月刊地震予報122)2019年9月からの静穏化は東北沖巨大地震M9.0以後の歪蓄積周期開始を告げているか,2019年11月の月刊地震予報
2019年11月16日 発行
1.2019年10月の地震活動
気象庁が公開しているCMT解によると,2019年10月の地震個数と総地震断層面積のPlate運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で8個0.037月分,千島海溝域で1個0.027月分,日本海溝域で3個0.034月分,伊豆・小笠原海溝域で1個0.059月分,南海・琉球海溝域で1個0.040月分であった(2019年10月日本全図月別).2019年8月まで4割以上を保持していた日本全域の比が1割以下に急減している.観測体制確立を考慮すると,今月の比は2011年3月の東北沖巨大地震前の2008・2009年の極小期以来の静穏化と言える.
最大地震は2019年10月12日相模TroughM5.4npで,M6.0以上の地震はない.
2.2019年9月からの静穏化は,東北沖巨大地震M9.0以後の歪蓄積周期開始を告げているか?
2.1 歪蓄積周期
2011年3月11日東北沖巨大地震M9.0で解放された歪面積は,日本で地震計による定常観測が開始された1922年からの総地震断層面積と同程度であるが,その間のPlate相対運動面積はその9割にしか達せず,Plate運動より多くの地震が起っていた.すると,東北沖巨大地震で解放された歪は1922年以前に蓄積されていたことになり,Plate運動による歪が大地震の度に解放されるとする従来の図式を改める必要がある.
東北日本の歴史地震によると,東北沖巨大地震で解放された歪を蓄積するには1611年慶長地震後まで遡る必要があり,歪蓄積満了後も通常地震としてPlate運動の歪を解消しながら保持していた(月刊地震予報116).
このようなPlate運動による歪蓄積と地震活動の関係に基づくと,歪の蓄積開始から巨大地震による歪解放,すなわち慶長地震から東北沖巨大地震までの400年間を一つの歪蓄積周期として捉えなければならない.この歪蓄積周期の中で末期の巨大地震が最も顕著で捉え易いので,歪蓄積周期に巨大地震の名称を付けて呼ぶことにする.東北沖巨大地震を起こした周期を「平成周期」と呼び,その前の周期を「慶長周期」と呼ぶことにする.
現在は,巨大地震の歪を蓄積保持した状態でPlate運動による歪を通常地震活動として解放していた「平成周期」末から,東北沖巨大地震による歪の完全解放から次の「(後)平成周期」の歪蓄積開始期に当たっているであろう.
今後の地震活動予報のためには,慶長地震後の「平成周期」初期との対応が必要であるが,その出発点として「平成周期」の地震活動の変遷を理解しなければならない.「平成周期」を含む1600年から2019年10月までの歴史地震記録(宇佐美,2004)とCMT解の規模(Magnitude)から算出される地震断層面積(速報36)を解析に使用する.
Plate運動による歪が地震を起こすので,Plate運動面積を解析の基準にする.解析する区域は,比海(Philippine Sea)Plateが沈込む琉球海溝・南海Trough域(RykNnk),太平洋Plateが沈込む伊豆・小笠原海溝域(OgsIz)と日本海溝域(Jpn),そして日本全域(Total)である.
2.2 Plate運動面積と地震断層面積Benoff図
各区域の1600年から2019年10月までの総Plate運動積算面積を横幅,期間年数を縦幅としたgraphを図351左図に示す.この図に積算Plate運動面積を表示すると左下縁と右上縁を結ぶ灰色の斜め直線になる.図横幅の総Plate運動積算面積を地震断層面積とする地震の規模(Magnitude:月刊地震予報106)は,琉球・南海域(D)でM9.8,小笠原・伊豆域(C)でM9.5,日本海溝域(B)でM9.5,日本全域(Total)ではM10.2になる(図351左図の下端の鈎括弧内の数字).日本全域の幅は右側のB・C・Dの幅に本図に記していない千島海溝域(A)を加えた幅を加え4分の1に縮小して示してある(Total/4).この図枠に積算地震断層面積を記入すると右上がりのBenioff曲線になる(特報5).
日本海溝域(Jpn)の1900年から2011年東北沖巨大地震までのBenioff曲線は灰色のPlate運動積算面積直線とほぼ同じ傾斜で左側にずれて並行しているが,巨大地震で灰色線に近付く.これは,1900年から巨大地震前までPlate運動による歪が地震活動によってほぼ解放され,巨大地震で同程度の歪が更に解放されたことを示しており,巨大地震で解放された歪は1900年以前に累積を完了していたことを示している.
