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特報7)関東地方の地震活動とフィリピン海プレートの沈込

7.1  関東地方と房総三重会合点

図223.関東地方のテクトニクス区分.
構造線・地塊(黒色)・プレート(赤色)・プレート沈込境界(青色)・房総三重会合点・日本海溝軸輪郭小円区分(緑色).

 関東地方は本州弧と伊豆弧の接合部に当たり,日本列島の中央に位置する.日本海溝・相模トラフ(Trough)に囲まれた同地方は,関東山地・丹沢・伊豆の地質体を有し,中央構造線(MTL)・柏崎-銚子線・糸魚川-静岡線・棚倉構造線(TL)・双葉断層などの構造線によって切断されている(図223).MTL(中央構造線)は,西南日本の中央を縦断して関東地方に到る第一級の構造線である.
 関東地方南東沖の日本海溝・伊豆海溝・相模トラフの交点は,太平洋プレート・フィリピン海プレート・北米プレートが会合する房総三重会合点である.太平洋プレートは,日本海溝に沿って北米プレート,伊豆海溝に沿ってフィリピン海プレートの下に沈込でいる.フィリピン海プレートは,相模トラフに沿って北米プレートの下に沈込む.このように3つの沈込プレート境界が会合している三重会合点は,地球上で房総沖にしか存在しない.


図224.房総三重会合点の海底地形とプレートの関係.
日本海溝に沿って太平洋プレートが北米プレートの東北日本弧の下に沈込み,伊豆海溝に沿って太平洋プレートがフィリピン海プレートの伊豆弧の下に沈込むが,関東地方では太平洋プレートが北米プレートの下に沈込む間にフィリピン海プレートが挟まって沈込んでいる.

 関東地方の下にはフィリピン海プレートの伊豆弧が沈込だ関東スラブ(Slab)と,太平洋プレートの太平洋底が沈み込んだ太平洋スラブが共存する(図224).これらのスラブの状態はプレート運動とともに変化するため(新妻,2007;2010),関東地方の地震活動は複雑で特異なものとなっている.


7.2  関東地方と海溝軸輪郭小円区分

図225.相模トラフ軸輪郭小円区分.
緑色の扇型が小円区境界.扇の要が小円区の中心.相模トラフまでの距離が等しくなるよう中心位置が算出してある.

 関東地方の地震活動を解析するためには,関東スラブと太平洋スラブのプレート運動を検討する必要がある.
太平洋スラブ沈込との関係解析には,日本海溝軸輪郭の屈曲に基づく小円区分を使用する.関東地方は,日本海溝軸輪郭小円区分では,鹿島小円区と鹿島小円南区に位置する.図223右縁の緑色字が小円区名で緑色斜線が小円区境界である.
関東スラブ沈込との関係解析には,相模トラフ軸輪郭の屈曲に基づく小円区分を使用する.この区分で関東地方は,勝浦・石堂・野島・足柄東・足柄の小円区に区分される(図225).小円区の範囲は緑色の扇型で表され,扇の要が小円中心になる.小円中心の位置は,沈込境界が小円中心から等距離になるよう算出されている.


7.3 東北日本弧・関東地方境界

図226.日本海溝輪郭軸小円区分による関東地方の初動発震機構解.
左:震央分布図,左:海溝距離断面図.

 東日本弧(東北日本弧から関東地方)の初動発震機構解は,日本海溝から沈込む太平洋スラブと東日本弧地殻との間に分布している.東日本弧地殻内の震源は,関東地方内陸部から日本海沿岸に多数分布するが,海溝距離200km以内の関東平野部では地殻下の太平洋スラブおよび関東スラブ内震源を主体としている(図226).



図227.日本海溝輪郭軸小円区分による本州島弧域の地殻内地震を除いた初動発震機構解.
日本海溝の西方に震源が多数分布するが,東北日本弧の海岸線付近で震源が急減し,アサイスミックフロントと呼ばれている.関東地方ではこの急減境界が西側に突出している.関東平野域北縁に中央構造線沿震源密集帯がある.左:震央分布図,右:海溝距離断面図.

 島弧地殻内地震を除いた初動発震機構解は,中央構造線(図223:MTL)に沿って震源が密集し,その北縁は地震空白域で区切られている(図227).この空白域の北東方は北西-南東方向の主応力軸を持つ震源が北東-南東方向に規則的に配列する東北日本弧である.東北日本弧の震源は海岸線よりも西側で急減する.この急減境界は「アサイスミックフロントAseismic Front」と呼ばれ(吉井,1979),島弧マントルが高温のため地震を伴う破壊を起すことができなくなる境界と考えられている.東北日本弧ではこの境界が海岸線付近に位置するが,関東地方では海岸線よりもはるか西側の関東山地北東縁まで突き出している.空白域を境界にしたこの相違は,関東平野下のマントルが海岸線よりずっと内陸側まで地震を起こせるほど低温であることを示し,関東平野下に相模トラフから低温の関東スラブが沈込でいることによって説明できる.



図228.日本海溝輪郭軸小円区分による本州島弧域の地殻内地震を除いたCMT発震機構解.
CMT発震機構解でも初動発震機構解と同様に東北日本弧と関東地方の間の鹿島灘・茂木に震源空白域がある.その南に関東平野域北縁の中央構造線沿震源密集帯がある.東北日本弧と関東平野の間に震源空白域がある.左:震央分布図,右:海溝距離断面図.

 M3.8以上の地震活動についてはCMT発震機構解によって海域についても検討することができる(図228).CMT解でも東北日本弧と関東地方との相違が確認できる.関東地方の北縁をなす中央構造線沿震源密集帯は海域まで連続し,南南東方に向きを変え房総三重会合点へ向って伸びている.この延長方向は伊豆海溝軸の北方延長と一致している.伊豆海溝軸はフィリピン海プレートの東縁であるが,この延長方向に中央構造線沿震源密集帯が位置することは,中央構造線沿震源密集帯が相模トラフから沈込だ関東スラブ北東縁に対応していることを示している.
 東北日本弧では太平洋スラブが東北日本地殻の下に直接沈込でいるが,関東地方ではその間に楔のように関東スラブが挟在している(図224).このスラブ縁が太平洋スラブ表層に接触し,地震を多発している地域が,房総三重会合点から中央構造線沿震源密集帯に相当する.


7.4 太平洋スラブに残された関東スラブの傷跡

図229.日本海溝輪軸郭小円区分による海溝距離300km以上の太平洋スラブ内震源.
中央構造線沿震源密集帯の西方延長に震源が能登半島南方まで並んでいる.左:震央分布地図,中:日本海溝距離断面図,右上:縦断面図,右中:時系列図,右下:主応力軸方位図.

 海溝距離300km以上の日本列島下太平洋スラブ内地震は初動発震機構解によって詳細に解析できる.震源は関東山地北縁をなす中央構造線沿って並んでいる.この震源列はそのまま西方に伸び,能登半島南方にまで達している(図229).太平洋プレートの北米プレートに対する相対運動方位は,房総三重会合点を通過する鹿島小円区と鹿島小円南区境界線方向であるが,太平洋スラブ内震源列がほぼその運動方位に沿っている.また,太平洋スラブ内震源列の東方延長にCMT解によって明らかになった中央構造線沿震源密集帯が位置していることは,日本列島下に沈込だ関東スラブ縁が太平洋スラブに接触して残した痕跡であることを示唆している.


 以上のことから,プレート運動の進行とともに房総三重会合点の周囲で起こるテクトニクス過程が現在の地震活動にも現れていることが理解できるであろう.これは逆に,房総三重会合点の周りのテクトニクス過程の理解なしに関東地方の地震活動を理解できないことを意味している.

7.5 相模トラフ・神縄断層・駿河トラフから沈込む関東スラブ

図230.相模トラフ軸輪郭小円区分による相模トラフから沈込む関東スラブ内地震の初動発震機構解.
相模トラフから同心円状屈曲を仮定した関東スラブ上面付近と相模トラフから急角で下方に震源が配列している.左:震央分布地図,中:トラフ距離断面図,右上:縦断面図,右中:時系列図,右下:主応力軸方位図.

 房総三重会合点のテクトニクスはプレート運動の進行とともに変化するが,最初に現在のプレート境界に沿う地震活動を検討する.相模トラフから北米プレートの下に沈込む関東スラブの地震活動を相模トラフ軸輪郭小円区分(図225)で検討する(図230).
 相模トラフ軸から同心円状屈曲して沈込む関東スラブ上面に沿う地震は,足柄小円区の丹沢・伊豆境界の神縄断層沿いに認められる.神縄断層沿いで沈込を開始した関東スラブ上面付近の発震機構は逆断層p型が密集している(図230中下).神縄断層は,北米プレートの丹沢地塊にフィリピン海プレートの伊豆地塊が衝突している境界であるので,逆断層p型であることは頷ける.その下の深度128kmで正断層t型地震が起こっている.



図231.日本海溝軸輪郭小円区分による相模トラフから沈込む関東スラブ内地震の初動発震機構解.
関東スラブ内震源は,日本海溝から同心円状屈曲を仮定した太平洋スラブ上面よりも下の太平洋スラブ内まで伸びている.左:日本海溝軸輪郭小円区分の震央分布,右上:海溝距離断面図,右中:縦断面図,右下:時系列図.

 相模トラフ沿いでは関東スラブ上面より深い震源が主体であり,相模トラフ軸から高角に並んでいる.最深震源は西から東へ,足柄小円東区で110km,野島小円区で91km,石堂小円区で85km,勝浦小円区で72kmと次第に浅くなる.
東ほど浅くなる最大深度を,日本海溝軸輪郭小円区分による太平洋スラブ上面に対応させると,日本海溝に向かってスラブ上面が浅くなることと対応している(図231).これらの震源は,太平洋スラブ上面からの深度が35km以内に収まる太平洋スラブ表層の地震であり,関東スラブの接触が太平洋スラブ表層の地震を起こしていることを示している.最も東側の銚子沖の震源は,図228に示した中央構造線沿震源密集帯の南東方延長である.



図232.相模トラフから沈込む関東スラブによる太平洋スラブ内地震.
日本海溝軸輪郭小円区分による海溝距離断面(右上)では,太平洋スラブ上面から35km以内の深度範囲で起こっている.

 この太平洋スラブ表層の地震を解析するため,太平洋スラブ内震源のみを検討する(図232).関東スラブと太平洋スラブの接触は,伊豆海溝と同じ太平洋プレート・フィリピン海プレート間プレート相対運動で,やや北寄りの東西方向(図229右下の主応力軸方位図中央付近の鹿島小円南区から鹿島小円南区の紫色折れ線)で太平洋スラブが西方に年間6.1cmの速度で沈込でいる.太平洋スラブ表層地震の発震機構解は,逆断層p型が15個・圧縮横擦np型が31個,引張横擦nt型が4個,正断層t型が22個と圧縮優勢で圧縮主応力P軸方位はプレート相対運動方向の西向きを主体としていることから,関東スラブと太平洋スラブの接触が原因と言える.相模トラフの方向が太平洋スラブの相対運動方向に沿っているため,相模スラブが太平洋スラブに接すると相模トラフ方向に引摺られ,高角で沈込むように震源が配列する(図230中).


7.6  関東平野下の震源空白域と密集域

図233.関東地方の震源空白域.
震源は初動発震機構解.成田空白域が震源分布を分けている.茂木・鹿島灘の空白域は東北日本弧との境界.

 関東地方の震源は,平野部に多く,中央構造線以北と関東山地では急減する(図227).関東平野域の初動発震機構解震央分布には,地震のない震源空白域と震央間距離が10km以内に集中する震源密集域がある.
最大の空白域は「成田」で,その西方に「所沢」,中央構造線の北側には「茂木」・「鹿島灘」の空白域がある(図233).茂木と鹿島灘の空白域は東北日本弧と関東地方の境界(図227)に当たる.
 空白域の間を埋める密集域は西北西-東南東方向の中央構造線沿および南北方向に並んでいる(図234).中央構造線沿いの密集域を,西から「五霞」・「佐原」・「飯岡」・「銚子」・「鹿島沖」・「銚子沖」と名付ける(図234左).「五霞」から南北に並ぶ密集域を北から,「下館」・「下妻」・「五霞」・「千葉」と名付ける.また,南北列の西側の密集域に北から「岩槻」・「東京」・「丹沢」と名付け,東側の密集域に北から「茂原」・「南総」と名付ける.これらの密集域では逆断層p型震源(赤色)が優勢である.
 五霞・下館・下妻・佐原・飯岡・鹿島沖・銚子・銚子沖の密集域が中央構造線沿密集帯(図227)を構成している.
相模トラフ軸の石堂小円の海溝距離断面図では(図234右上),相模トラフからの同心円状屈曲によって算出された関東スラブ上面以深に主要震源密集域が位置している.算出関東スラブ上面には,茂原・佐原・銚子沖・五霞.下妻の密集域が並んでいる.このように密集域が並ぶことは,算出関東スラブ上面が関東スラブとマントルとの力学に関係しているからであろう.


図234.関東平野下の震源密集域.
震源は初動発震機構解.相模トラフ軸からの同心円状屈曲沈込を仮定して算出されたスラブ上面深度の下に収まっている(右上).太平洋スラブ上面より下のスラブ内にまで震源密集域が連続している(右下).左;相模トラフ軸輪郭小円区分の震央分布地図,右上:相模トラフ距離断面図,右中:石堂小円区縦断面図,右下:日本海溝軸輪郭小円区分の日本海溝距離断面図.

