月刊地震予報128)小笠原沖垂直Slab内地震M6.8,気仙沼沖島弧Mantle・Slab境界地震M6.2,飛騨連発地震,歪伝搬速度,2020年5月の月刊地震予報

1.2020年4月の地震活動

 気象庁が公開しているCMT解によると,2020年4月の地震個数と総地震断層面積のPlate運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で18個0.612月分,千島海溝域で1個0.004月分,日本海溝域で5個0.738月分,伊豆・小笠原海溝域で2個2.951月分,南海・琉球海溝域で10個0.123月分であった(2020年4月日本全図月別).日本全域総地震断層面積比が2019年9月から1割以下に急減し,1割前後の異常静穏化が5ヶ月継続したが(月刊地震予報125),2020年2月の千島海溝域の4ヶ月分によって停止し(月刊地震予報126),2020年3月の千島海溝域9ヶ月分によって更に3ヶ月分を越していたが(月刊地震予報127),2020年4月に6割に減少した.
 最大地震は2020年4月18日の小笠原海溝から沈込む垂直Slab内地震M6.8Pであった.M6.0以上の地震は,4月20日の北上沖島弧Mantle・Slab境界地震M6.2がある.飛騨では4月22日から連発地震が起っている.

2.小笠原海溝から沈込む垂直Slab内地震M6.8P

 2020年4月18日17時25分小笠原沖でM6.8P/深度477kmが,垂直に沈込むSlab内で起こった(図362).この地震のCMT解の圧縮P歪軸傾斜は57°とSlab同様に垂直に近い.垂直Slabの下部では2015年5月30日M8.1t/682km・6月3日MM5.6-t/695kmが深度660kmの下部Mantle上面以深で起こっており(速報69),下部Mantleより密度の小さいSlabには,自重と下部Mantleからの浮力に挟まれて圧縮歪が蓄積すると考えられる.今回の地震はこの圧縮歪が限界に達して解放されたのであろう.

図362.2020年4月18日小笠原沖の垂直沈込Slab内地震M6.8P/477km.
△:活火山.
数字とM:地震発生年月日と規模:本地震と下部Mantle上面以深の地震.
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 2020年2月13日択捉沖で千島海溝に沿う同心円状屈曲Slabの平面化地震M7.2(月刊地震予報126)が起こって太平洋Plateの沈込障害が除かれ,Kamchatka沖の千島海溝軸で3月25日M7.5が起こっている(月刊地震予報127).これらの地震は,千島海溝に沿う太平洋Slabを沈込ませ,小笠原海溝における太平洋Slabの沈込を促進させ,Slab上部からの歪を増大させ,今回の地震が起こったと考えられる.

3.気仙沼沖の北上島弧Mantle・Slab境界地震M6.2p

 2020年4月20日5時39分宮城県気仙沼沖でM6.2p/46kmが,同心円状屈曲して沈込むSlab上面からの深度(Slab深度)+2kmで起こった(図363).この地震は,島弧で最大の力学的強度を持つ上部Mantleと沈込Slab上面との境界で起こった.この境界面の摩擦はSlab沈込障害になると共に,Slab上面に摩擦力で固着した島弧に圧縮歪を蓄積する.

図363.2020年4月20日気仙沼沖の北上島弧Mantle・Slab衝突地震M6.2/46km.
△:活火山.
数字とM:地震発生年月日:本地震・飛騨連発地震.
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 今年2020年の2月と3月には千島海溝域でSlab沈込が進行し,4月18日には小笠原海溝でもSlab下部の地震M6.8によって沈込が進行した.日本海溝における沈込は両脇の千島海溝と小笠原海溝で進行したSlabの沈込によって促進され,摩擦力が限界に達して今回の地震になったと考えられる.
 今回の地震のCMT解の圧縮P軸の方位は海溝傾斜方位(図363右下の主歪方位図の中軸線TrDp及び上下縁)よりもやや下方の右寄りでPlate運動方位(図363右下の主歪方位図中軸部の紫色折線)に沿っており,傾斜が海溝側に傾斜していることは(図363中の海溝距離断面図),島弧側に傾斜する島弧MantleとSlabの境界面に沿う滑りの圧縮歪に加え,摩擦による境界面に直交する抗力による歪が合成されていること示している.
 4月18日小笠原沖M6.8がSlab沈込を促進し,36時間14分後に気仙沼沖M6.2を起こしたとすると,両震源間の距離が1325kmであることから,歪伝達速度を時速36.6km以上と算出できる.

4.飛騨連発地震

 2020年4月22日2時26分M3.8np/4kmから開始した飛騨連発地震は東北日本と伊豆の活火山弧が交叉する焼岳の北東方で起こった(図363).本連発地震についてはCMT解4個(図363)・IS解12個(図364)の計13個の地震解が報告されている(表43).
 IS解には地震開始の初動の発生時刻・震央・深度・発震機構,CMT解には初動と複数の主動の重心(Centroid)についての発生時刻・震央・深度および主動の発震機構と非双偶力成分比がある.M4.7からM5.2のCMT解発震機構は全て圧縮横擦np型で,M3.2からM5.5のIS解の発震機構は圧縮横擦np型11個と正断層型1個である.

