速報77)神奈川県東部の地震・台湾南部地震・伊豆海溝域地震・浜通-金華山沖地震・2016年3月の地震予報

1.2016年2月の地震活動

 気象庁が公開しているCMT解を解析した結果,2016年2月の地震個数と総地震断層面積のプレート運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で16個0.314月分,千島海溝域で3個0.008月分,日本海溝域で7個0.198月分,伊豆・小笠原海溝域で3個0.533月分,南海・琉球海溝域で3個0.539月分であった(2016年2月日本全図月別).
最大地震は2016年2月6日台湾南部のM6.4+pr16kmであり,M6以上の地震は,2月15日伊豆スラブ下部M6.0-np438kmとの2個であった.
初動発震機構解(精査後)では,2016年2月5日朝の神奈川県東部のM4.6p26kmと活動を再開した浜通地震が注目される(東北日本IS月別).

2.神奈川県東部の地震

通勤電車の運行停止によって首都圏に混乱をもたらした2016年2月5日朝の神奈川県東部の地震M4.6p26kmは相模トラフから沈込むフィリピン海プレート境界に沿って関東域の地殻・マントルあるいは50万年前まで沈込でいた丹沢・九十九里スラブとの間で起こった地震である(図177).

図177.2016年2月5日の神奈川県東部の地震.  2016年2月の関東地域の初動班震機構(精査後)の主応力軸方位.

図177.2016年2月5日の神奈川県東部の地震.
 2016年2月の関東地域の初動班震機構(精査後)の主応力軸方位.

今回の地震は1997年以後の初動発震機構(精査後)において東京湾以西で最大の地震であった(図178).このプレート境界では大正関東地震や元禄関東地震が起こっている.
今回の地震はフィリピン海プレート北縁の東端で起こったが,翌2016年2月6日には,西端の台湾南部で被害地震M6.4が起こった.

図178.相模トラフに沿うフィリピン海プレート境界地震.  1997年10月以降の初動発震機構解(精査後)の主応力軸方位.

図178.相模トラフに沿うフィリピン海プレート境界地震.
 1997年10月以降の初動発震機構解(精査後)の主応力軸方位.

3.台湾南部の地震

 台湾ではフィリピン海プレートが沈込めず衝突し,衝上断層が幾重にも発達し,プレート相対運動を消化している.2月6日に台湾南部で起こったM6.4+pr16kmもこの衝突に関係している.
 フィリピン海プレート運動を主導しているのは琉球スラブ引と太平洋プレート押である.この運動によって台湾や南部フォッサマグナで衝突が起き,沖縄トラフが拡大している.琉球海溝域のベニオフ図(図179右下図の左端)に示すように地震断層面積比はプレート運動面積の0.47と約半分にすぎない.2002年まではプレート運動(黒色斜線)に追従して増加するがその後,静穏化し現在に至っている.地震断層面積の対数移動平均をその右(logArea)に示す.2002年以後の地震活動の低下の中で2008年の低下は著しい.対数移動平均曲線を台湾(橙色)・琉球スラブ(青色)・沖縄トラフ(空色)・琉球弧(赤色)に区分して示す.この区分の中で琉球スラブ(青色)の地震活動が継続して活発であり,琉球スラブ引がプレート運動の原動力を担っていることを示している.フィリピン海プレート運動のもう一つの原動力である太平洋プレート押は2011年3月の東日本大震災によって大きく変化したと予想される.しかし,琉球スラブの地震活動は,2010年初から低下して震災後増大に転じたが,低水準で現在に至り,大きな変化は見られない.

図179.琉球海溝域の地震活動  CMT解の主応力軸方位図・ベニオフ図・地震断層面積対数移動平均図.  ベニオフ図(右中と下の左端)の幅は1ヶ月間のプレート運動面積であり,黒色斜線がプレート運動の積算面積,赤色曲線が地震断層積算面積(特報5).  対数移動平均図(右下)の横軸は地震断層面積(km2)の対数(速報68).  右中・下図右端の数値は年数.右下図のグラフは左から,全域ベニオフ図・全域の地震面積対数移動平均図・台湾(橙色)・琉球スラブ(青色)・沖縄トラフ(空色)・琉球弧(赤色)の地震面積対数移動平均図.