 算出面以浅に銚子密集域が孤立している.銚子密集域の深度は1~29kmの島弧地殻深度範囲に入る.石堂小円区の縦断面図(図234右中)と日本海溝の鹿島小円区海溝距離断面図(図234右下)でも銚子密集域は浅所に孤立し,特異な存在である
関東スラブ深部と太平洋スラブの関係を日本海溝の鹿島小円区海溝距離断面図(図234右下)で検討すると,算出太平洋スラブ上面に沿って密集域が並んでいることは,関東スラブと太平洋スラブの接触が関東平野下の力学状態を支配していることを示している.銚子沖・千葉・南総・下館の密集域は,算出太平洋スラブ上面深度よりも下の太平洋スラブ表層にまで伸びている.銚子沖と南総の密集域は現在のプレート境界の相模トラフから沈込でいる相模スラブによる太平洋スラブ表層の震源であり(図232),他の密集域も過去の関東スラブと太平洋スラブの接触による太平洋スラブ表層の破壊に関連しているであろう.
鹿島小円区の海溝距離断面図(図234:右下図)では,日本海溝に沿って沈込む太平洋スラブ上面の上に弓形に上位から丹沢・東京・五霞・下妻・千葉・下館・岩槻の密集域が並んでいる.海溝距離300km付近の頂部は伊豆諸島や伊豆半島の載る伊豆弧頂軸に当たり,その左側に傾斜する震源面は駿河トラフに沈込む駿河スラブで,右側は関東平野下に沈込だ関東スラブである.


図235.関東スラブと太平洋スラブの沈込形態(新妻,1982).

 この弓形の震源分布は,地表の人工振動を避け地下深部に設置された防災科学技術研究所の首都圏地震観測網による初期観測(1973~1976年)によって明らかにされており,その震源分布に基づいて予想された関東スラブ形状(新妻,1982;図235)を支持する.
 弓形の震源密集域の分布は,石堂小円区の縦断面図(図234右中)でも認められ,その東縁を画する成田空白域が東側の佐原・飯岡・茂原の密集域列を分断している.鹿島小円区の海溝距離断面図(図234右下)でも成田空白域による分断が認められる.関東平野下に沈込む関東スラブを,相模トラフから現在沈込でいる「相模スラブ」,丹沢密集域から続く弓形の南北密集域列の「丹沢スラブ」,成田空白域の東側密集列の「上総スラブ」と名付けて区分する(図234右中).

7.7 地質記録に基づく関東構造盆地と九十九里トラフ

図236.地質学資料から復元された九十九里トラフ.
丸印:ボーリング試料位置(黒丸:大陸棚化石群集,白丸:深海化石群集),数字:250万年前(2.5Ma)から50万年前(0.5Ma)までの堆積物層厚,矢印:タービダイトの流下方向,スランピング:海底堆積物の大規模地辷方向.

 関東平野は日本列島最大の平野であり,日本の地質学の発展とともにその成因が検討されてきた.海水準変動や河川の浸食・埋積などの地表の変動では説明できず,地質構造運動の関与が必要なことから関東構造盆地が提唱された(矢部・青木,1927).1960年以降,浮遊性微化石・地磁気極性層序の確立,堆積物の供給源・供給方位の堆積学的検討,底棲微化石による古水深解析などの地質学の発展と多数のボーリング井試料(図236:黒丸=大陸棚,白丸=深海)によって,関東構造盆地は利根川流域を沈降軸とする堆積盆地が250万年前に形成され,50万年前にその沈降が停止し,急速に埋積されて現在の関東平野になったことが明らかにされた(新妻,1982).利根川流域に沿う沈降は,現在の相模トラフに沿う沈降と類似していることから「九十九里トラフ」と名付けられた.ただし,ボーリング井底から関東山地に露出する古期岩類が採取されており,九十九里トラフは相模トラフのように海洋底の沈込によって形成されたのではなく,関東山地のような島弧地殻が利根川に沿って沈込で形成されたと考えられる.


図237.銚子震源密集域の震源分布.
利根川河口銚子付近の島弧地殻相当深度範囲に分布し,九十九里スラブ沈込に対応している.地震は東日本大震災直後の2011年3月16日から発生.

 銚子半島の屏風ヶ浦には深海底堆積物が海底地辷を起こし折重なったスランピング構造が露出しており,海底堆積物が地辷を起こしても停止できる沈降軸付近であることを示している.辷った方向は,スランピングの形態と古地磁気から九十九里浜の方向と同じ北東方向である(Niitsuma,1977).
 利根川沿いの「銚子」震源密集域の深度は島弧地殻程度と浅く,島弧地殻内の不連続の存在を示している(図237).この地殻内不連続は250万年前から50万年前の九十九里トラフの沈降軸に良く対応しており,「九十九里スラブ」と名付け,他と区別する.

7.8 丹沢・伊豆の衝突と関東平野下の震源密集列

図238.南部フォッサマグナの地質図と衝突時期区分.
南部フォッサマグナの地質は,丹沢・伊豆地塊の衝突によって支配されているが,この2つの衝突過程には共通した1~5の時期区分ができる.衝突(時期4)は丹沢が550万年前,伊豆が100万年前.

 関東平野の西側は,南部フォッサマグナ地域と呼ばれ,本州弧と伊豆弧の接合部として日本の近代地質学誕生時から注目されてきた(Naumann, 1885).1980年代には,国際研究事業「リソスフェア探査開発計画DELP」で地球科学的総合研究が実施され,プレート運動に伴う本州弧と伊豆弧の衝突過程が解明された(Matsuda & Niitsuma, 1989 eds; Niitsuma., 1991 ed;図238).


図239.伊豆・丹沢地塊の200万年前と500万年前の位置.
フィリピン海プレート運動を過去にさかのぼると伊豆・丹沢地塊(黒色)は南東に移動するが,伊豆海溝の位置も移動する.房総三重会合点で会合する日本海溝の位置も移動する.この移動が日本海溝を弧状に屈曲させた.

 丹沢地塊は中央高速道が通る藤ノ木-愛川構造線に沿って関東山地に衝突し,伊豆地塊は,東名高速道が通る神縄断層に沿って丹沢地塊に衝突している.衝突によって大量の礫が衝突境界に供給され埋積したため厚い礫岩が堆積し(時期5),首都圏の建造物の骨材として採取されている.
 衝突地塊の頂部は,現在の伊豆七島のように浅海から海上に出ていたが(時期2),衝突前に深海泥が堆積し(時期3),次第に礫質な堆積物に覆われる(時期4).時期3の深海泥の堆積は,衝突地塊が衝突前に沈降したことを示しており,沈込境界に接近したことを物語る.この堆積周期は,丹沢地塊と伊豆地塊の北縁に共通して認められ,700万年前と200万年前に開始している.


図240.スラブ沈込と丹沢地塊・伊豆地塊の衝突.
衝突前のスラブ沈込によって衝突地塊も沈降して深海成泥が堆積し,衝突による隆起によって大量の礫が供給され,沈降部は埋積される.伊豆地塊に衝突された丹沢地塊は褶曲隆起してマグマ溜が固結したトーナル岩が露出している.

 フィリピン海プレート運動から算出した伊豆半島と丹沢地塊(図239:黒色)は,現在の伊豆七島付近に位置し,地質記録からの推定を支持している.フィリピン海プレートがプレート運動を開始した700万年前から,丹沢地塊北側のスラブは関東山地の下に沈込みプレート運動を消化していたが,丹沢地塊の衝突によって消化できなくなり,伊豆地塊北側スラブが丹沢地塊南縁への沈込むことによってプレート運動の消化を担った(図240).
 沈込境界が丹沢地塊北側から伊豆地塊北側へ転移するには,丹沢地塊北側スラブが伊豆地塊北側スラブから切断されなければ丹沢地縁南側で沈込を開始できない.丹沢地塊北側スラブも伊豆北側スラブもその東側は関東平野下に沈込でいるので,丹沢・伊豆の多重衝突が起こっていれば関東平野下には丹沢地塊北側スラブと伊豆地塊北側スラブとの2枚のスラブが沈込でいるはずである.
 中央構造線北側までの関東平野下震源密集域のほぼ中央付近に「成田空白域」があり,北西側の震源密集列と南東側の震源列を区分している(図234).衝突前の丹沢・伊豆地塊のプレート運動方向は北西方向であるので,北西側の「丹沢スラブ」震源密集列を丹沢地塊,南東側の「上総スラブ」震源密集列を伊豆地塊に対応させることができる.

7.9 太平洋スラブに残された傷跡と丹沢・伊豆衝突

図241.太平洋スラブ内震源と太平洋スラブ沈込年代.
震源分布は図7と同じ.緑色網(左上方線:太平洋スラブのプレート運動方向,左下方線:太平洋スラブの日本海溝外の同心円状屈曲頂通過年代の100万年前から600万年後まで20万年毎の位置).

 太平洋スラブ内震源は関東平野下の中央構造線沿震源密集帯の西方延長であり,能登半島南方まで並んでいる。これらは、関東スラブに接触された傷跡と考えられる(図229).地質学資料によって関東スラブの沈込年代と沈込境界の転移が明かになったので(図238),以下に太平洋スラブ内震源の配列との比較を試みる.
 太平洋プレートが日本海溝外の同心円状屈曲頂を通過する100万年前から20万年毎に600万年前まで太平洋スラブ上面の位置を算出し(図241:緑色網),震源の位置と比較検討する.左上がりの緑色線網目が太平洋スラブ上面の移動方向で,それに直交する網目が20万年毎の位置である.能登半島南方の震源は,600万年前までの網の外100万年分に位置するので,同心円状屈曲頂を700万年前に通過して沈込だ太平洋スラブ内で起こっていることになる.しかも,その沈込開始位置は,現在の房総三重会合点付近で,中央構造線沿震源密集帯よりも5目盛程南方である.沈込位置の南方からの移動は500万年前の太平洋スラブまで続き,ほぼ現在の位置に到っている.これらは,丹沢スラブが700万年前から沈込み,500万年前に丹沢地塊が関東山地と衝突したことと良く対応している.


図242.丹沢地塊の衝突と南部フォッサマグナ周辺の帯状構造の大屈曲と古地磁気方位.
数字(帯状構造)[1=飛騨帯,2=飛騨外縁帯,3=美濃帯,4=領家帯,5=三波川帯(黒色),6=秩父帯,7=四万十帯],白矢印:帯状構造大屈曲にそって変化している2500万年前から1000万年前の古地磁気方位.

 南部フォッサマグナの周辺で日本列島の帯状構造が大きく北西側に屈曲している.古地磁気方位はこの屈曲が1000万年前以後に起こったことが示している(図242).衝突前の丹沢地塊の位置が現在の日本海溝軸と南海トラフ軸をつなぐ破線の外側に位置することから,丹沢地塊の衝突によって南部フォッサマグナ周辺の帯状構造がフィリピン海プレート沈込境界とともに大屈曲したと考えられる.このような大屈曲による丹沢地塊の北方移動が,太平洋スラブ内震源位置の北方移動と対応する.
500万年前の丹沢地塊の衝突によって日本列島の島弧地殻の大屈曲が進行するが,衝突によるプレート相対運動を消化できなくなり,伊豆地塊の上総スラブが沈込を開始する200万年前より前に上総スラブが丹沢スラブから切断される.島弧地殻の屈曲応力は,丹沢衝突末期のスラブ切断期に最大になることが予想されるが,この250万年前に島弧地殻内で九十九里スラブの沈込が開始されている.

7.10 関東平野下の関東スラブ地震活動と日本列島の応力状態

図243.関東地方の被害歴史地震.
歴史地震も1997年以降の地震に基づく震源密集域区分に対応している.成田空白域の存在も西暦1200年まで遡ることができ,丹沢スラブと上総スラブの切目であることを支持している.

 関東平野周辺の地質構造発達史を参照することによって関東平野下の地震活動を「丹沢スラブ」「上総スラブ」「相模スラブ」「九十九里スラブ」に区分することが可能になった.これらのスラブは,南部フォッサマグナの丹沢地塊・伊豆地塊および日本列島島弧地殻から連続し,太平洋スラブと接触している.このため,日本列島に働く諸応力変動に対し敏感に反応するアンテナの役割を果たしていると考えられ,地震予報に重要な役割を果たすことが期待される.
九十九里スラブを表す銚子震源密集域の地震活動は,東日本大震災直後の2011年3月16日から開始され(図237),これによって関東スラブの完全区分に到達することができた.
1994年以前の地震活動については,被害歴史地震の規模と震源位置(宇佐美,2003)を使用することができる.西暦1200年以降の被害歴史地震の総地震断層面積はプレート相対運動面積の89%に達しており,主要な地震活動を捉えていると言える.これらの地震記録でも,中央構造線沿震源密集帯・震源密集列・成田空白域が認められ,現在の関東スラブ区分の適用が可能である(図243).これらを用いれば,約1000年間に渡る地震活動を房総三重会合点周囲のプレート運動と関連付けることができる.
関東平野下の地震活動がどの震源密集域で起こったかを確認し,その密集域の属するスラブを識別し,発震機構によって応力場を詳細に検討できれば,日本列島で進行中の力学変動をプレート運動の枠組で捉えることが可能になるであろう.

引用文献

Matsuda,T. & Niitsuma,N. (1989 ed.) Collision tectonics in the South Fossa Magna, Central Japan I. Modern Geology, 14, 1-152.
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Niitsuma,N.(1977) Remanent magnetization of slumped marine sedimentary rocks. Rock Magnetism and Paleogeophysics, 4, 44-52.
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宇佐美龍夫(2003)日本被害地震総覧.東京大学出版会,605p.
矢部久克・青木廉二郎(1927)関東構造盆地周縁山地に沿へる段丘の地質時代.地理学評論,3,79-87.
吉井敏尅(1979)日本の地殻構造.東京大学出版会,121p.

特報6)発震機構解主応力軸方位のEuler回転による発震機構型判定

2015年9月23日 発行

1.発震機構解

 気象庁は日本列島周辺で起こった地震について1994年9月以降のCMT発震機構解,1997年10月以降の初動発震機構解を公表している(速報53).
 初動の発震機構解は,直交する3本の主応力軸方位,その主応力場において予想される共役な破壊面の方位,観測点数,観測された押し引きと合致率を与えている.
 CMT解は,地震発生後30秒以後の波形から算出されるモーメントテンソルの要素,主応力軸方位,その主応力場において予想される共役な破壊面の方位,主応力の相対強度から求められる非双偶力成分比を与えるとともに,観測点数,波形の合致率を与えている.