「平成周期」を含む1600年から2019年10月までの総地震断層面積はPlate運動面積の84%に及んでおり(図351左図上縁の数値),Plate運動による歪は地震によってほぼ解放されている.「平成周期」末の東北沖巨大地震の歪は,総歴史地震面積記録の欠落が16%以下であれば,1600年以後開始しても蓄積できる.
2.3 地震断層規模曲線による歪蓄積周期の区分
地震断層規模曲線の算出点間隔は2.8年(=1022.3日:図351左図Totalの下縁の数値)であり,算出点間隔の前後3期間の総地震断層面積平均を規模に変換して表示したのが地震断層規模曲線である(図351右図).地震規模曲線図の上縁の数字は,総地震規模面積(平方km単位)であり,この数値をBenioff図上縁のPlate運動面積に対する比「0.33」で除すとPlate運動面積を算出できる.日本全域Totalについては,総地震断層面積66.7平方km,Plate運動面積202.3平方kmとなる.
日本全域(Total)の地震断層規模曲線の明瞭な静穏期によって「平成周期」を前・中・後の3期に区分できる(図351右図右縁).
前期は,1605年慶長東南海地震M7.9・1605年慶長南海地震M7.9・1611年慶長三陸地震M8.1後の静穏な期間であり,M6.5以下(図351右図Totalの縦実線)の静穏期を繰り返すが,歪蓄積に伴い地震活動が次第に増大し,最後の1677年延宝地震M8.0に到る.
中期は,延宝地震の歪解放による静穏化の後,M7の定常的な地震活動(図351右図Totalの縦実線)に加え,1703年元禄関東地震M8.2・1707年宝永地震M8.6とM8級の地震が起こった後,日本海溝域の1717年享保三陸地震M7.5・1763年宝暦三陸地震M7.4・1793年寛政三陸地震M8.4の周期的活動を経て,最後に最大の1854年安政東海M8.4・1854年安政南海地震M8.4に到る.
後期は,安政の歪解放による静穏期の後,M8の定常的地震活動(図350右図Totalの縦実線)に加え1896年明治三陸地震M8.5・1920年花蓮M8.3・1923年大正関東地震M8.2・1933年昭和三陸地震M8.1・1944年東南海地震M8.2・1946年南海地震M8.2・1952年十勝沖M8.2・1968年十勝沖M8.1の周期的地震活動を経て,2011年東北沖巨大地震M9.0に到る.
2.4 歪蓄積様相の変化と南海Trough巨大地震
日本全域(Total)の地震断層面積規模曲線には,3期間境界に明瞭な低下を挟んで定常地震活動規模がM6.5・M7.0・M8.0と増大する.地震断層規模曲線の規模は,設定間隔内にその規模の総地震断層面積の地震が起ったことを意味する.前期にはM6.5より大きな地震が起らない期間があり,中・後期にはM7.0・M8.0より大きな地震が設定間隔内に1個以上起っていることを示している.歪蓄積周期末の巨大地震の歪は,中期末に蓄積を完了しており,前期のM6.5は歪蓄積準備,中期のM7.0 通常活動は歪蓄積,後期のM8.0は蓄積完了に対応し,日本列島と沈込む海洋Plateに蓄積する巨大地震の歪の位置・規模・分布等の様相の段階的変化と対応しているのであろう.
東北沖巨大地震に続く次の歪蓄積周期「(後)平成周期」前期の低下が起これば,今後の地震活動を「平成周期」前期の様相に対応させることができる.この対応では,現在心配されている南海Trough巨大地震は,中期の1707年宝永地震M8.6に対応し,その前に前期末の1677年延宝地震M8.0と静穏化そして中期始の1703年元禄関東地震M8.2があり,90年以内に起る.
3.2019年11月の月刊地震予報
日本海溝域では,2011年3月東北沖巨大地震によって解放された歪を抱えたまま1900年頃からPlate運動による歪を地震活動として解放しており,巨大地震の歪は1900年以前の1600年頃からが蓄積されてきた(月刊地震予報116).
2019年9月からの地震活動静穏化は,「平成周期」から次の沈込蓄積周期境界の静穏期とも考えられ,今後の地震活動は地震計によって観測のある過去100年の「平成周期」後期と全く様相を異にすることも予想される.今後の地震活動の推移,特に2019年9月から開始した静穏化が継続するかを注意深く見守る必要がある.
引用文献
宇佐美龍夫(2003)日本被害地震総覧.東京大学出版会,605p.