速報8)地震予報

「理想の地震予報」を考える

日本では1978年,東海地震の再来を懸念して地震予知事業が開始された.地震予知計画においては,東海地震は百発百中するものとされている.同年の大規模地震対策特別措置法では,判定会の発表により政府は鉄道の停止や高速道の閉鎖などを含む措置を取ることになっている.判定会が試算したところでは,この措置による経済的損失は1日当たり数千億円にのぼるとされ,百発百中でなければとても地震の判定はできない.

そのような状況の中で1995年に阪神大震災が発生した.阪神地域は地震予知計画の予知対象地域に入っていなかったため,為す術が無かった.記録的な被害を経験し,地震予知計画が見直された.全国にまたがる地震計網と地殻変動常時観測用のGPS網が構築され,気象庁と国土地理院が業務として観測を開始した.歴史地震の解明のために活断層のトレンチ調査も開始された.

地震観測結果と地殻変動解析結果はインターネットで公開され,誰でも利用できる体制が整ってから今回の東日本巨大地震が起こった.
東日本大震災における最大の被害は,地震後に発生した津波である.津波は海岸に到達するまでの時間に余裕があるので,適切な予報がなされれば被害を小さくできたはずである.「絶対安全な原発」のように「百発百中する地震予知」よりも,日本列島で進行しているテクトニクスを,天気予報のように分かり易い解説を付けた地震予報として広く情報発信する必要性を痛感した.

本稿では,本震前にどのような地震予報が可能であったかを検討し,「理想の地震予報」を考えてみる.本震の2日前の3月9日11時45分にM7.3の地震があり,津波が発生した.前年2月28日のチリ地震津波による被害からやっと立ち直った養殖設備などが破損したとのニュースが流されていた.その後,23時24分までM5.3からM4.7の地震が続き,翌3月10日3時16分から20時21分までM6以上を3回含むM6.8からM5.2の地震が起きた.
3月10日の朝から夜にかけて,地震予報が出されていれば理想的であったであろう.その時点で把握できていたことは,

  1. 3月9日と3月10日の地震は同じ震源域で発生しており,再来が予想されていた宮城県沖の震源域よりも日本海溝側にある.
  2. 3月9日の地震の震央は,過去10年間の地震の震央が並ぶところで起こったが,3月10日の地震はこれまで地震が起こっていない空白域で起こっている.
  3. 3月9日の地震の震源は日本海溝から沈み込む太平洋プレートより浅い深度であるが,3月10日の震源は沈み込む太平洋プレート内で起こっている.
  4. この震源域では2月から群発地震が起こっており,2月16日にM5.3・2月22日にM5.2・2月26日にM5.2の地震が起こった.これらの震源深度は大きく,日本海溝から沈み込む太平洋プレート内で起こっている. 3月10日の地震は再び太平洋プレート内で起こった.
  5. 2月16日から3月10日までに起こった地震は逆断層型であり,太平洋プレート上面と並行する断層面解が与えられている.深度の大きな太平洋プレート内と深度の小さな沈み込まれる日本列島側で圧縮軸方向が同じであることは,太平洋プレートと日本列島側が固着して同じ応力状態にあることを示している.
  6. 太平洋プレートは日本列島の下方に沈み込む場合に屈曲する.そのためプレート上半部が引張られ正断層型の地震が起こるのが一般的であり,今回のように逆断層型の地震が起こることは異常である.沈み込もうとする太平洋プレートとそれを阻止しようとする日本列島側との押し合いによる応力が,太平洋プレートと日本列島側の破壊強度を越えてこれらの地震が起こっていることを示している.
  7. 3月10日の地震で,これまで地震の起こり難かった所も破壊されたので,このまま応力が増大すると広域な破壊が予想される.
  8. 太平洋プレートは,太平洋の底を構成する1枚の板であり,プレート境界が破壊すれば,破壊面は太平洋プレート上面に沿って海溝全域に広がる
  9. 日本海溝では繰り返し大地震が起こり,津波被害を与えてきた歴史がある.今回の震源域は,昭和・明治・寛政・延宝・慶長・貞観の三陸沖地震津波と同様,日本海溝に近いので大津波の襲来が予想される.

最新の地震情報は気象庁のホームページから,地震発生後数時間以内に公表される.筆者は今回の巨大地震後にその存在を知り,データを検討し始めたので詳細は不明であるが,3月10日3時16分M6.4・3時44分M6.3・6時23分M6.8と立て続けに起こった地震の震源位置と発震機構は午前中に入手できていたであろう.この速報値の震源位置は誤差が大きく,後の正式発表と異なることがあるが,最悪の場合を想定して予報を出していたら被害を減らすことができたのではないかと悔やまれる.