2.発震機構型

 発震機構は,地震断層が「縦ずれ」か,「横ずれ」かによって大きく2つに区分でき,「縦ずれ」は上方にずれる「逆断層p型」と下方にずれる「正断層t型」に区分され,「横ずれ」は基準方向に圧縮主応力P軸が向く「圧縮横ずれ断層np型」と引張主応力軸が向く「引張横ずれ断層nt型」に区分される(震源震央分布図の解説)
 これらの判定は,基準面に対して行うので,基準面を定める必要がある.基準面を水平とし,基準方位を西にすると,「逆断層型」の主応力軸方位は,圧縮P軸が東西水平,引張T軸が垂直,中間N軸が南北水平になる.
 応力は震源に向かって双方から働くが,気象庁は下半球側の主応力軸方位と伏角を公表している.3主応力軸伏角を比較し,中間N軸が最大の場合は「横ずれ断層型」,圧縮P軸が最大の場合は「正断層t型」,引張T軸が最大の場合は「逆断層p型」と判定できる.
 日本列島の地震活動は,海溝に沿って沈み込む海洋プレートと関係しているので,海溝軸方位に直交する海溝傾斜方向を基準方位としている.海溝軸は小円に沿っており(速報7,速報18),海溝軸に直交する海溝傾斜方位線は小円中心を通過するので,震央と小円中心を結ぶ大円方位から算出できる.基準面の傾斜は,震央の海溝からの距離「海溝距離」と震源深度から算出される傾斜角(=tan-1(深度/海溝距離)を用いる.ただし,海溝付近は海溝距離が短く,数10kmの深度の震源もあり,傾斜角が大きく変化するため,海溝距離が150km以下および海溝外の震源については,傾斜角を0としている.

3.Euler回転による発震機構型判定

 発震機構の主応力軸方位を定性的に比較するために発震機構型が用いられるが,定量的に解析する場合には3つの主応力軸の回転角をEuler回転として算出する方法を用いる(速報29,特報4).
 主応力軸方位は発震機構型に対応する6つに区分される(図165).上記の発震機構型に基本型として加えた「pr」は,圧縮P軸が海溝軸方位,中間N軸が基準の海溝傾斜方位を持つ.「tr」も同様に,引張T軸が海溝軸方位,中間N軸が基準の海溝傾斜方位を持つ.この主応力軸方位を「基本発震機構型」と呼ぶことにする.

図165.  基本発震機構型の主応力軸方位.  赤矢印:圧縮主応力軸,黒矢印:引張主応力軸,緑太線:中間主応力軸.  基準面は,海溝軸方位に直交する海溝傾斜方向に傾斜し,傾斜角には海溝距離が150km以上の島弧側震源については,海溝距離と震源深度から算出される傾斜を使用する.海溝距離が150km以下の海溝付近の震源と海溝外地震については傾斜を0とする.

図165.  基本発震機構型の主応力軸方位.
 赤矢印:圧縮主応力軸,黒矢印:引張主応力軸,緑太線:中間主応力軸.
 基準面は,海溝軸方位に直交する海溝傾斜方向に傾斜し,傾斜角には海溝距離が150km以上の島弧側震源については,海溝距離と震源深度から算出される傾斜を使用する.海溝距離が150km以下の海溝付近の震源と海溝外地震については傾斜を0とする.

発震機構解の主応力軸方位が6つの「基本発震機構型」のどの型に最も近いかは,Euler回転角によって比較できる.Euler回転角が最小の「基本発震機構型」を「発震機構型」に判定すれば,幾何学的に最良の判定になる.
主応力軸伏角から判定する従来の発震機構型とEuler回転によって判定した発震機構型を比較すると,96%から97%の高率で一致している(表20・表21).簡便な従来の伏角による判定も十分信頼できるが,今後,幾何学的に優れているEuler回転による判定を本ホームページの特報や速報で使用する.
 同一地震の初動発震機構解とCMT発震機構解が同一応力場を表しているとすると,主応力軸方位は一致するはずである.初動発震機構解とCMT発震機構解が共に公表されている地震についてEuler回転角を用いて比較すると,必ずしも一致しないが25°以内で一致している.従って,25°以上のEuler回転角が算出された場合には,異なった主応力軸方位として区別できる.

表20.CMT発震機構解の主応力軸伏角とEuler回転に基づく発震機構型判定の比較.
 Euler回転による発震機構型の震源数の「/」の左上の数字がEuler回転角が25°以上,右下の数字が25°以下の震源数である.

                                            Euler回転発震機構型
伏角型    地震数       #p       pr       #t       tr       np       nt       合致数    非合致
    p          1552 1121/406   9/0     2/0     6/0     8/0     0/0       1527     25(1.6 %)
    pr           172     14/0   115/34   5/0     2/0     0/0     2/0         149     23(13.4%)
    t             807       4/0       1/0 512/280 6/0     0/0     4/0         792     15(1.9%)
    tr            237       5/0       0/0     5/0 182/40   5/0     0/0         222     15(6.3%)
    np          241       1/0       0/0     1/0     4/0 204/31   0/0         235       6(2.5%)
    nt           208       2/0       1/0     2/0     0/0     0/0 162/41       201       7(3.4%)
    合計     3217     1553     160     807   240    248    209       3126     91
                            48.3%   5.0% 25.1%  7.5%  7.7%  6.5%    97.2%   2.8%

表21. 初動発震機構解の主応力軸伏角とEuler回転に基づく発震機構型判定の比較.
 Euler回転による発震機構型の震源数の「/」の左上の数字がEuler回転角が25°以上,右下の数字が25°以下の震源数である.

                                              Euler回転発震機構型
伏角型    地震数       #p       pr         #t        tr          np       nt       合致数    非合致
    p          3135 2482/524 38/0    52/0     15/0     24/0     0/0         3006   129(4.1%)
    pr           860     30/0  698/99     7/0       9/0       0/0   17/0           797     63(7.3%)
    t           1745     16/0    10/0 1409/276 16/0       0/0   18/0         1685     60(3.4%)
    tr            968       9/0      5/0     21/0   743/174 16/0     0/0           917     51(5.3%)
    np        1650     23/0      3/0       4/0     16/0 1313/290 1/0         1603     47(2.8%)
    nt           889       1/0    19/0     14/0       2/0       1/0 754/98         852     37(4.2%)
    合計      9247   3085     872     1783     975    1644    888         8860   387
                            33.4%   9.4%  19.3%  10.5%  17.8%  9.6%     95.8%   4.2%

4.日本列島域の発震機構型

 もし,主応力軸方位が無制約に均一分布しているとすると,Euler回転による6つの発震機構型に属する地震数が等しく,16.7%になるはずである.しかし,CMT解では5.0~48.3%と3分の1以下から3倍までのばらつきがあり,無制約に分布していないことは明かである(表20).
その中で48.3%を占めているのが海溝傾斜方向に圧縮P軸を持つ「逆断層#p型」である.同じ逆断層型でも海溝軸方向にP軸を持つ「横逆断層pr型」は5.0%で,逆断層型の10分の1を占めるにすぎず,海溝傾斜方向の逆断層型地震が日本全域の応力場を支配していることを示している.
次に多いのは,海溝傾斜方向に引張T軸を持つ「正断層#t型」の25.1%であり,無制約の1.5倍を占める.同じ正断層型でも海溝軸方向にT軸を持つ「横正断層tr型」は7.5%と正断層型の4分の1以下である.
 これらのことから,日本列島域の地震の発震機構の半分が逆断層型,4分の1が正断層型,いずれも主応力軸方位が海溝傾斜方向であり,海溝に沿う海洋プレートの沈み込みが制約を与えていると言える.
 中間N軸伏角が最も大きい横ずれ断層型の地震で,圧縮P軸方位が海溝傾斜方向の「圧縮横ずれ断層np型」は7.7%,引張T軸方位が海溝傾斜方向の「引張横ずれ断層nt型」は6.5%であり,均一分布の16.7%の半分以下であり,日本列島域では横ずれ断層型地震が少ない.

5.東日本大震災による日本列島応力場変動のEuler回転解析

 Euler回転を用いれば,基本型からどの方向にどれだけずれているか定量的に知ることができ,地震活動の進展に伴う応力場の変遷や主応力軸の入替について検討できる.
 Euler回転角解析は,2011年3月11日「東日本大震災」の前震と余震の判定を可能にし,2011年3月10日までの地震が前震であり,3月11日の本震の来襲に備えることが可能であったことを既に報告した(特報4).
 「東日本大震災」が日本全域の応力場を急変させたかをEuler回転によって検討する.日本全域のCMT解についてEuler回転による発震機構型による彩色とともに発震機構型からのずれのEuler回転角を時系列図に示せば,主応力軸方位の変動を完全に記述できる(図166).1994年から2015年までの主応力軸方位の大きな変動としては, 2009年の地震数減少と2010年の増加があり,2010年から現在までの間に大きな変動は認められない.2011年3月11日(図166の右時系列図中の横実線)に特に大きな変化は認められず,東日本大震災は2009年-2010年の大変動によって起こったことが予想される.

図166.日本全域のCMT解のEuler回転によって判定した発震機構型とその発震機構型からのEuler回転角.  CMT発震機構解についてEuler回転によって判定した発震機構型に従って彩色して示し,判定発震機構型の主応力軸方位からのEuler回転角を時系列図(右側)に示してある.震源に対応する線の方向はEuler極の方位,短線はEuler回転方向.時系列図の右縁の数字は年数.2010年の上の横実線は東日本大震災の2011年3月11日に対応.時系列図の枠の左端が島弧側へのEuler回転+90°,右端が海溝側へ-90°.

図166.日本全域のCMT解のEuler回転によって判定した発震機構型とその発震機構型からのEuler回転角.
 CMT発震機構解についてEuler回転によって判定した発震機構型に従って彩色して示し,判定発震機構型の主応力軸方位からのEuler回転角を時系列図(右側)に示してある.震源に対応する線の方向はEuler極の方位,短線はEuler回転方向.時系列図の右縁の数字は年数.2010年の上の横実線は東日本大震災の2011年3月11日に対応.時系列図の枠の左端が島弧側へのEuler回転+90°,右端が海溝側へ-90°.

2009年4月18日にはウラジオストックの太平洋スラブにおいて下部マントル上面深度660kmを超える地震M5.0が深度671kmで起こっている(図167;日本全域(年別)).下部マントル上面深度を超える地震は2015年5月30日M8.1深度682km・2015年6月3日M5.6深度695kmが起こっていることから,東日本大震災は,太平洋スラブの下部マントルへの崩落に起因していると考えられる(速報71).

図167. 太平洋スラブのEuler回転発震機構図.  太平洋スラブは海溝に沿って同心円状屈曲して沈み込み,平面化して沈み込む.沈み込み角度は日本海溝からウラジオストックへのスラブが最も低角で,その南北に連続する伊豆海溝・千島海溝からのスラブは次第に急斜し,同心円状屈曲の半径も減じる.平面化するスラブの南側の小笠原・マリアナ海溝からのスラブは同心円状屈曲したまま下部マントルに到達している(速報).スラブが沈み込むマントルは地震波速度に基づき,深度410kmまでが上部マントル,深度660km以深が下部マントルで,その中間がマントル遷移層と呼ばれている.これらの区分はマントルの主要構成鉱物のカンラン石の相転移で説明されている.  下部マントルのペロブスカイトへの相転移が,低温のスラブではより高圧でしか起らないため,スラブが下部マントルに到達すると,沈み込めず停滞すると考えられている.これが深度660km以深で深発地震が起こらない説明であった.しかし,下部マントルに沈み込みを開始すると,ペロブスカイトに相転移したスラブ先端が後続のスラブを引きずり込んで高圧にするため,相転移が連鎖的に起こり,スラブが下部マントルに崩落すると考えられている.  下部マントル深度660kmを明瞭に超える下部マントル地震は,2015年5月30日M8.1t深度682kmと(速報)2015年6月3日M5.6-t深度695kmが伊豆スラブ南端で起こったが(速報),2009年4月18日M5.0+np深度671kmがウラジオストックで起こっていた.

図167. 太平洋スラブのEuler回転発震機構図.
 太平洋スラブは海溝に沿って同心円状屈曲して沈み込み,平面化して沈み込む.沈み込み角度は日本海溝からウラジオストックへのスラブが最も低角で,その南北に連続する伊豆海溝・千島海溝からのスラブは次第に急斜し,同心円状屈曲の半径も減じる.平面化するスラブの南側の小笠原・マリアナ海溝からのスラブは同心円状屈曲したまま下部マントルに到達している(速報).スラブが沈み込むマントルは地震波速度に基づき,深度410kmまでが上部マントル,深度660km以深が下部マントルで,その中間がマントル遷移層と呼ばれている.これらの区分はマントルの主要構成鉱物のカンラン石の相転移で説明されている.
 下部マントルのペロブスカイトへの相転移が,低温のスラブではより高圧でしか起らないため,スラブが下部マントルに到達すると,沈み込めず停滞すると考えられている.これが深度660km以深で深発地震が起こらない説明であった.しかし,下部マントルに沈み込みを開始すると,ペロブスカイトに相転移したスラブ先端が後続のスラブを引きずり込んで高圧にするため,相転移が連鎖的に起こり,スラブが下部マントルに崩落すると考えられている.
 下部マントル深度660kmを明瞭に超える下部マントル地震は,2015年5月30日M8.1t深度682kmと(速報)2015年6月3日M5.6-t深度695kmが伊豆スラブ南端で起こったが(速報),2009年4月18日M5.0+np深度671kmがウラジオストックで起こっていた.

特報5)総地震断層面積のベニオフ図

2015年7月23日 発行

1.ベニオフ図

 間欠的に起こる地震を定量的に記述する方法として地震のマグニチュードMから算出される地震断層面積Sfを本速報では使用している(速報36).地震断層面積Sf(km2)は,地震のマグニチュードMと地震断層の長さLおよび断層のずれDについての経験式(松田,1975)を乗じて算出される.

