月刊地震予報97)地震予知体制の変換と地震予報・津波対策に救命胴衣を
2017年10月20日 発行
1.地震予知体制の変換と地震予報
1.1) 南海トラフ地震の予知・予測の断念
「南海トラフ地震の予測と防災」作業部会が「6月17日地震学会シンポジウム」において,「南海トラフ地震の予知・予測を継続できない」と公表したと新聞が2017年6月22日に報じた.
作業部会が予知・予測を断念した理由として以下の4つを挙げている.
① 震源域の半分で大地震が起き「割れ残り」が生じた場合
② 一回り小さい地震が起きた場合
③ 東日本大震災前にみられた現象が多数観測された場合
④ 東海地震の判定基準にあるような地殻変動が見られた場合
これら全ての場合に対応できないと報道された.
1.2) 対応できないとされた理由への対応
作業部会は上記のように対応できない4つの理由を挙げたが,近年急速に整備の進んでいる気象庁の発震機構解公表体制を活用すれば,充分対応可能である.すなわち;
①・② 大地震を起こす応力場がどの程度の広がりをもち,継続しているかは,前震の応力場極性解析(速報55,速報58,月刊地震予報86,月刊地震予報87,特報4,特報6,)によって判定可能である.
③ 東日本大震災前後の応力場極性変化は,熊本地震や鳥取県中部地震にも適用できたので(速報79,月刊地震予報85,),南海トラフ地震にも適用できるであろう.
④ 地震は,応力が地下の岩石に働いて破壊する力学現象である.地震には地表の地殻変動も伴うかもしれないが,主役を担っている地下応力場を直接監視することが最も重要である.地下応力場は,高密な日本の地震計測網による常時観測によって得られる発震機構解を使用すれば監視できる.
1.3) 中央防災会議の「地震予知を前提とした対応の大転換」
中央防災会議の有識者会議が9月26日に防災担当相に「確度の高い予測は困難」と指摘し,従来の地震予知に代わり,異常現象を観測した場合に住民避難を促す仕組み検討することや,地震・津波の観測体制強化を求める報告書を提出したと2017年9月27日の新聞は報じた.
これは約40年続けられてきた地震予知を前提とした対応の大転換である.新たな防災対策が定まるまでの暫定的な南海トラフ巨大地震への対応としては,前震や地殻変動などの異常現象を観測した場合や巨大地震発生の可能性が高まった場合,気象庁が新たに「南海トラフ地震に関連する情報」を発表し警戒を呼び掛けるとのことである.
1.4) 「南海トラフ地震に関連する情報提供」の可能性
地下岩石の巨大破壊が,先行する小さな破壊を全く伴なはず起こるとは考え難い.先行する破壊が「前震」で巨大破壊が「本震」となる.気象庁はホームページでM4.0以上の発震機構解を2時間以内に「速報」,2-3日以内に「精査後」として公開しており,巨大地震の前震を見逃すとは考えられない.
巨大地震が起こる場合,本震域の破壊強度の小さな箇所から順次破壊し前震となるので,本震域では前震が連続的に起こることが予想される.この連続して起こる前震は,「連発地震」(速報66)として識別でき,発震機構の定量的比較解析対象として(速報29,速報58),監視できる.
発震機構の定量的比較による応力場極性を解析すれば,「震源域の応力場極性は本震まで一定に保たれる」という破壊力学的性質に基づき(月刊地震予報87),応力場極性が保たれていれは「前震」,その後の応力場極性が逆転した場合には「本震」と判定できる.
大きな地震が起こった時にその発震機構の応力場極性が保持されている前震の場合には「更に大きな本震が来るかもしれませんので厳重な警戒をして下さい」,大きな地震の後に応力場極性の逆転した地震が確認される本震の場合には「先ほどの地震が本震と予想されます.同程度の余震に注意して下さい」と情報提供が可能である.
これらの情報が,その観測事実(発震時刻,震源,規模,発震機構)と推論の根拠(地震活動の推移・応力場極性・沈込スラブとの関係など)とともに提供されれば,住民の安心・安全と地震災害対策のために威力を発揮するであろう.将来的には,対象範囲を「南海トラフ地震」に限定せず,全国展開されることが期待される.
2.津波対策に救命胴衣を
東日本大震災犠牲者約2万人の多くが津波によるものであった.しかし,同じ被災現場からの生存者もいる.東松島市では小学生が帰宅中に津波に襲われたが,胸いっぱい息をため,あお向けに浮くことによって一命を取り留めたという.
迫り来る津波に呑み込まれる恐怖は想像を絶するが,上昇する海面の上に載って浮けば生き残れる可能性は大きい.救命胴衣を着用していればその可能性は更に大きくなるであろう.
予想される津波高より標高の低い住宅・学校・幼稚園・保育所には救命胴衣を常備し,そこに通う児童・生徒には横断バックの代わりに救命胴衣を持ち歩かせてはどうだろう.津波防災訓練には救命胴衣を着用し,プールでの救命胴衣着用浮遊訓練も有効であろう.
来る南海トラフ地震では,静岡県のように震源上に位置していれば,歩くこともままならない強い揺れの後,高台に逃げる間もなく津波が襲来する.筆者にも東海地方沿岸部に住む子供がいるが,犠牲を最小に留めるために提案する.