
Euler回転角解析は,2011年3月11日「東日本大震災」の前震と余震の判定を可能にし,2011年3月10日までの地震が前震であり,3月11日の本震の来襲に備えることが可能であったことを既に報告した(特報4).
「東日本大震災」が日本全域の応力場を急変させたかをEuler回転によって検討する.日本全域のCMT解についてEuler回転による発震機構型による彩色とともに発震機構型からのずれのEuler回転角を時系列図に示せば,主応力軸方位の変動を完全に記述できる(図166).1994年から2015年までの主応力軸方位の大きな変動としては, 2009年の地震数減少と2010年の増加があり,2010年から現在までの間に大きな変動は認められない.2011年3月11日(図166の右時系列図中の横実線)に特に大きな変化は認められず,東日本大震災は2009年-2010年の大変動によって起こったことが予想される.
2009年4月18日にはウラジオストックの太平洋スラブにおいて下部マントル上面深度660kmを超える地震M5.0が深度671kmで起こっている(図167;日本全域(年別)).下部マントル上面深度を超える地震は2015年5月30日M8.1深度682km・2015年6月3日M5.6深度695kmが起こっていることから,東日本大震災は,太平洋スラブの下部マントルへの崩落に起因していると考えられる(速報71).