               S=L*D= 101.2M-9.9

 この式は,マグニチュードMの地震16個(≒101.2)の総地震断層面積がマグニチュードM+1の地震1個の地震断層面積と等しいことを示している.同じマグニチュードの地震が等時間間隔に起これば,総地震断層面積は時間とともに増加する.横軸に総地震断層面積,縦軸に時間のグラフを描くと,右上に上る階段状のグラフが得られる.この階段状のグラフは,火山噴出物の累積量(Nakamura,1964)や活断層の累積変位量に用いられているが,Benioff(1954)が地震について最初に導入したので,「ベニオフ図」と呼ぶことにする.
   活断層や地震の場合には,歪みが時間とともに蓄積し,破壊限界に達して断層の変位とともに地震が発生する様子を定量的に示すことができる.火山噴出物の場合には地下に蓄積するマグマが限界に達し,地上に噴出する様子を表す.歪やマグマの蓄積速度が一定であれば,階段全体の傾斜が等しくなり,蓄積に変化が起これば傾斜が変化する.破壊強度が大きいと破壊限界に達する時間間隔は長く,階段の幅が広くなり,大きな破壊が起こり断層面積も大きく階段の高さも高くなる.
 作図に当たっては,解析時間範囲を図の解像度に応じて150等分し,その区分期間内に起こった地震の総地震断層面積を算出し,その総地震断層面積を時間とともに順次積算した点を結びベニオフ図とする
 プレートの相対運動が歪蓄積の主要原因と考えられるので,プレート相対運動面積と総地震断層面積を比較する.日本列島に関係するプレート相対運動のオイラー回転は(新妻,2007),

                                オイラー極
          プレート      北緯       東経       回転角       プレート境界
           NA-PC       48.7       -78.2       0.79       千島海溝,日本海溝
           PC-PH         1.2      134.2       1.00       伊豆海溝,小笠原海溝,Mariana海溝
           NA-PH       44.4      160.5       0.88       相模トラフ
           AM-PH       51.4      162.4       1.08       駿河トラフ,南海トラフ
           PH-SC      -50.3       -24.9       1.28       琉球海溝,台湾

ここで,NA北米プレート,PC太平洋プレート,PHフィリピン海プレート,AMアムールプレート,SC南華プレートである.
 プレート境界1(北緯φ,東経λ)のオイラー極(北緯φE,東経λE)に対するオイラー緯度φ1は,

               sin φ1 = sin φsinφE + cos φcos φE cos (λ- λE)

と算出できる.また、プレート境界におけるプレート相対運動速度V(㎜/年)は,オイラー緯度φ1の余弦にオイラー回転角速度r(度/百万年)を乗じて算出される.ここで,111は単位を合わせるための係数.

               V = 111 r cosφ1

 プレート境界のオイラー緯度範囲をφ1からφ2とすると,プレート相対運動面積Sp(km2/年)は,プレート相対運動速度Vをφ1からφ2まで積分し,

               Sp = k r ∫φ1φ2cos φdφ= 0.7074 r [ sin φ]φ1φ2 = 0.7074 r (sin φ1 – sinφ2) 

と算出できる.ここで k = 0.7074 は単位を合わせるための係数.

図156.日本全域CMT解のベニオフ図.  A:2000年1月から2011年3月10日,B:1994年9月から2015年6月,C:2012年1月から2015年6月まで.   「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.  上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.  下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

図156.日本全域CMT解のベニオフ図.
 A:2000年1月から2011年3月10日,B:1994年9月から2015年6月,C:2012年1月から2015年6月まで.
 「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.
 上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.
 下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

 日本全域のプレート相対運動面積は,0.4643km2/年と算出され,毎年M8.0の地震1個あるいはM7.0の地震16個が起こるか,毎日M5.8の地震が日本列島のどこかで起こることに相当する.
 日本全域のプレート相対運動面積は関係プレートとそのオイラー緯度範囲によって海溝域毎に算出でき,プレート運動が一定ならプレート相対運動面積Spは時間とともに増加する.横軸に解析期間のプレート相対運動面積と総地震断層面積,縦軸に時間を取るベニオフ図を作成すると,プレート相対運動面積は右上がりの斜線になる.

2.1994年9月から2015年6月のCMT解についてのベニオフ図

 公開されている1994年9月からの日本全域のCMT解について作成したベニオフ図を示す(図156B).図左端の「Total」は日本全域の総地震断層面積を示したもので,右上がりの黒斜線は,プレート相対運動面積である.「Total」枠の下端の「50.8day」は,1994年9月から2015年6月までの解析時間範囲を150等分した区分期間の日数が50.8日であることを示している.

図156B.日本全域CMT解のベニオフ図.  1994年9月から2015年6月.   「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.  上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.  下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

図156B.日本全域CMT解のベニオフ図.
 1994年9月から2015年6月.
 「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.
 上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.
 下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

 右側の4つの枠は,日本全域のプレート境界域を右から左に北から南そして東から西に向って並べたもので,右から「Chishima」千島海溝域,「Jpn」日本海溝域,「OgsIz」伊豆・小笠原・Mariana域(伊豆海溝域と略す),「RykNnk」南海・琉球・台湾域(琉球海溝域と略す)である.
 これらのグラフ枠の幅は,プレート相対運動面積に比例しており,日本海溝域が最も狭く,琉球海溝域が最も広い.左端の日本全域「Total」には,右側の各海溝域の4枠に赤曲線で示した総地震断層面積を合計して4分の1にした値をピンク曲線で示してある.
 各枠の上には,総地震断層面積Sfのプレート相対運動面積Spに対する比を示した.日本全域枠の右隣枠の下端に示した「M7.3」は,このマグニチュード以上であれば赤曲線が階段状に表現される限界マグニチュードである.日本全域についてのピンク曲線については横軸の面積幅を4分の1にしているので,限界マグニチュードは0.5増加しM7.8になる.
 1994年9月から現在までの日本全域CMT解「Total」の比は1.96と,総地震断層面積がプレート相対運動面積のほぼ2倍であることを示している.この大きな比は2011年3月の東日本大震災本震M9.0に因っており,東日本大震災の日付横線上でピンク曲線が階段状に上がり,隣の琉球海溝域「RykNnk」の赤曲線に重なっている.階段の立ち上がりが,大震災日付横線よりも下から開始していることは,M9.0の本震前にM7.3以上の前震が多数起こっていたことを示している.この急激な上昇を除けば,プレート相対運動面積の黒斜線とほぼ並行し,日本全域の地震活動が東日本大震災を除いてプレート相対運動に対応していると言える.
 千島海溝域「Chishima」の比は1.26と総地震断層面積がプレート運動面積を上回っている.これは,1994年10月4日M8.1,2006年11月15日M7.9・2007年1月13日M8.2,2012年8月14日M7.3・2013年5月24日M8.3・2013年10月1日M6.7の大きな段差に因っており,段差間は平らで殆ど地震が起こっていない.最後の2012年・2013年の後の2つの地震は,カムチャツカ半島西方沖で起こったもので,日本全域震央分布図範囲内にあるが,日本全域のCMT解に収録されておらず, 2009年以降公開されている「世界のCMT解」にのみ掲載されている.今後は,日本全域震央分布図範囲内にあるこれらの地震も,日本全域の地震とし,合わせて速報に掲載することにする.
 日本海溝域「Jpn」の比は東日本大震災M9.0によって7.65とプレート運動の7倍以上になっており,赤曲線は図の範囲を越えて右に外れている.1994年12月28日三陸はるか沖M7.6と2003年9月26日十勝沖M8.0による段差が認められる.1994年と2003年との段差間では殆ど増大せず,黒斜線を横切っているが,以後はほぼ黒斜線に並行に増大し,東日本大震災に至っている.
 伊豆海溝域「OgsIz」の比は1.44と大きく,枠を越えている.これは2015年5月30日の小笠原西方沖M8.1による異常な上昇による.これを除くと,他の海溝域に比較し最も良く黒斜線に並行している.
 琉球海溝域「RykNnk」の面積比の比は0.48と最も小さく,プレート運動の半分しか地震が起こっていない.ただし,1994年から2002年までは,黒斜線に沿って上昇しており,2002年以降に異常な静穏化を開始して現在に至っていることを示している.

3.2000年1月から2011年3月10日までのCMT解のベニオフ図

図156A.日本全域CMT解のベニオフ図.  2000年1月から2011年3月10日.   「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.  上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.  下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

図156A.日本全域CMT解のベニオフ図.
 2000年1月から2011年3月10日.
 「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.
 上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.
 下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

 ベニオフ図では東日本大震災本震M9.0によって右に大きく振り切れ,東日本大震災に到る経過を検討できないので,本震前日までのベニオフ図により検討する(図156A). 区分期間は27.2日で,限界マグニチュードはM7.0である.
 日本全域の比は1.01で,プレート運動に対応する地震が起こっていたことを示しておいるが,千島海溝域1.06・日本海溝域1.70・伊豆海溝域1.53とプレート運動を上回る地震が起こっているのに対し,琉球海溝域では0.45とプレート運動の半分以下の地震しか起こっていない.
 日本全域のピンク色ベニオフ曲線は黒斜線にほぼ沿っており,地震活動がプレート運動に対応していることを示しているが,この中にも段差が認められる.最も顕著な段差は千島海溝域の2006年末(2006年11月15日M7.9・2007年1月13日M8.2)である.次に顕著なのは日本海溝域の2003年(2003年5月26日M7.1・2003年9月26日十勝沖M8.0)の段差である.
 伊豆海溝域では震災前に2010年11月30日M7.1・2010年12月22日M7.8が起こり,大震災を先導したと予想される.それを裏付けるように伊豆海溝域2007年9月28日M7.6の後に日本海溝域で2008年5月8日M7.0・2008年6月14日M7.2・2008年9月11日M7.1が起こっている.その後,千島海溝域でも,2009年1月16日M7.4が起こり,伊豆海溝域の地震の影響が北上しているようである.
 このような北上は,伊豆海溝域2000年3月28日M7.9の後,日本海溝域の2003年の段差,そして千島海溝域の2006年の段差への伝搬にも認められる.

4.2012年1月から2015年6月までのCMT解のベニオフ図

 日本海溝域では,2011年3月の東日本大震災に続く地震活動のため右に外れて検討できないので,2012年以後のベニオフ図を示す(図156C).区分期間は8.5日で,限界マグニチュードはM6.6である.

図156C.日本全域CMT解のベニオフ図.  2012年1月から2015年6月まで.   「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.  上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.  下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

図156C.日本全域CMT解のベニオフ図.
 2012年1月から2015年6月まで.
 「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.
 上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.
 下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

 日本全域の地震断層面積比が1.68と枠を外れ,2013年と2015年に大きな段差がある.
 千島海溝域の比は2.48で,2013年5月24日M8.3の大きな段差によって図右端外に出ている.2012年8月14日M7.3の段差によって黒斜線と一致しているが,その間の地震活動は殆どない.
 日本海溝域の比は1.67とプレート運動面積を常に上回る地震活動が続いている.その中に2012年12月7日M7.3による段差があるが,その前後の赤曲線はほぼ黒斜線と並行している.
 伊豆海溝域の比は3.33で,2015年5月30日M8.1の大きな段差によって枠を外れ,かろうじて図の範囲内に納まっている.2013年5月14日M7.3による段差によって地震断層面積がプレート運動面積を越えているが,その前後の地震活動は少なく,平である.
 琉球海溝域の比は0.21とプレート運動の数分の1しか地震が起こっておらず,日本全域の2013年と2015年のピンク曲線の段差間で重なっており,日本全域の地震活動の4分の1しか地震が起こっていないことを示している.
 日本全域で最大の段差が2013年にあるが,マリアナスラブが同心円状屈曲したまま下部マントル上面に到達していることを示した2013年5月14日M7.3深度619kmと,カムチャツカ半島西方の千島スラブ底2013年5月24日M8.3深度609kmによるが,マリアナスラブの方が10日先行していることから,マリアナスラブの活動が千島スラブの活動を誘動したのであろう.マリアナスラブ2013年5月14日M7.3の前には日本海溝軸2012年12月7日M7.3深度49km,そして千島スラブ底2012年8月14日M7.3深度654kmが起こっており,2012年8月千島スラブから日本海溝軸そしてマリアナスラブに地震活動が伝搬して10日後,千島スラブに戻って2013年5月24日M8.3が起き,2年後伊豆スラブの下部マントルへの崩落の2015年5月30日M8.1深度685kmに至っている.

5. 歴史地震のベニオフ図

 日本の地震記録は,世界で最も詳細であり,近代地震学の発祥とともに歴史地震の研究も推進されている.
 日本最初の公式歴史書である「日本書記」には,允恭5年(西暦416)の地震記述があり,天武7年(西暦679年)の地震からは詳細な被害状況が記載されている.これらの歴史記録に基づき震央とマグニチュードが推定されている(宇佐美,2003;速報9).

図157.歴史地震の震源分布.   宇佐美(2003)の日本被害地震およびSeno & Eguchi(1983)の西太平洋域の地震観測に基づく大地震記録の震源分布.

図157.歴史地震の震源分布.
 宇佐美(2003)の日本被害地震およびSeno & Eguchi(1983)の西太平洋域の地震観測に基づく大地震記録の震源分布.

 歴史地震に加え,Seno & Eguchi(1983)の西太平洋域の地震観測に基づく大地震記録(図157)を日本全域のCMT解に接続し,西暦500年から現在までのベニオフ図を作成した(図158A).区分期間は約10年の3687.7日,限界マグニチュードはM8.8である.
 日本全域の総地震断層面積比が0.11と低いのは,広い離島域を含む千島・伊豆・琉球海溝域についての歴史記録が不十分なためであろう.