図179.琉球海溝域の地震活動
CMT解の主応力軸方位図・ベニオフ図・地震断層面積対数移動平均図.
 ベニオフ図(右中と下の左端)の幅は1ヶ月間のプレート運動面積であり,黒色斜線がプレート運動の積算面積,赤色曲線が地震断層積算面積(特報5).
 対数移動平均図(右下)の横軸は地震断層面積(km2)の対数(速報68).
 右中・下図右端の数値は年数.右下図のグラフは左から,全域ベニオフ図・全域の地震面積対数移動平均図・台湾(橙色)・琉球スラブ(青色)・沖縄トラフ(空色)・琉球弧(赤色)の地震面積対数移動平均図.

台湾の地震活動(橙色)は,断続的あり,2年以上の停止期を挟み,1996年9月6日M6.7po21km,1999年9月21日M7.7+p0km,2002年2月12日M5.9Po87km,2002年3月31日M7.0Pe55km,2009年12月19日M6.7Po32km,2010年3月4日M6.4p0km,2011年3月からの休止期の後,2012年から活動期に入り,2013年10月31日M6.5+npo15kmそして2016年2月6日M6.4+pr16kmが起こった.これらの大地震の発震機構の末尾の「o」「e」はフィリピン海プレートの衝突境界の外と近辺で起こった地震を示す.犠牲者の出た今回の2016年2月M6.4の2年半前に2013年10月M6.5,1999年9月集集地震M7.7の3年前に1996年9月M6.7の衝突境界外地震が起こっている.
台湾と同様にフィリピン海プレート沈込障害を背弧海盆拡大によって解消する沖縄トラフの地震活動(空色)は,台湾の地震と呼応して起こっている.台湾の衝突境界外地震1996年9月M6.7の半年後から沖縄トラフで1997年3月26日M6.6+nt12km・1997年5月13日M6.4+nt9km・1999年3月24日M6.1+np0kmが起こり,その半年後の1999年9月に台湾で集集地震M7.7が起こった.
2013年10月M6.5の衝突境界外地震の後,沖縄トラフで2013年4月18日M6.1T0km,そして台湾衝突境界外の2015年2月14日M6.2+po28kmが起き,沖縄トラフ最大の地震2015年11月14日M7.1+nt17km(速報74)の3か月後の2016年2月6日に今回の台湾南部の地震M6.4が起こった.この地震の直前の2016年2月2日には八重山沖の琉球スラブ下部でM5.8-np深度201kmが起こっている.
沖縄トラフの地震が,台湾の被害地震前に起こっているが,起こっているのは沖縄トラフ北東部の九州西方である(図179左震央図).

4.伊豆スラブ・Marianaスラブ域の地震

2016年2月15日に伊豆小円南北区境界付近の伊豆スラブ内でM6.0-np438kmが起こった(図178上図).伊豆スラブ内には南に向かって深度を増大する逆断層型地震列があるが,そのほぼ中央のやや深いところに横擦断層型地震が割って入る形で起こっている震源域があり,今回の地震もその震源域で起こった(図180下左図).

図180.伊豆スラブとMarianaスラブの地震  主応力方位図.下左図:海溝に沿う縦断面図.下中図はMarianaスラブ域,下右は伊豆スラブ域のベニオフ図で,左から全地震・逆断層型地震(P赤色塗色部)・正断層型地震(T青色塗色部)・横擦断層型地震(N緑色塗色部).左端は伊豆・Mariana両域を全体のべにベニオフ図.

図180.伊豆スラブとMarianaスラブの地震
 主応力方位図.下左図:海溝に沿う縦断面図.下中図はMarianaスラブ域,下右は伊豆スラブ域のベニオフ図で,左から全地震・逆断層型地震(P赤色塗色部)・正断層型地震(T青色塗色部)・横擦断層型地震(N緑色塗色部).左端は伊豆・Mariana両域を全体のべにベニオフ図.