図364.2020年4月の飛騨連発地震のIS解主歪軸方位.
△:活火山.
数字とM:地震発生年月日(規模):飛騨連発地震・犬山と伊勢湾奥の地震.
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 3個のCMT解地震はIS解も兼備する地震(月刊地震予報109)である.最大地震は2020年4月23日13時44分の最初の兼備地震で,初動M5.5np/3km・主動M5.2np/10kmである.連発地震全ての震央は最大地震震央の3km以内に収まり,初動深度は3-6km,主動深度は10kmと集中している.
 発震機構の主歪軸方位は,西北西-東南東のP軸と北北東-南南西のT軸そして垂直に近いN軸を持ち,P軸とT軸が載りN軸に直交する主歪面はほぼ水平である.地下岩石に分布する歪は方位によって変化し,圧縮歪が最大となる方位をP軸方位とし,引張歪が最大となる方位をT軸方位とする.P軸方位における圧縮歪の大きさを負,T軸方位の引張歪の大きさを正とする一連の値で表す.P軸方位とT軸方位の載る主歪面に直交する方位を中間N軸方位とし,これらの軸が互いに直交しているとして算出されるのが主歪軸方位である.N主歪軸方位の歪の大きさは負のPと正のTとの中間の値を持つが,0になるのは地下岩石に働く応力が双偶力の場合であり,現実には多少ずれる.CMT解ではこのずれを非双偶力nonDC成分比として算出している.
 主歪軸方位を変化させない一様な引張歪を地下岩石に与えると,TとNの値は増大し,Pの値は減少し,非双偶力成分比は引張過剰の正になる.一様引張歪がP歪を相殺するまで増大させると,非双偶力成分比は最大の+50%に達する.一様な圧縮歪を与えれば非双偶力成分比は負になり,T歪を相殺するまで増大させると最小非双偶力成分比-50%に達する.一様な圧縮歪の増減は,震源深度に対応する静岩圧の増減と対応する.
 直交3主歪軸は,正から負への歪の順にT・N・P軸と名付けられる.N軸歪の値のみが変化し,P軸の圧縮歪の値より小さい圧縮過剰になると,自動的にP軸とN軸は入替わる.このような入替はP軸圧縮歪とN軸圧縮歪との差の小さい引張過剰の正非双偶力成分比に起こり易い.
 地表は歪を伝達しない大気に覆われているため引張応力場にあり,Plate運動等で地表に並行な圧縮応力が懸かれば東北日本のように水平な圧縮歪と垂直な引張歪の逆断層型歪が蓄積する.地下深部の温度が上昇すると地下岩石が次第に部分溶解し,歪を伝達できず地震も起せなくなる.歪を伝達できなくなる境界面には圧縮P歪軸と引張T歪軸が載り,歪主面となる.歪主面が水平であれば歪主面に直交するN歪軸は垂直になり,そこで起こる地震の発震機構は中国地方や中部地方のように横擦型になる.
 今回の飛騨連発地震が横擦型であることは地下に部分溶融した歪主面が存在することを示唆し,震央南西に活火山の焼岳が存在するとともに(図364),世界で最も新しい第四紀の滝川花崗岩等が地表に露出していること(原山,2006)が地質学的根拠を与えている.
 本震源西方の白山連峰の毘沙門岳からは,Slab溶融によるMagnaを特徴付けるadakiteが噴出している(石渡,2006).adakiteの噴出は中国地方の大山にも知られており(佐々木,2009),1500万年前に拡大直後で高温の四国海盆北縁が日本海拡大に伴って西南日本に載り上げられ(高橋,1986),700万年前から沈込で深度100km付近の西南日本北縁に達しadakaite Magmaを供給していると考えられている.中部地方と中国地方では下部地殻から上部Mantleで地震が発生せず,上部地殻の地震が横擦型であることが高温Slabの存在を支持している.
 飛騨の地震は,2011年3月11日東北沖巨大地震M9.0の前震と交互して2011年2月27日にM5.0とM5.5が起こったことで注目されている(速報55速報56).東北沖巨大地震後も2011年10月5日にM5.4・M5.2が起こり静穏化した後,2017年6月25日M5.6が起こって3年後に今回の活動が起こった.
 今回の活動は,2020年4月20日5時39分北上島弧Mantle・Slab衝突地震M6.2の42時間40分後から開始している.これらの地震が歪の伝搬によって関係しているとすると両震源間距離490kmから,歪伝搬速度は時速11.5km以上と算出される.Slab上面摩擦による東北日本弧の圧縮歪は4月20日M6.2によって解放され,Slabが沈込み,周辺のSlab上面の摩擦力は増大して東北日本弧の圧縮歪は増大する.この圧縮歪の増大が飛騨にも及んだと考えられる.
 最大地震は4月23日13時44分の最初の兼備地震で,初動M5.5np深度3kmの発震機構は[P323+0T53+15N233+75],主動重心M5.3np/10km非双偶力成分比-4%の発震機構は[P134+18T40+13N276+67]である.以後の歪方位偏角の算出には最大主動の発震機構を基準とする.最大地震の初動の偏角は20.1°と算出される.13分後の2つ目の兼備地震は,初動M5.0/5km偏角10.1°・主動重心M4.7/10km-6%偏角3.9°と殆ど変化していない.これらのCMT解以前のIS解の震央は最大地震の震央の南側で起こっているが,以後は北西側で起こっている.