図158.歴史地震のベニオフ図  A:500年以降,B: 1691年以降,C:1850年以降,D:1994年9月以降  「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.  上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.  下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

図158.歴史地震のベニオフ図
 A:500年以降,B: 1691年以降,C:1850年以降,D:1994年9月以降
 「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.
 上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.
 下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

6.  1691年以降のベニオフ図

図158B.歴史地震のベニオフ図  1691年以降.  「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.  上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.  下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

図158B.歴史地震のベニオフ図
 1691年以降.
 「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.
 上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.
 下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

 日本海溝域における東日本大震災本震M9.0によってCMT解のベニオフ図は右に振り切れていたが(図156A=図158D),解析期間を1691年以降にすればプレート運動面積と一致する(図158B).東日本大震災で解放された歪みをプレート運動によって蓄積させるには,1691年にまで遡る必要があることを意味している.地震記録の不完全を考慮すれば,その分の歪が既に解消されているので,1691年よりも遡らなければならない.
 日本海溝域の歴史地震を含むM7.0以上の震央を検討すると,仙台湾から南東に続く空白域の北縁で東日本大震災の本震は起こっており(図159),この空白域に300年以上の歪みが蓄積していたのであろう.
 日本海溝域では2011年東日本大震災M9.0に次いで1896年M8.5明治三陸地震と1793年M8.4寛政地震の段差がある.1896年以後に総地震断層面積の増加率が増大し,プレート運動面積とほぼ等しくなっている.この総地震断層面積の増加は,南海・琉球海溝域や伊豆・小笠原海溝域そして千島海溝域にも認められ,地震観測網の整備による観測記録の充実によるとも考えられる.

図159.日本海溝域のM7.0以上の震源分布.  仙台湾から南東方向に伸びる空白の北縁で東日本大震災本震(2011/3/11)が起こった.

図159.日本海溝域のM7.0以上の震源分布.
 仙台湾から南東方向に伸びる空白の北縁で東日本大震災本震(2011/3/11)が起こった.

7.  1850年以降のベニオフ図

図158C.歴史地震のベニオフ図  1850年以降.  「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.  上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.  下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

図158C.歴史地震のベニオフ図
 1850年以降.
 「Total」日本全域,「RykNnk」琉球海溝域,「OgsIz」伊豆海溝域,「Japan」日本海溝域,「Chishima」千島海溝域.
 上縁の数値は総地震断層面積のプレート相対運動面積に対する比率.
 下縁の数値は区分期間と限界マグニチュード.

 歴史記録が充実し,地震計による観測記録を含む1850年以降のベニオフ図を作成した(図158C).解析時間範囲が1850年から2015年の165年であり,区分期間は403.8日で,限界マグニチュードはM8.0である.

 日本全域の面積比は0.65となっているが,1925年から1945年と1970年から1994年の期間は地震活動が少ない.
 千島海溝域の面積比0.55は日本全域とほぼ同程度であるが,静穏期と活動期に分かれ,階段状をなしている.
 日本海溝域の面積比は1.69で,赤曲線が黒斜線とほぼ並行し,地震活動がプレート運動に対応している.
 伊豆海溝域の比は0.35と約3分の1であるが,1900年から1915年まではほぼプレート運動と同等の地震活動があったが,1915年から1994年までは静穏化している.
 琉球海溝域の比0.45は日本全域を下回っているが,1854年12月23日M8.4安政東海地震・1854年12月24日M8.4安政南海地震の大きな段差後の静穏期,そして1891年10月28日M8.0濃尾地震,1910年4月12日M7.6八重山,1923年9月1日M8.2大正関東地震,1944年12月7日M8.2東南海地震・1946年12月20日M8.2南海地震によって面積比が半分以上の0.64に保たれていた.しかし,1950年から1975年の静穏期には面積比0.35に減少し,1975年から1994年には面積比0.06と殆ど地震が起こらなくなった.1995年1月17日M7.3阪神大震災から2002年までの比は0.81とプレート運動と同等の地震活動があったが,2010年3月以降は静穏期に入り,面積比0.25に低下している.

8. プレート沈み込みとベニオフ図

 太平洋プレートは一連の海洋底であり,西太平洋縁の海溝域に沿って沈み込んでいる.各海溝域の沈み込みは隣接する海溝域の沈み込みと相互作用しているはずである.
 東日本大震災前には,伊豆海溝域から日本海溝域を通って千島海溝域に地震活動が移行し(図156A),震災後には千島海溝域から日本海溝域を通って伊豆海溝域に太平洋スラブの地震活動が移行している(図156C).
 日本全域のベニオフ図は,各海溝域のプレート運動と地震活動を定量的に表すことが可能であり,プレート沈み込みの力学を構築するための有効な手段になるであろう.

引用文献

 Benioff, H.(1954)Orogenesis and deep crustal structure: additional evidence from seismology. Geological Society of America, Bulletin, 66,385-400.
 松田時彦(1975)活断層から発生する地震の規模と周期について.地震第2輯,28,269-283.
 Nakamura, K.(1964) Volcano-stratigraphic study of Oshima Volcano, Izu. Bulletin of Earthquake Research Institute, 42, 649-728.
 新妻信明(2007)プレートテクトニクスーその新展開と日本列島,共立出版,292p.
 Seno, T. & Eguchi, T. (1983) Seismotectonics of the western Pacific region. Geodynamics of the western Pacific-Indonesian region, Geodynamics Series, 11, American Geophysical Union, 5-40.
 宇佐美龍夫(2003)最新版日本被害地震総覧.東京大学出版会,605p.

特報4)東日本大震災の前震と余震の発震機構オイラー回転による判別

2014年12月20日 発行

1.発震機構オイラー回転

 地震の発震機構の変化を定量的に検討するために,発震機構回転角の算出法を考案し,東日本大震災の本震域で起こった地震の発震機構がどのような変遷を辿ったかを解析した.
 解析に使用したのは,気象庁がホームページで公開している,東日本大震災本震域で2011年に起こった地震のCMT発震機構解である.
 発震機構解の圧縮主応力P軸・引張主応力T軸・中間主応力N軸方位について,対応する地震のPT・TN・NPの3組の主応力軸方位対を同時に一致させるオイラー回転極と回転角を算出できる(速報58). 対応する地震について3組の回転極と回転角が算出されるが,算出に用いた二つの主応力軸について算出される回転角の差が最小となる回転極と回転角を採用した(図142).最小回転角差は0.1°程度である.

図142.発震機構回転極と主応力軸方位との関係.  下半球方位として与えられているP軸を親指,T軸を人差し指,N軸を中指とすると,基準の本震(Main Shock)は左手系Lであるが,2011年3月9日21時3分M4.8の第10前震(ForeShock)は右手系Rであるので,左手系に変換するためにP軸について上半球方位を用いて,発震機構回転極を算出する.基準の主応力軸をEuler回転極(201+25)の小円に沿って同じ角度(48.6°)回転させると第10前震の主応力軸と一致する.P軸の回転は上半球に入ると左方へ回転し,座標頂(Top)が島弧側(inner)に回転するので,回転角符号は正と判定できる(左図).  2011年3月15日7時32分M4.6の第11余震も右手系Rであり,N軸に上半球方位を使用して手系を合致させる.基準(本震)の主応力軸をEuler回転極(2+1)の回りに47.0°回転すると余震の主応力軸と一致する.N軸の回転は上半球に入ると右方へ回転し,座標頂が海溝側(outer)に回転するので,回転角符号を負と判定できる(右図).  黒塗り潰し:下半球,白抜き:上半球,二重:基準(本震) △:圧縮主応力P軸,○:引張主応力T軸,□:中間主応力N軸.×:発震機構オイラー回転極方位(下半球).大円:海溝軸に直交する小円方位.等角投影.

図142.発震機構回転極と主応力軸方位との関係.
 下半球方位として与えられているP軸を親指,T軸を人差し指,N軸を中指とすると,基準の本震(Main Shock)は左手系Lであるが,2011年3月9日21時3分M4.8の第10前震(ForeShock)は右手系Rであるので,左手系に変換するためにP軸について上半球方位を用いて,発震機構回転極を算出する.基準の主応力軸をEuler回転極(201+25)の小円に沿って同じ角度(48.6°)回転させると第10前震の主応力軸と一致する.P軸の回転は上半球に入ると左方へ回転し,座標頂(Top)が島弧側(inner)に回転するので,回転角符号は正と判定できる(左図).
 2011年3月15日7時32分M4.6の第11余震も右手系Rであり,N軸に上半球方位を使用して手系を合致させる.基準(本震)の主応力軸をEuler回転極(2+1)の回りに47.0°回転すると余震の主応力軸と一致する.N軸の回転は上半球に入ると右方へ回転し,座標頂が海溝側(outer)に回転するので,回転角符号を負と判定できる(右図).
 黒塗り潰し:下半球,白抜き:上半球,二重:基準(本震)
△:圧縮主応力P軸,○:引張主応力T軸,□:中間主応力N軸.×:発震機構オイラー回転極方位(下半球).大円:海溝軸に直交する小円方位.等角投影.

 算出された回転極の方位が,海溝軸方位に直交する線よりも南側を向けば,発震機構座標の上方軸(座標頂)が島弧側へ回転し,北側を向けば海溝側へ回転したことになる.島弧側への回転を「正」,海溝側への回転を「負」と,符号を付けて発震機構回転角に回転極性も表現できるように定義する.地震の位置する小円区の小円方位は海溝軸方位に直交する方位であるので,回転極性判定に小円方位を使用する.

2.東日本大震災本震域地震の本震基準の発震機構回転角

 本震の発震機構を基準に,本震域で2011年に起こった地震の発震機構回転角を算出した.本震が基準なので本震の発震機構回転角は0となるが,2月16日から開始して本震直前まで続いた18個の前震は全て正回転角であるのに対し,本震後の35個の余震は負回転角であることが判明した(図143).発震機構回転角符号が本震を境に前震と余震で急変することは,それまで蓄積されてきた歪が本震によって解放されたことに対応する.

図143.東日本大震災本震を基準にした前震と余震の発震機構回転角.  本震(Main Shock)を基準にした発震機構回転は,2月16日から開始した前震18個が全て島弧側(Inner:正)への回転であるのに,3月11日の本震以後の余震35個は海溝側(Outer:負)への回転へと逆転している.3月9日の最大前震(max ForeShock )以後も本震まで正であり,余震と区別できる.  横軸:2011年2月1日からの日数.縦軸(上):発震機構回転角(座標頂が島弧側(Inner)への回転が正;海溝側(Outer)への回転が負),縦軸(下):マグニチュード.

図143.東日本大震災本震を基準にした前震と余震の発震機構回転角.
 本震(Main Shock)を基準にした発震機構回転は,2月16日から開始した前震18個が全て島弧側(Inner:正)への回転であるのに,3月11日の本震以後の余震35個は海溝側(Outer:負)への回転へと逆転している.3月9日の最大前震(max ForeShock
)以後も本震まで正であり,余震と区別できる.
 横軸:2011年2月1日からの日数.縦軸(上):発震機構回転角(座標頂が島弧側(Inner)への回転が正;海溝側(Outer)への回転が負),縦軸(下):マグニチュード.

3.前震であった2011年3月9日の地震M7.3

 3月9日の最大前震M7.3の本震誤認が防災対策に深刻な影響を与えたが,発震機構回転角の符号に基づけば,前震と判定でき,本震が近付いていると予報可能であった.最大前震が前震であることは,翌3月10日の地震の発震機構回転角絶対値がそれまでの前震と同様に25°以内に収まっていることから,本ホームページでは前震と判定してきたが(速報29),符号付き発震機構回転角を用いれば容易に判別できることが明らかになった.ちなみに,最大前震の発震機構回転角は+3.9°と本震の発震機構と殆ど同じであり,余震の発震機構回転角の絶対値は25°以上である.

4.発震機構回転角と地震予報

 東日本大震災本震を基準に本震域で起こった地震について算出した発震機構回転符号によって本震前の前震と本震後の余震が区別できることが明らかになった.
 気象庁は発震機構解(速報値)を地震発生の1日以内に公表している.この発震機構解の発震機構回転角を算出すれば,震源域で進行している応力場変動を監視でき,地震予報に役立つであろう.特に本震前の前震と本震後の余震の判定は,防災上最も重要な「これから本震が起こる」のか,「本震が起こったので地震活動は終息に向かう」のかに直結し,地震予報における最も重要な課題である.
 本ホームページでは地震予報に役立てるため,今後日本列島域で起こる地震について定常的に発震機構回転角を解析する.
 

注1]発震機構手系の変換

気象庁公表の発震機構解は,下半球の主応力方位である.しかし,主応力方位は逆方位の上半球の主応力方位と対になっている.下半球の主応力軸方位について親指をP軸・人差し指をT軸・中指をN軸とすれば,「手系」が右か左かを判定できる.発震機構回転角を算出する場合には,基準の発震機構の手系と比較する発震機構の手系を一致させる必要がある.手系の変換は,一つの主応力軸方位について逆方位の上半球軸方位を用いることによって達成できる.

注2]回転角符号の高角不定

 発震機構回転角が90°になると,島弧側回転(正)でも海溝側回転(負)でも同じ発震機構になる.従って,±80°を越す回転角の場合には符号決定が困難になる.今回の解析結果で余震は海溝側回転(負)と述べたが,厳密には,余震4の+89.7°と余震6の+83.9°の2個の余震が正符号を持つ.しかし,その前後の±80°以内の回転角を持つ余震で符号が負なので,負回転と判定し,-90.3°と-96.1°とした.本震判定に重要な役割を担った最大前震から本震までの前震の最大回転角は,80°以内の+74.3で符号決定に問題はない.