スラブ内の本震源の真上の深度65kmで2016年2月29日M4.6-ntが起こっている.この場所は,平面化して沈込む伊豆スラブの上のフィリピン海プレートのマントル内のため殆ど地震は起こらない所であるが,2007年12月4日にM5.2+nt26kmが1個起こっている.この唯一の地震は,琉球海溝域で2008年の地震活動低下期の開始(図179右下図)に対応しており,フィリピン海プレート状態の変化を示唆している.
小笠原海台小円では,2016年2月22日に屈曲沈込スラブ内でM5.8pが起こっている.
 伊豆スラブ・Marianaスラブ域全体の地震活動をベニオフ図に示す(図180下右端).地震断層面積はプレート運動面積の1.30倍と,良く対応している.この地震活動を断層面積の増加を,同心円状屈曲したまま下部マントルに到達するMarianaスラブ(図180下中図)と平面化して下部マントルに突入する伊豆スラブ(図180下右図)に分けると,約3分の1がMarianaスラブ,約3分の2を伊豆スラブの地震が占めている(右端の赤色).それらの発震機構型を見ると,Marianaスラブでは2000年には正断層型(T青色),2008年には横擦断層型(N緑色),2014年には逆断層型(P赤色)と異なっている.2008年の横擦断層型への変化は,琉球海溝域の地震活動の低下や2007年12月のフィリピン海プレート内地震の発生とも対応し,同心円状屈曲のまま下部マントル上面に達するMarianaスラブの地震活動がフィリピン海プレート運動の影響を受けていることを示している.
伊豆スラブでは2011年まで逆断層型(P赤色)であるが,それ以後は正断層型(T青色)に変わっており,2015年の増大は下部マントル地震による.発震機構が変わった2011年には東日本大震災が起こっており,伊豆スラブの地震活動が日本海溝に沿って沈込む太平洋スラブの影響を受けていること示している.

5.浜通と金華山沖地震の活発化

 浜通では2016年2月に初動発震機構解(精査後)が3個(M3.7-4.4)あった.浜通では東日本大震災の1ヶ月後の2011年4月11日に活断層を伴うM7.0-tr6kmが起こり,余震活動が続いたが2015年には年間13個にまで減少し,終息するかに見えた.しかし,2015年12月3個・2016年1月1個・2016年2月3個と活発化している(図181右図中の時系列図中に挿入した地震面積対数移動平均図:黒色).同様の盛衰を辿っている震源域として金華山沖がある.

図181.浜通・金華山沖の地震 浜通域の地震と金華山沖域の地震の主応力方位図.右上図は海溝軸に沿う縦断面図.右中図は時系列図で,左端に地震面積対数移動平均図,その右側に浜通の移動平均図(Hmd黒色塗色)中央に金華山沖の移動平均図(oKks赤色塗色)を挿入してある.

図181.浜通・金華山沖の地震
浜通域の地震と金華山沖域の地震の主応力方位図.右上図は海溝軸に沿う縦断面図.右中図は時系列図で,左端に地震面積対数移動平均図,その右側に浜通の移動平均図(Hmd黒色塗色)中央に金華山沖の移動平均図(oKks赤色塗色)を挿入してある.

 金華山沖では2016年2月に初動発震機構解(精査後)6個(M3.3-4.5)・CMT発震機構解1個(M4.6)がある.この震源域では,東日本大震災の最大余震であった1つ目の宮城県沖地震2011年4月7日M7.2+p66kmがスラブ平面化によって起こるとともに,スラブと島弧マントルの衝突による地震活動が活発である.大震災後活発であったが2014年から活動を低下させ,2015年後半から活発化している(図181右図中の対数移動平均図:赤色).2014年の地震活動低下に匹敵する低下は2009年であるが,2009年4月と2015年5月にはウラジオストックと小笠原で太平洋スラブの下部マントル地震が起こっている(速報76).
 浜通と金華山沖の地震活動は,日本海溝から沈込むスラブと島弧との相互作用がどのように進行しているかを監視するための鍵になる.浜通震源域では,東日本大震災前に殆ど地震活動が無かったが,唯一2003年2月20日M3.5tr11kmが起こっている.金華山沖でも本格的な地震活動は2003年に開始されており,東日本大震災以前にも両震源域が関連していたことを示唆している(図181).

6.2016年3月の地震予報

 低調な地震活動しか起こっていなかったフィリピン海プレート北縁での地震が心配されていたが,その東端の相模トラフに沿うプレート境界の東京湾西方で2016年2月5日に1997年以後最大の M4.6が起こり,翌日の2016年2月6日には,西端の台湾南部で被害地震M6.4が起こった.台湾南部の地震と1999年に大きな被害の出た集集地震M7.7と比較することによって,プレート境界外地震と沖縄トラフ地震との関連が明らかになり,今後の台湾の地震予報の可能性に期待を持つことができるようになった.今回の地震によって台湾・琉球海溝域のプレート運動の障害が解消されたので,地震活動が低調なまま歪を蓄積している南海トラフ・南部フォッサマグナ域での巨大地震への警戒が必要である.
 東北日本では,太平洋スラブの下部マントルへの崩落が心配されるが,浜通と金華山沖の地震活動に共通する変動が認められることから,今後の地震活動の変遷に注意が必要である.特に千島海溝域でも太平洋スラブの下部マントル地震が起これば,新たな段階に踏み込むことになる.