表43 2020年4月飛騨連発地震の(主動/)初動.
基準は2020年4月23日13時44分M5.2の主動[P134+18T40+13N276+67].

発生 規模M 発震 機構型 深度km 非双偶力 偏差
時:分 成分% 距離km 方位° 深度km 歪偏角°
4 30 21:11 3.3 np 4 3 317 -6 12.5
4 27 4.7 -np 10 -23 13 347 0 26.6
4 27 11:32 4.8 10 3 288 0
4 26 8:56 3.5 np 5 3 292 -5 28.5
4 26 5:00 3.2 t 5 3 285 -5 63.7
4 26 4.8 +np 10 +14 5 331 0 11.6
4 26 2:22 5.0 np 6 3 300 -4 38.1
4 26 1:16 2.8 p 16 154 207 +6 104.2
4 24 21:12 3.4 np 5 2 287 -5 47.3
4 24 19:57 3.4 np 5 2 280 -5 52.4
4 24 6:31 3.3 np 3 4 251 -7 47.0
4 23 21:03 4.3 np 6 2 296 -4 36.5
4 23 20:47 3.6 nt 47 109 206 +37 39.6
4 23 4.7 -np 10 -6 1 305 0 3.9
4 23 13:57 5.0 np 5 1 242 -5 10.1
4 23 5.2 np 10 -4 基準 基準 基準 基準
4 23 13:44 5.5 np 3 2 180 -7 20.1
4 22 2:47 3.6 np 4 2 191 -6 11.7
4 22 2:26 3.8 np 4 1 188 -6 15.7

 2つ目の兼備地震の6時間50分後の4月23日20時47分に南南西114kmの犬山付近でM3.6nt/47km偏角39.6°が起こった(図364).この地震が2つ目の兼備地震による歪解放と関係していれば歪伝達速度は時速16.7kmと算出される.飛騨連発地震初動偏角は10.1-20.1と小さかったが,犬山の地震後には36.5-52.4°に増大する.
 4月26日1時16分には飛騨から南南西154kmの伊勢湾奥でM2.8p/16km偏角104.2°が起こり(図364),1時間6分後の4月26日2時22分に3つ目の兼備地震の初動M5.0np/6km偏角38.1°・主動M4.8+np/10km 非双偶力成分比+14%偏角11.6°が起こった.その2時間48分後の4月26日5時00分にIS解唯一の正断層型M3.2t/5km偏角63.7°が起こった.この正断層型地震は,圧縮歪の減少による垂直なN軸と水平なP軸の入替によるであろう.正断層型地震以後4月30日までに,IS解2個とCMT解1個あるが,偏角は12.5-28.5°と基準に近付き,非双偶力成分比も-23%と圧縮過剰に変化し,引張歪の解放を示している.
 これらの経過をまとめると,4月20日の北上島弧Mantle・Slab境界地震M6.2によって東北日本弧の圧縮歪が増大し,4月22日から横擦型の飛騨連発地震が南端から開始された.4月23日には最大のM5.5とM5.0によって圧縮歪が解放され,歪方位が変化し震央も北西方に移り,南南西方の犬山でM3.6が起きた.4月26日には伊勢湾奥のM2.8に続き飛騨で引張過剰のM5.0の後に正断層型M3.2が起きた後,引張歪が解放され開始時の歪方位に戻った.

5.2020年5月の月刊地震予報

 千島海溝域の2020年2月Slab平面化地震M7.2と3月の海溝軸部地震M7.5に続き今月4月の小笠原海溝域でSlab内地震M6.8が起こった後に,日本海溝域で北上島弧Mantle・Slab境界地震M6.2が起こり,飛騨連発地震が続いた.日本海溝域と飛騨・関東域の地震活動の活発化に警戒が必要である.
 飛騨は地震観測網の中央に位置し,M3.0以下の地震についても発震機構解が報告され,日本列島地殻の歪変化を監視するための重要な地域である.飛騨の地震が歪の伝搬と解放によってどの様に支配されているかが明らかになれば,地震予報に大きな役割を担うであろう.

引用文献

原山 智(2006)爺ケ岳転倒コールドロン―横倒しのカルデラ火山岩類.地方地質誌「中部地方」,朝倉書店(東京),326-327.
石渡 明(2006)中部地方の火成岩.地方地質誌「中部地方」,朝倉書店(東京),83-88.
木村純一(2009)第四紀の火山岩.地方地質誌「中部地方」,朝倉書店(東京),354-361.
高橋正樹(1986)日本海拡大前後の“島弧”マグマ活動.科学,56,103-111.

更新

2020年6月7日: 「表43」挿入.