注3]オイラー回転極算出法(新妻,2010a)

基準と比較する地震の対応する二つの主応力軸,例えばP軸とT軸,P0・T0とP1・T1の方位と傾斜が与えられれば,オイラー極の位置を算出できる(図142).ここではxyz三次元空間のデカルト座標を用いて算出する.球の中心を原点とし,原点と傾斜0°方位0°を通る軸をx軸,傾斜0°方位90°を通る軸をy軸,下方への軸をz軸とし,球の半径を1とすると,傾斜φP・方位λPの主応力軸Pが球面と交わる点を三次元デカルト(Cartesian)座標でP(xP,yP,zP)とすると,

       xP = cosλP cosφP
       yP = sinλP cosφP       4_1
       zP = sinφP

と算出できる.ここに算出されたxP・yP・zPをPの方向余弦とも呼ぶ.
P0とP1が重なり合うように回転できる回転の中心点がオイラー極(Euler Pole)である.従って,P0とP1はオイラー極から等距離になければならず,オイラー極はP0とP1から等距離にある.P0とP1から等距離の点は三次元空間では,P0とP1を結ぶ直線の垂直二等分面上にあり,T0とT1についてもT0とT1を結ぶ直線の垂直二等分面上にある.P軸とT軸について等距離の条件を共に満たすのは垂直二等分面の交線であり,オイラー回転の軸になる.
P0(xP0,yP0,zP0)、P1(xP1,yP1,zP1)とすると,直線P0P1の方向に直交し、球の中心を通る垂直二等分面は,ヘッセ(Hess)の標準形で

    (xP1 – x P0)x+(yP1 – y P0)y+(zP1 – z P0)z= 0       4_2

と書ける.直線T0T1の方向に直交し、球の中心を通る垂直二等分面の式

    (xT1 – xT0)x+(yT1 – y T0)y+(zT1 – z T0)z= 0       4_3

に代入し,変数tを用いて球の中心を通るx・y・zについての交線の式,

                |yP1 – y P0  yT1 – y T0|
      x = t |                                  | = t ((yP1 – y P0 )(zT1 – z T0) – (yT1 – y T0)(zP1 – z P0))
                |zP1 – z P0  zT1 – z T0|

                |zP1 – z P0  zT1 – z T0|
      y = t |                                  | = t ((zP1 – z P0)(xT1 – x T0) – (zT1 – z T0)( xP1 – x P0))       4_4
                |xP1 – x P0  xT1 – x T0|

                |xP1 – x P0  xT1 – x T0|
      z = t |                                  | = t ((xP1 – x P0)(yT1 – y T0) – (xT1 – x T0)(yP1 – y P0))
                |yP1 – y P0  yT1 – y T0|

を導ける.これらの式の比を取れば変数tは相殺されるので,x/zおよびy/zが算出される.
交線と半径=1の球面との交点については,

      x2+y2,+z2=1      4_5

が成り立つ.z≠0として式4_5の両辺をz2で除せば,

      x2/z2 + y2/z2 + 1 = 1/z2       4_6

と書き換えられ,さらに

      z= ±1/√[(x/z)2 + (y/z)2 + 1]      4_7

が得られる.式4_4から算出されるx/zおよびy/zを式4_7に代入するとzが算出され,x・yも算出できる.交線は球面と2点で交わるが,正負のzがこの2点に対応する.
 これらの算出座標がオイラー極の三次元座標E(xE,yE,zE)になる.オイラー極の傾斜φE・方位λEは,

      φE = sin-1 ( zE )       4_8
      λE = tan-1 (yE /xE )

によって算出できる.xEが負の場合には算出されるλEに180°を加算する.
 算出されたオイラー極の回りをP0およびT0がP1とT1に回転する方向が球の外側から見て左回り(反時計回り)になる点が,算出するオイラー極である.

補注4] 主応力方位テンソルによるオイラー回転極算出法(2015年6月19日追加)

 注3]では2組の主応力方位を用いて球面幾何学に基づきオイラー回転を算出し,使用する主応力の組み合わせを変えて算出した各主応力軸のオイラー回転角差が小さなオイラー極を選択して使用していた.しかし,主応力方位テンソルを用いれば3つの主応力軸方位からオイラー回転を算出できるので,算出法を示す.
 テンソルD0に回転Rを加えてD1に変化した場合,テンソル演算では,
      D1 = RD0
と記述される.D0が基準主応力方位テンソルでD1が比較主応力方位テンソルになり,Rの回転テンソルからオイラー回転を算出するのが本特報の目的である.D0の行と列を入れ換えた逆テンソルをD0-1と記し,両辺に右からD0-1を乗ずると,D0 D0-1=1であるので
      D1 D0-1= R D0 D0-1= R
となり,比較テンソルD1に右から基準逆テンソルD0-1を乗ずると回転テンソルRを算出できる.
 主応力方位から基準と比較の方位テンソルD0とD1を算出できれば,回転テンソルRを算出できる.方位テンソルは主応力軸方位の方向余弦を要素とするテンソルであり,
                |xP1 xN1 xT1|
       D1 = | yP1 yN1 yT1 |
                | zP1 zN1 zT1 |
と表され,逆モーメントテンソルは行と列を入れ換えて,
                |xP0 yP0 zP0 |
       D0-1= | xN0 yN0 zN0 |
                 | xT0 yT0 zT0 |
と表される.従って,
                              |xP1 xN1 xT1| |xP0 yP0 zP0 |
      R = D1 D0-1 =| yP1 yN1 yT1 | | xN0 yN0 zN0 |
                             |zP1 zN1 zT1 | | xT0 yT0 zT0 |

          | xP1 xP0+ xN1 xN0+ xT1 xT0   xP1 yP0+ xN1 yN0+ xT1 yT0   xP1 zP0+ xN1 zN0+ xT1 zT0 |
       = | yP1 xP0+ yN1 xN0+ yT1 xT0   yP1 yP0+ yN1 yN0+ yT1 yT0   yP1 zP0+ yN1 zN0+ yT1 zT0 |
          | zP1 xP0+ zN1 xN0+ zT1 xT0   zP1 yP0+ zN1 yN0+ zT1 yT0   zP1 zP0+ zN1 zN0+ zT1 zT0 |

 回転テンソルRとオイラー回転の関係はx,y,z軸の周りの回転の重ね合わせによって得られる(新妻,2010b).求められた3行3列の回転テンソルRのi行j列の要素をrijすると,オイラー回転角αは,
       r11 + r22 + r33 = 1 + 2 cosα
の関係から算出できる.オイラー極の方向余弦xE,yE,zEは,
       xE = ( r32 – r23 ) / (2 sinα)
       yE = ( r13 – r31 ) / (2 sinα)
       zE = ( r21 – r12 ) / (2 sinα)
によって算出できる.

引用文検

新妻信明(2010a)オイラーの定理.「プレートダイナミクス入門」,第2章,共立出版,31-41.
新妻信明(2010b)プレート運動と回転テンソル.「プレートダイナミクス入門」,付録II,共立出版,109-120.

特報3)深発地震面解析と深発地震の変遷

2013年12月25日 発行

1.海溝軸に沿う同心円状屈曲による太平洋プレートの沈み込み

 太平洋プレートは,海溝に沿って同心円状屈曲して沈み込み,スラブになる.同心円状屈曲では海溝の輪郭の影響を受け,海溝軸が太平洋側に凸の最上小円区ではスラブが不足して正断層型地震が優勢であるのに対し,日本列島側に凸の襟裳小円区と鹿島小円区ではスラブが過剰で逆断層型地震が優勢である(速報13).

2.同心円状屈曲スラブの平面化

  海溝に沿って同心円状に屈曲して沈み込むスラブは,東北日本の太平洋沿岸部付近で過不足を補い合って平面化して深発地震面となり,その先端はウラジオストックにまで達している.
 上部マントル内で深発地震が起こるのは,震源域が脆性破壊を起こせるほど低温であるからである.海溝に沿って同心円状屈曲して沈み込む太平洋スラブに続いて深発地震面が存在することから,深発地震面は海底で冷却された太平洋プレートが上部マントル内に沈み込む様子を示していると考えられている.
 深発地震がどの様な平面に沿って分布しているのか,千島海溝や伊豆海溝に沿う深発地震面とどのような関係にあるかは,スラブの力学的性質を解明するための重要な鍵を握っており,深発地震面を定量的に解析する必要がある.

3.スラブ平面の定量的解析法

図110.算出平面のヘッセの標準形と原点から算出平面に降ろした垂線. 赤線:算出平面 綠太線:原点から算出平面に降ろした垂線.原点から平面までの最短経路が垂線でその距離がD. 綠細線:垂線のx・y・z成分.これらをDで除した値がA・B・Cになる.

図110.算出平面のヘッセの標準形と原点から算出平面に降ろした垂線.赤線:算出平面.綠太線:原点から算出平面に降ろした垂線.原点から平面までの最短経路が垂線でその距離がD.綠細線:垂線のx・y・z成分.これらをDで除した値がA・B・Cになる.

 解析には地球中心を原点とする直交座標系(x,y,z)を用いる.赤道面上の東経0°方向をx座標,東経90°方向をy座標,北極方向をz座標とし,震源位置を北緯φ°,東経λ°,深度d kmとし,地球の半径をRで表すと,震源の座標は,

    x = (R-d) cosφcosλ
    y = (R-d) cosφsinλ
    z = (R-d) sinφ

と算出できる.地球一周が40000 kmであるので,地球の半径R = 20000/πとなる.
 この三次元座標系における平面の方程式は,ヘッセの標準形で

    Ax + By + Cz = D

と表される.この平面に原点から降ろした垂線の長さがD,垂線のx・y・z成分をDで除した値がA・B・Cになる(図110).
 全ての震源に最も適合する最適平面を算出するため,三次元座標上の点として表される全ての震源から降ろす垂線の長さの総計が最小になる平面を算出するのが,最小二乗法である(具体的な計算式は注参照).

4.日本列島に沈み込むスラブ平面の算出

図111.千島海溝・日本海溝・伊豆海溝・小笠原海溝に沿うスラブ上面下の地震および深発地震について最小二乗法によって算出された平面と,平面から各震源までの距離(km)の地心断面.  平面は,1994年から2013年10月までの千島海溝・日本海溝・伊豆海溝・小笠原海溝スラブ上面下の深発地震全1397震源について最小二乗法によって算出した.算出平面は左下がりの直線で表され,その上下50kmの範囲を2本の直線で示した.平面から各震源までの距離は.算出平面より上を暖色系,下を寒色系に彩色してある.各震源を示す短線は主応力軸方位.  図の右下に震源中心位置・震源距離標準偏差・算出平面極深度・震源数・中心位置における算出平面の傾斜・傾斜方位,下行に最小二乗法で算出された平面の方程式を示す.xが赤道面上の東経0°方向座標,yが東経90°方向座標,zが北極方向の座標である.  この図は地心三次元断面であるので,地表および410km等深線,上部マントル下底660km等深線が円弧で表されている.左上の震央地図に算出平面と地表の交線および410kmの等深線を青線で示した.この青線に直交し,牡鹿半島から最上小円中心を通る青線が算出平面に直交する断面方位の算出平面傾斜方位である.

図111.千島海溝・日本海溝・伊豆海溝・小笠原海溝に沿うスラブ上面下の地震および深発地震について最小二乗法によって算出された平面と,平面から各震源までの距離(km)の地心断面.
 平面は,1994年から2013年10月までの千島海溝・日本海溝・伊豆海溝・小笠原海溝スラブ上面下の深発地震全1397震源について最小二乗法によって算出した.算出平面は左下がりの直線で表され,その上下50kmの範囲を2本の直線で示した.平面から各震源までの距離は.算出平面より上を暖色系,下を寒色系に彩色してある.各震源を示す短線は主応力軸方位.
 図の右下に震源中心位置・震源距離標準偏差・算出平面極深度・震源数・中心位置における算出平面の傾斜・傾斜方位,下行に最小二乗法で算出された平面の方程式を示す.xが赤道面上の東経0°方向座標,yが東経90°方向座標,zが北極方向の座標である.
 この図は地心三次元断面であるので,地表および410km等深線,上部マントル下底660km等深線が円弧で表されている.左上の震央地図に算出平面と地表の交線および410kmの等深線を青線で示した.この青線に直交し,牡鹿半島から最上小円中心を通る青線が算出平面に直交する断面方位の算出平面傾斜方位である.

気象庁がCMT解を公表している地震の中で,海溝に沿って同心円状屈曲して沈み込むスラブ上面以深の地震および深発地震の初動震源位置を用いて,最小二乗法によって最適平面を算出した.使用した震源は,1994年から2013年10月までの1397震源である(図111).使用した震源の位置を,平面より上の震源には暖色系,下の震源には寒色系に彩色して示した.
 日本海溝に沿う深発地震のみが算出平面より上方に位置し,千島・伊豆・小笠原海溝に沿う深発地震は算出平面から下方50km以上離れて分布しており,全ての地震が算出平面に沿って分布していない.ここに算出された平面は,日本海溝に沿うスラブに対応し,その境界は襟裳小円区および鹿島小円区内を通過している.この境界は千島火山弧と那須火山弧の接合部,および那須火山弧と伊豆火山弧の接合部に当たっている.
 使用した震源の中心位置は北緯37.74°東経142.50°深度115.5kmで,中心位置における算出平面は西北西向きの方位291.3°に29.2°傾斜している.この平面から各震源までの距離の標準偏差は120.2kmである.
 算出平面は左下がりの直線で表され,その上下50kmの範囲を2本の直線で示した.左上の震央地図に算出平面と地表の交線,および410kmの等深線を青線で示した.この青線に直交し,牡鹿半島から最上小円中心付近を通る青線が,断面方位の算出平面傾斜方位である.
 図右下に震源中心位置・算出平面傾斜・標準偏差・算出平面の最深深度・震源数,その下に最小二乗法で求められた平面の式を示した.
 この図は地心三次元断面であるので,地表および410km等深線,上部マントル下底660km等深線が円弧で表されている.

5.日本海溝スラブ平面の算出

図112.海溝距離―深度断面における襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区の海溝距離150km以上の深発地震248震源の主応力方位.

図112.海溝距離―深度断面における襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区の海溝距離150km以上の深発地震248震源の主応力方位.