現在の「地震予報」

3月11日の東日本巨大地震発生以来,続いている地震活動も次第に少なくなっているが,仙台でも未だに毎日有感地震がある.内陸直下型地震や海溝に沿うM8クラスの地震も心配されるので引き続き注意が必要である.

日本海溝南部の関東沖では太平洋プレート内で逆断層型地震があり,本震同様の地震津波が心配される.日本海溝中部では正断層型地震が集中して起こっているので警戒が必要である.震源が太平洋プレート下半部に到ると1933年昭和三陸沖地震津波型の地震が起こるので推移を見守る必要がある.明治三陸沖地震津波の2か月半後に起こった陸羽地震の再来が心配されるが,1週間程度の前震の後に起こったので内陸で群発地震が起こったら警戒が必要である.現在群発地震が起こっているのは会津盆地北部である.浜通りの正断層型地震の活動は継続しており,今後活動域の北上と西方移動に注視する必要がある.

図7. 東日本巨大地震余震の震源分布図(2011年3月12日~4月8日)


図8. 東日本巨大地震余震の震源図(2011年4月9日~5月11日)

【詳細説明】

  1. 福島県浜通りから茨城県にかけて起こっている正断層型地震活動は続いており,終息への変化は見られないのでこれまで通り警戒が必要である.今後活動域が北上し仙台さらに花巻,西方に移動し東京・日光そして中通に到ることが予想されるので警戒が必要である.
  2. 浜通りの正断層型地震の深度は浅いが,その下で逆断層型の地震が起こっており関連していることが予想される.5月13日もM4.1とM3.9の逆断層型地震が深度80kmと50kmで起こっている.5月14日に福島県沖深度30kmで逆断層型地震M5.7が起こったので,浜通りの正断層型地震が増大することが心配される.
  3. 日本海溝付近では三陸沖で正断層型地震が5月10日前後に近接して起こっている.これらの暫定震源の深度は10kmとされていたが,13日の詳細発表では深度が47-58kmと訂正され,太平洋プレート内で起こった地震であることが判明した.この深度は2月16日から3月10日に起こった逆断層型前震(図6)の延長上で3月17日から起こっている正断層型地震(図7)が継続しているものである(図8).正断層型地震は,本震で沈み込んだ太平洋プレートが下方に引張られて起こるが,海溝付近の太平洋プレートは下方に屈曲して沈み込むためにプレート上半部が伸長し正断層型になり,下半部が圧縮され逆断層型になる.もし,引張る応力が増大して太平洋プレート下半部でも正断層型地震が起こるようになれば,太平洋プレートが日本海溝に沿って裂ける1933年の昭和三陸沖地震津波が心配される.しかし,4月9日にプレートの上下境界付近の深度65kmで正断層型地震M4.5が起こっているのみで,現在のところはそこまで到っていないと考えられるが,今後の警戒が必要である.1896年6月15日明治三陸沖地震津波M8.5の翌年1897年8月5日に起こった仙台沖M7.7の震央に近いので今後の推移を注意深く見守る必要がある.
  4. 日本海溝南部では,太平洋プレート内で逆断層型地震が起こり,1677年延宝三陸沖地震の後の房総沖でのM8クラスの地震津波が心配されている.5月10日にも逆断層型地震M5.4が起こっており(図8),逆断層型地震を起こす圧縮応力が増大すれば,太平洋プレート上面が破壊し地震津波が起こる.日本海溝中部で太平洋プレートは引張られて圧縮応力は増大しているはずであり,厳重な警戒が必要である.
  5. 日本海溝北部でも太平洋プレートが沈み込む日本列島側で逆断層型地震M5.7が5月8日に深度40kmで起こったが,4月21日以後静穏化しており,太平洋プレート内で起こっていない.従って,日本海溝南部のように本震で切れ残った部分が海溝型地震を起こす心配はなさそうである.
  6. いわゆる宮城県沖地震を含む岩手県から宮城県の海岸に沿って起こっていた逆断層型地震の活動は3月19日から活発化し(図5),4月7日のM7.1の地震の後,4月13日まで続き一旦静穏化したが,4月30日に逆断層型地震M5.2が起こっている(図8).
  7. 明治三陸沖地震の2か月半後に秋田県横手盆地で陸羽地震M7.2が起こっており,内陸直下型地震が心配される.陸羽地震では8日前から前震が1日に18回あったことから,同様の内陸地震が起こるとすれば前震があるので,小さな地震でも繰り返し起こる場合には警戒が必要である.現在,内陸部で地震が繰返されているのは会津盆地北部であり,5月7日・14日・15日に逆断層型地震M4.6・M3.6・M3.8が深度10kmで起こっている.