 日本海溝に沿う深発地震面と,北側の千島海溝および南側の伊豆海溝に沿う深発地震面は異なっているので,これらの境界である襟裳小円区と鹿島小円区を南北に2分し,襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区に属する震源を用いて,日本海溝スラブ内地震の最適平面を算出する.これらの小円区で同心円状屈曲したスラブが平面化するのは,海溝距離150km以上なので,海溝距離150km以上の248震源を算出に使用する(図112).

図113.地心断面における襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区の海溝距離150km以上の深発地震248震源から,最小二乗法によって算出された平面と各震源までの距離.  算出平面から各震源までの距離の標準偏差は14.5kmであり,全ての震源が±50kmの範囲に収まっている.

図113.地心断面における襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区の海溝距離150km以上の深発地震248震源から,最小二乗法によって算出された平面と各震源までの距離.算出平面から各震源までの距離の標準偏差は14.5kmであり,全ての震源が±50kmの範囲に収まっている.

 震源の中心位置は北緯38.97°東経140.42°深度141.2kmであり,最小二乗法によって算出した中心位置における算出平面は,西北西向きの方位283.6°に34.7°傾斜し,算出平面から各震源までの距離の標準偏差は14.5kmで,全ての震源が±50kmの範囲に収まっている(図113).震央地図に示した算出平面からの距離に従って彩色した震源の分布には,襟裳小円南区と鹿島小円北区の中央を通る暖色帯がある.この算出平面からの震源位置の高まりは,火山弧が日本海側に最も張り出している北海道渡島半島噴火湾と,中部地方白山を通る軸に対応している.マグマの供給がスラブ上面の深度に支配されているという考えに従えば(例えば,巽,1995),この部分のスラブ上面が高まっており,スラブ内で起こる深発地震の深度も浅くなっていることになる.

6.東日本大震災後の日本海溝スラブ内地震

図114.2011年から2013年10月までに100km以深で起った日本海溝スラブ内地震. 襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区の海溝距離150km以上の深発地震248震源を用いて最小二乗法によって算出した平面に直交する地心断面.  短線の色は発震機構型.震源脇に2013年に起った地震の月/日マグニチュードを示した.

図114.2011年から2013年10月までに100km以深で起った日本海溝スラブ内地震.
襟裳小円南区・最上小円区・鹿島小円北区の海溝距離150km以上の深発地震248震源を用いて最小二乗法によって算出した平面に直交する地心断面.短線の色は発震機構型.震源脇に2013年に起った地震の月/日マグニチュードを示した.

東日本大震災後現在まで,100km以深の算出平面に沿う深発地震は18個起っている.これらの算出平面からの距離の標準偏差は21.6kmでその分布にも偏りがなく,同一平面上の地震活動であることが分る(図114).
 震源個数と地震断層面積(速報9)は,2011年に4個0.0008km2,2012年に6個0.0003km2,2013年に8個0.0058km2と漸増している.これら約3年間の総地震断層面積は0.0070km2である.活発化した2013年の地震の月日とマグにチュードも図114に示した.

7.東日本大震災前の日本海溝スラブ内地震

図115.1994年から2010年までに起こった100km以深の日本海溝スラブ内地震の算出平面に対する位置と主応力方位の地心断面.  M6.5以上の地震について年/月/日マグニチュードを示した.

図115.1994年から2010年までに起こった100km以深の日本海溝スラブ内地震の算出平面に対する位置と主応力方位の地心断面. M6.5以上の地震について年/月/日マグニチュードを示した.

1994年から震災前の2010年までの16年間で,深度100km以上の算出平面に沿う深発地震は49個ある.これらは算出平面の全域に渡って分布しているが,深度150km・400km・600km付近で地震数が多く,M6.5 以上の地震も起っている(図115).深度400km付近の地震には,算出平面より上方に50km以上離れた震源もある.

図116.1994年から現在まで日本海溝スラブの100km以深で起こった地震断層面積の変遷.  縦軸は地震断層面積で,単位はkm2.1999年と2002年のピークは上部マントル下底付近で起ったM7.1とM7.0の地震による.2007年と2008年のピークは深度375kmM6.7の地震と108kmM6.8の地震(図115)に対応している.

図116.1994年から現在まで日本海溝スラブの100km以深で起こった地震断層面積の変遷.
 縦軸は地震断層面積で,単位はkm2.1999年と2002年のピークは上部マントル下底付近で起ったM7.1とM7.0の地震による.2007年と2008年のピークは深度375kmM6.7の地震と108kmM6.8の地震(図115)に対応している.

 総地震断層面積は0.1690km2で,プレート相対運動に対する面積比は0.045である.震災後の面積比は0.011と4分の1にすぎず,震災後の静穏化は明瞭である(図116).

8.2013年10月の日本海溝スラブ全域地震

図117.算出平面に対する2013年10月の日本海溝スラブ内地震,および海溝外地震の位置と主応力方位.  地震の月/日マグニチュードを示した.

図117.算出平面に対する2013年10月の日本海溝スラブ内地震,および海溝外地震の位置と主応力方位.地震の月/日マグニチュードを示した.

 2013年10月には,海溝外からスラブ下端にわたる日本海溝スラブ全域で地震が起ったことが特筆される(速報47).これらの震源を日本海溝スラブ平面に対して表示すると,10月12日の屈曲スラブ平面化地震と10月30日のスラブ下端地震は,算出平面上に良く載っている(図117).

注:最小二乗法の具体的計算法

 最小二乗法で最適解が得られるのは,平面の傾斜に関係する方向余弦A・B・Cであるので,C=1と規格化して書き換え,

βx + γy + z = 0

の係数βとγを最小二乗法で算出する.算出に用いる震源の数をnとし,Σを全震源についての総和とすると

       (Σzx-(ΣzΣx) /n)(Σy2-(Σy)2/n)-(Σyz-(ΣyΣz)/n)(Σxy -(ΣxΣy)/n)

β= ——————————————————————————-

           (Σx2-(Σx)2/n)(Σy2-(Σy)2/n)-(Σxy-(ΣxΣy)/n)2

      (Σyz-(ΣyΣz)/n)(Σx2-(Σx)2/n)-(Σzx-(ΣzΣx)/n)(Σxy-(ΣxΣy)/n)

γ= —————————————————————————–

           (Σx2-(Σx)2/n)(Σy2-(Σy)2/n)-(Σxy-(ΣxΣy)/n)2

と算出でき,方向余弦の平方自乗和は1であるので,

         1

C = √( —————— )

             β2 +γ2 + 1

A = – Cβ

B = – Cγ

平面は全震源の平均位置を通過することから,平面の原点からの距離Dは

D = ( AΣx + BΣy + CΣz)/n

と算出できる.

引用文献

巽 好幸(1995)沈み込み帯のマグマ学,東京大学出版会,186p.

特報2)「アスペリティモデル」から「断続沈み込みモデル」へ

2013年7月4日 発行

図100 アスペティモデル(松澤,2011).

図100 アスペティモデル(松澤,2011).

 地震とは,地下岩石の弾性変形よって蓄積した歪が間欠的に解放される現象と理解されている.
 海洋プレートが海溝に沿って島弧側プレートの下に沈み込み,沈み込み面の固着によってプレート相対運動による歪が蓄積し,間欠的に解放される地震が「海溝型地震」である.
 約10年間の宇宙測距によって実測された安定大陸間のプレート相対運動速度が,過去300万年間の相対運動から算出される速度と合致することから,プレート運動速度が極めて一定に保たれていることが明らかになった.このような背景のもとに,日本列島のような変動帯においてもプレート相対運動速度が一定に保たれていると考え,更に海洋プレートの沈み込み速度も一定で,プレート境界面上に固着による歪蓄積と地震による歪解放を繰り返す「アスペリティ」と名付けられた部分が局在している,と仮定するのが「アスペリティモデル」である(図100).
 「アスペリティモデル」では海洋プレートは常に等速運動し,固着しているアスペリティの島弧側にのみ歪が蓄積すると仮定している.すなわち,海洋プレートは常に海溝に沿って屈曲して沈み込んでいると仮定している.しかし,海溝における海洋プレート屈曲沈み込みを直接示す証拠はなかった.
 東日本大震災後に起った多数の地震について,「非双偶力成分」を考慮した発震機構を解析した結果,海洋プレートの屈曲沈み込みに伴って起る地震を初めて認定することができた(特報1).

図101 東日本大震災震源における北米プレートと太平洋プレートの相対運動方向の大円と周縁隆起帯.全球図は正射図法.  東日本大震災で解放された50mの歪が日本列島側に弾性歪として蓄積されていたとすると,日本海中央の大和堆からウラル山脈までの幅が必要であるが,太平洋プレート側には数千km離れたハワイ島まで一様な深海平坦面が続いている.x印:東日本大震災震央.+印:東日本大震災震源から500kmと5000kmの地点.青線:周縁隆起帯.橙色線:海洋プレートの沈み込みスラブを表す深発地震面100km等深線.赤色線:海岸線・プレート境界.

図101 東日本大震災震源における北米プレートと太平洋プレートの相対運動方向の大円と周縁隆起帯.全球図は正射図法.
 東日本大震災で解放された50mの歪が日本列島側に弾性歪として蓄積されていたとすると,日本海中央の大和堆からウラル山脈までの幅が必要であるが,太平洋プレート側には数千km離れたハワイ島まで一様な深海平坦面が続いている.x印:東日本大震災震央.+印:東日本大震災震源から500kmと5000kmの地点.青線:周縁隆起帯.橙色線:海洋プレートの沈み込みスラブを表す深発地震面100km等深線.赤色線:海岸線・プレート境界.

 この屈曲沈み込み過程の進行を示す地震によって,東日本大震災後に太平洋プレートが日本海溝に沿って沈み込んでいることが確認された.しかし,東日本大震災前は屈曲沈み込み過程の進行を示す地震が起っておらず,太平洋プレートは沈み込んでいなかったことが判明した.これまで屈曲沈み込みを示す証拠がなかったのは,沈み込んでいなかったからである.
 この事実は,太平洋プレートが日本海溝に沿って常に等速で沈み込んでいることを仮定する「アスペリティモデル」を否定するものである.
 東日本大震災の本震の強震計記録の解析では,プレート境界で約50m変位したとされている(鈴木ほか,2012;速報28).50mの変位を弾性歪として蓄積するためには,その1万倍から10万倍の幅が必要である.それより狭い幅では,この歪を蓄積する前に破壊してしまう.
 50mの歪が日本列島側に蓄積していたとすると,日本海溝から500kmの日本海中央の大和堆までの幅が必要であり,5000kmとするとウラル山脈までの幅が必要になるが,その間に大きな構造線や海陸境界が多数あり,これらを跨いで均質に弾性歪を蓄積できるとは考えられない(図101).

図102 東日本大震災前震・本震の主応力軸方位.  東日本大震災の前震が2011年2月16日から3月10日まで続いたが,その震源深度が7kmから43kmとプレート境界を跨いでおり,発震機構の主応力軸方位に差がない.Main:プレート境界面上の本震.

図102 東日本大震災前震・本震の主応力軸方位.
 東日本大震災の前震が2011年2月16日から3月10日まで続いたが,その震源深度が7kmから43kmとプレート境界を跨いでおり,発震機構の主応力軸方位に差がない.Main:プレート境界面上の本震.

 一方,日本海溝の外側には周縁隆起帯と呼ばれる広大な高まりが存在している.この周縁隆起帯は正の重力異常を伴っており,日本海溝に沿って沈み込む太平洋プレートに蓄積した歪がアイソスタシィに逆らって海底面を隆起させていると考えられている.太平洋側には周縁隆起帯を含み,ハワイ諸島まで数千km続く一様な深海平坦面があり,充分歪を蓄積できる(図101).
 東日本大震災によって解放された歪は,狭い日本列島側に蓄積するには大き過ぎ,「アスペリティモデル」で仮定された日本列島側のアスペリティへの歪蓄積も否定される.
 2011年3月11日の東日本大震災は,これまで停止していた太平洋プレートが沈み込みを開始し,太平洋プレート側の周縁隆起帯に蓄積されていた歪が解放されたと説明できる.これを「断続沈み込みモデル」と呼ぶことにする.東日本大震災の前震が2011年2月16日から3月10日まで続いたが,その震源深度が7kmから43kmとプレート境界を跨いでおり,発震機構の主応力軸方位に差がないことから,両プレートの固着状態下で起っていたことが分かる(速報4;速報28;図102).前震は,太平洋プレートの沈み込みを阻止していた固着部の破壊過程と説明できる.
 今後予想される南海トラフにおける巨大地震について個別のアスペリティの連動が心配されているが,海洋プレートの沈み込みが断続的に進行するとの観点に立つと,沈み込み開始の兆候を捉えることによって地震予報の可能性も出てくる.島弧側の幅が狭く巨大地震の歪を蓄積できないはずの八重山で起った1771年の巨大津波も,沈み込むフィリピン海プレート側の歪蓄積による「断続沈み込みモデル」で説明できる.

引用文献

松澤 暢(2011) なぜ東北日本沈み込み帯でM9の地震が発生しえたのか?―われわれはどこで間違えたのか?―.科学,81,1020-1026.
鈴木亘・青井真・関口春子・功刀卓(2012)2011年東北地方太平洋沖地震の震源破壊過程.防災科技研主要災害調査,48,53-62.

特報1)太平洋プレートは東日本大震災前に沈み込んでいなかった

2013年6月1日 発行

1.太平洋プレートの沈み込みについての認識

海洋調査に基づき提唱された「海洋底拡大説」(Hess,1962;Dietz,1961)は,海洋底の拡大が地球表層のテクトニクスに重要な役割を担っていることを指摘し,陸域に生活する人間の自然観であった地向斜造山論に大きな衝撃を与えた.海洋調査と古地磁気学の発展によって,地球磁場が周期的に逆転を繰り返してきたことが明らかになり(Matuyama,1929;Cox, et al.,1963;Opdyke et al., 1966),海洋地磁気異常の成因に地球磁場逆転が結び付けられるようになった(Vine & Mathews,1963).そして,全海洋について海洋地磁気異常が測定され,その拡大年代が予測できるようになったのである.Wilson(1965)は,海溝軸に対称に分布する地磁気異常を大規模にずらすトランスフォーム断層を海洋底拡大説に基づいて説明し,初めて「プレートテクトニクス」という用語を使用した.これまでの地球観を根本的に覆すプレートテクトニクスは,トランスフォーム断層で起こる地震の発震機構の観測(Isacks et al., 1968)や,1968年末から始まった深海掘削船Glomar Challenger号による南大西洋底の掘削(Maxwell et al., 1970)によって証明された.

図95. 東日本大震災後の日本海溝域の地震の主応力軸方位. 日本海溝軸が太平洋側に突き出している最上小円区の中心を通る軸に対称に分布している. 主応力軸の色は発震機構型分類(図97)による.正断層型地震は引張主応力軸,逆断層型地震は圧縮主応力軸方位.主応力方位軸の長さは地震のマグニチュードMに比例する.

図95. 東日本大震災後の日本海溝域の地震の主応力軸方位.
日本海溝軸が太平洋側に突き出している最上小円区の中心を通る軸に対称に分布している.
主応力軸の色は発震機構型分類(図97)による.正断層型地震は引張主応力軸,逆断層型地震は圧縮主応力軸方位.主応力方位軸の長さは地震のマグニチュードMに比例する.

1980年代には超長基線干渉計VLBIによって大陸間の距離変化をmm精度で測定することが可能になり,変動帯を除けば,海洋底拡大説によって算出される過去3百万年間の平均距離変化が年間0.1mmの精度で一致していることが明らかになった(日置,1997).日本列島域では,これまでの地震計で捉えることが困難であった低周波地震やスロースリップイベントが報告され,これらが定常的に沈み込む海洋プレート運動を表しているものと考えられるようになった.地震は、定常的に沈み込むプレートと島弧側のプレート境界に存在するアスペリティと呼ばれる固着域が,間欠的に外れる現象として理解されるようになったのである.

太平洋プレートが日本列島の下に沈み込みを開始する日本海溝は,水深1万m近い深海であり,世界最高性能を有する有人潜航艇「しんかい6500」や深海掘削船「ちきゅう」をもってしても直接探査を行うことができない.太平洋プレートがどのように沈み込んでいるかを直接知ることができないのが現状である.この太平洋プレート境界で東日本大震災が起ったが,「アスペリティ地震学」は為す術がなかった(松澤,2011).

2.東日本大震災後の地震活動と日本海溝輪郭

図96.海溝軸の輪郭による沈み込みスラブの過不足. a:「く」の字型の輪郭から海洋プレートが沈み込むとテーブルクロスが襞をつくるようにスラブ過剰になり,襟裳小円域・鹿島小円域に対応する.b:逆「く」の字型の輪郭から沈み込むには,スラブが裂けるか,スラブ過剰域から側方移動しなければ沈み込めない.最上小円域に対応する.

図96.海溝軸の輪郭による沈み込みスラブの過不足.
a:「く」の字型の輪郭から海洋プレートが沈み込むとテーブルクロスが襞をつくるようにスラブ過剰になり,襟裳小円域・鹿島小円域に対応する.b:逆「く」の字型の輪郭から沈み込むには,スラブが裂けるか,スラブ過剰域から側方移動しなければ沈み込めない.最上小円域に対応する.

東日本大震災後2013年3月までの約2年間に,日本海溝沿いで活発な地震活動が起こり,1200個以上の地震の発震機構が気象庁から公表されている.1994年9月から東日本大震災前までの16年半の間の地震個数が464個に過ぎないことから,この2年間に43年分の地震が起ったことになる.

東日本大震災後に起った地震を発震機構型に分類すると,その分布は,日本海溝軸の輪郭に適合する小円区分に対応していることが明らかになった(図95).すなわち,海溝軸が太平洋側に突出する宮城県沖(最上小円区)では正断層型(紫色・黒色・紺色),海溝軸が日本列島側に突出する青森県沖(襟裳小円区)と茨城県沖(鹿島小円区)では逆断層型(赤色・ピンク色・黄色)が多く,最上小円区の中央を通る軸にほぼ対称に分布している(図95).

この発震機構の対称分布は,日本海溝に沿って沈み込む太平洋プレートが,日本列島側に突出すると,テーブルクロスが襞を作るように過剰になり(図96-a),逆に太平洋側に突出すると不足する(図96-b)ことによって説明できる.

3.非双偶力成分による発震機構型の区分

気象庁が公表しているCMT発震機構解には,非DC(double couple; 双偶力)成分比が掲載されている.破壊強度を上回る応力が地下の岩石に懸かると,断層面が形成される.地震波はこの断層面に沿って変位する際に発する震動である.

図98. 東日本大震災前後の地震の発震機構と太平洋プレートの沈み込み. 上A:東日本大震災後,太平洋プレートが日本海溝に沿って沈み込む際の屈曲に対応した地震が起っている.上B:屈曲したスラブが深発地震面になるための平面化に対応した地震も起っている.下A:東日本大震災前には太平洋プレートが沈み込む際の地震が起っていなかった.下B:屈曲スラブが平面化する地震は東日本大震災前にも起っていた.下C:スラブ中層では深発地震面を載せる長大なスラブに引張られ,東日本大震災前には正断層型地震が起っていたが,東日本大震災後(上C)には起っていない.

図98. 東日本大震災前後の地震の発震機構と太平洋プレートの沈み込み.
上A:東日本大震災後,太平洋プレートが日本海溝に沿って沈み込む際の屈曲に対応した地震が起っている.上B:屈曲したスラブが深発地震面になるための平面化に対応した地震も起っている.下A:東日本大震災前には太平洋プレートが沈み込む際の地震が起っていなかった.下B:屈曲スラブが平面化する地震は東日本大震災前にも起っていた.下C:スラブ中層では深発地震面を載せる長大なスラブに引張られ,東日本大震災前には正断層型地震が起っていたが,東日本大震災後(上C)には起っていない.

図97.クリックすると拡大します.

図97.非双偶力成分比を考慮した発震機構型分類
黒色矢印:引張主応力,赤色矢印:圧縮主応力,綠色線:中間主応力軸方位.

岩石が断層面に沿って変位すると,双偶力の地震波が放出されることが知られている.双偶力の場合には岩石に働く引張主応力と圧縮主応力の大きさが等しい.しかし,実際の地震波観測によると,求められたモーメントテンソル(MT;moment tensor)から算出される引張主応力と圧縮主応力の大きさは等しくない.この等しくない程度が非双偶力成分比として公表されている.

非双偶力成分比を考慮すると,正断層型(黒色:t)の発震機構は引張力が過剰で引裂くように形成される引裂正断層型(紺色:T)と,圧縮力が過剰で押広げられるように形成される押広正断層型(紫色:-t)とに区分することができる.逆断層型(赤色:p)も圧縮力が過剰で衝突するように形成される衝突逆断層型(ピンク色:P)と,引張力が過剰で引剥される際に形成されるような引剥逆断層型(黄色:+p)に区分できる(図97).

4.東日本大震災後の太平洋プレートの沈み込み

このような分類に基づき,発震機構分布の対称軸に沿う断面について東日本大震災後の発震機構を検討すると,太平洋プレートが沈み込む日本海溝軸(図98上の0km)付近に正断層型の地震が多数起っていることが分かる.

図100.平面化に伴う屈曲スラブの伸張・収縮と発震機構型. 綠色:平面化前の屈曲スラブ.黄色矢印:屈曲スラブを平面に引剥す深部スラブによる張力.青色:伸張層(深層),赤色:収縮層(浅層).平面化では平面化位置の表層(赤色)で+p,P型地震が起る.黒矢印:引張主応力軸,赤矢印:圧縮主応力軸.発震機構型は図97による.

図100.平面化に伴う屈曲スラブの伸張・収縮と発震機構型.
綠色:平面化前の屈曲スラブ.黄色矢印:屈曲スラブを平面に引剥す深部スラブによる張力.青色:伸張層(深層),赤色:収縮層(浅層).平面化では平面化位置の表層(赤色)で+p,P型地震が起る.黒矢印:引張主応力軸,赤矢印:圧縮主応力軸.発震機構型は図97による.

図99.沈み込み屈曲に伴う海洋プレートの伸張・収縮と発震機構型. 綠色:屈曲前の海洋プレート.ピンク色矢印:海洋プレートを沈み込ませる島弧との衝突による押力.青色:伸張層(浅層),赤色:収縮層(深層).海洋プレートが屈曲したまま沈み込むと,円形を描き海溝の位置まで戻ってしまう.屈曲位置の深層(赤色)で-t型地震、浅層(青色)でnt,T型地震が起こる.黒矢印:引張主応力軸,赤矢印:圧縮主応力軸.発震機構型は図97による.

図99.沈み込み屈曲に伴う海洋プレートの伸張・収縮と発震機構型.
綠色:屈曲前の海洋プレート.ピンク色矢印:海洋プレートを沈み込ませる島弧との衝突による押力.青色:伸張層(浅層),赤色:収縮層(深層).海洋プレートが屈曲したまま沈み込むと,円形を描き海溝の位置まで戻ってしまう.屈曲位置の深層(赤色)で-t型地震、浅層(青色)でnt,T型地震が起こる.黒矢印:引張主応力軸,赤矢印:圧縮主応力軸.発震機構型は図97による.

太平洋プレートが日本海溝に沿って沈み込むには,下方に屈曲しなければならない.プレートが屈曲すると,浅層が伸張し,深層が収縮して圧縮される(図99).東日本大震災後,日本海溝付近の正断層型の地震は,深層で圧縮過剰な押広正断層型(紫:-t),浅層で引張過剰型の引裂正断層型(紺色:T)が多いことは,深層から浅層に向かって圧縮力が減少する太平洋プレートの屈曲に対応している(図98上のA).
また,海溝軸を越えて日本列島側に沈み込むと,横ずれ断層型の地震(空色:nt)が起っている.深層から浅層に向かって減少する圧縮力が,スラブ不足のこの断面域へ南北域から懸かる過剰スラブ圧縮力と等しくなると,圧縮主応力軸と中間主応力軸が入れ替わり,正断層型から横ずれ断層型に変換することと対応している.これらの発震機構型の分布は,太平洋プレートの屈曲沈み込み過程が進行していることを直接示す証拠である(図98上のA).

5.東日本大震災後の屈曲スラブの平面化

屈曲して沈み込んだスラブは,深発地震面となりウラジオストックまで沈み込んでいることから,深発地震面になる前に平面化しているはずである.もし、屈曲したスラブが平面化せずに半周沈み込めば、海溝の下に戻ってしまう(図99).平面化するには,下向きに屈曲したスラブを上方に引剥すとともに,伸張した浅層を収縮しなければならない(図100).屈曲して沈み込んだスラブが日本列島の海岸付近に到達した所で,引剥逆断層型(黄色:+p)と衝突逆断層型(ピンク色:P)の地震が起っている.これらの地震は,屈曲スラブの上方への引剥と伸張した表層の収縮に対応しており,屈曲したスラブの平面化過程が進行していることを直接示す証拠である(図98上のB).

6.東日本大震災前の太平洋プレート沈み込みと屈曲スラブの平面化

次に,東日本大震災前の地震の発震機構を検討すると,海溝付近には太平洋プレートの沈み込み屈曲に対応する地震が起っていない(図98下のA).しかし,屈曲スラブの平面化に対応する地震は起っている(図98下のB).これらのことから,東日本大震災前に太平洋プレートは沈み込んでいなかったが,屈曲したスラブの平面化は起っていたと言うことができる.また,スラブ中層では正断層型(紺色・黒色)の地震が多数起っており,スラブが島弧地殻に固着していたために,深発地震面に引張られていたことを示している(図98下のC).東日本大震災後には,スラブ中層の正断層型地震が起っていないのは(図98上のC),固着が外れて太平洋プレートが沈み込みを開始したからである.

7.太平洋プレートの沈み込み

非双偶力成分比を考慮した発震機構に基づき東日本大震災後の日本海溝沿いの地震を解析した結果,これらの地震は太平洋プレートの屈曲沈み込み過程,および屈曲スラブの平面化過程の力学機構と合致していることが判明した.
東日本大震災前には,屈曲スラブの平面化過程の地震が起っていたが,太平洋プレートの屈曲沈み込み過程の地震は起っていなかったので,東日本大震災前に太平洋プレートは沈み込めず、太平洋プレートの沈み込みは停止していたと結論される.

引用文献

Cox, A., Doell, R.R. & Dalrymple, G.B. (1963) Geomagnetic polarity epocks and Pleistocene geochronometry. Nature, 198, 1049-1051.
Dietz, R.S. (1961) Continent and ocean basin evolution by spreading of the sea floor. Nature, 190, 854-857.
日置幸介 (1997) プレートの運動と変形の宇宙測地計測, 測地学会誌, 43, 1-12.
Hess, H.H. (1962) History of Ocean Basins. in Engel, A.E.J., James, H.I. & Leonard, B.F.(eds.), Petologic studies, a vokume in Honor of A.F. Buddington, Boulder, Colorad, Geological Society of America, 599-620.
Isacks, B., Oliver, J. & Sykes, L.R. (1968) Seismologiy and the New Globao Tectonics. Journal of Geophysical Research, 73, 5855-5899.
Matuyama, M. (1929) On the direction of magnetization of basalt in Japan, Tyosen and Manchuria. Japan Academy Proceedings, 5, 203-205.
松澤 暢(2011) なぜ東北日本沈み込み帯でM9の地震が発生しえたのか?―われわれはどこで間違えたのか?―.科学,81,1020-1026.
Opdyke, N.D., Glass, B.P., Hays, J.D. & Foster, J.H. (1966) Palaeomagnetic study of Antarctic deep-sea cores. Science, 154, 349-357.
Vine, F.J. & Mathews, D.H. (1963) Magnetic anomalies over oceanic ridge. Nature, 199, 947-949.
Wilson, T. (1965) A new class of faults and their bearing on continental drift. Nature, 207,343-347.

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