速報23)日本列島に沈み込むSlab内の地震

1.スラブSlab:海溝から沈み込む海洋プレート

海溝から沈み込んだ海洋プレートはSlab(スラブ)と呼ばれているので,本速報においても沈み込む海洋プレートをSlabと表現する.日本列島へ沈み込む太平洋プレートのSlabは,海溝から次第に深度を増し,深発地震が配列する深発地震面として捉えることができる.

本速報の震源分布断面図は,縦軸に深度をとり,それぞれの震央から海溝輪郭小円(速報18:表4)の中心緯度経度までの水平距離を横軸にとっている.この横軸は,海溝軸を基準(0km)としている.Slabの厚さと傾斜が一定であれば,震源分布断面図上の震源は,Slab傾斜に沿う線状に分布する.しかし,Slab傾斜は小円によって異なるので,小円区分毎に震源分布断面図を作成して比較する必要がある.また,同じ小円区分内においてもSlab傾斜が変化するので,震源は幅の広い帯状に分布する.

2.規格小円方位の導入

Fig.42

図42. 規格小円方位 青線:規格小円方位線,×:東日本巨大地震後のslab底地震.Mの色は発震機構(図43)に対応,緑円:海溝輪郭小円,赤線:小円中心を結ぶ小円区分境界線.正距円錐図法.

Slab傾斜の側方変化を知るために震源の位置を三次元的に識別可能にする必要がある.震源の小円区における位置を示すために規格小円方位を導入する.規格小円方位とは,小円中心から見た震源の方位が,小円区分範囲の何処に位置しているかを示す角度である(図42).小円中心と隣接する小円中心を結ぶ大円に挟まれる区間が小円区分範囲である(速報18:図28).

小円区分範囲は小円区分毎に異なっているので方位角をそのまま用いては相対位置を直感的に捉えることは難しい.そこで,震源の小円区分範囲における相対的方位を表すために導入したのが小円規格方位である.小円区分範囲の端から端までを180に規格化し,南端から北端に向かって増大するようにする.小円中心が海溝軸の東側に位置する場合には,海溝軸が島弧側に突入するために沈み込みSlabが過剰となること(速報13:図17a)に対応させて小円規格方位を正とし,南端の0から北端の180とする.小円中心が海溝軸の西側に位置する場合には,海溝軸が島弧側から突出するため沈み込みSlabは不足すること(図17b)に対応させて小円規格方位を負とし,南端の-180から北端の0とする.小円規格方位が±90の場合には,小円区分範囲の中央に位置することを示す.正負交互に繰り返す小円区分の接続部は0と±180になる.

3.Slab内地震の発震機構

Fig.43

図43. 傾斜したslab面に対する主応力軸(圧縮P軸:赤色矢印,引張T軸:黒色矢印,中間N軸:緑色線)と応力場に対応して形成される共役断層と発震機構型.地震とは地下の応力場において形成される断層運動に伴う振動である.複数の地震計で捉えられた振動波形から,断層形成時の主応力軸方向を知ることができる.

気象庁から発表される発震機構は,北を基準に水平面に対する主応力軸方位と傾斜であるが,本解析では,Slab面に対する傾斜補正によって小円方位を基準にSlab面に対する主応力軸方向を算出した.Slab面の傾斜方向は海溝軸方向に直交し,小円中心と震源を結ぶ方位とし,傾斜角は初動震源深度と海溝からの距離の正接tanを用いて算出した.ただし,海溝からの距離が100km以内の場合には傾斜補正を行わなかった.Slab面に対する主応力軸方向から発震機構を判定した(図43).圧縮P軸(赤矢印)と中間N軸(緑線)がSlab面上にあり,引張T軸(黒矢印)がSlab面に直交している場合を逆断層型とする.引張T軸と中間N軸がSlab面上にあり,圧縮P軸がSlab面に直交している場合を正断層型とする.中間N軸がSlab面に直交し,圧縮P軸と引張T軸がSlab面上にある場合を横ずれ型とする.

逆断層型で圧縮P軸方位がSlab傾斜方向の場合をp型とし,傾斜方向に直交する場合はpr型とする.正断層型で引張T軸方位がSlab傾斜方向の場合をt型とし,傾斜方向に直交する場合はtr型とする.横ずれ断層型で圧縮P軸がSlab傾斜方向の場合をnp型とし,引張T軸がSlab傾斜方向の場合をnt型とする.

発震機構型とSlab破断運動との関係は,p型が圧縮,t型が引張,pr型が襞押,tr型が裂開,np型が圧縮移動,nt型が調整移動に対応する.発震機構型は震源記号の色で区別し,p型を赤,tを黒,pr型を紫,tr型を青,np型を黄緑,nt型を緑で示す(図43).

実際の主応力軸方向は,完全に直交または平行していないので,45°を境界としていずれに属するかを判定した.

4.日本列島に沈み込むSlab内の地震

本速報ではこれまで,日本海溝から日本列島にかけての震源分布については.赤色立体地図に震央位置,襟裳小円・最上小円・鹿島小円区域につていの断面図に震源位置を示してきた.この範囲外についての震源については,速報22に八丈・伊豆小円区の震源分布を図41として示したが,それ以外の千島小円区,小笠原・小笠原海台・Mariana小円区,そして襟裳・最上・鹿島小円区からウラジオストックVladivostokに向かう沈み込みSlabをVlad断面図として示す(図44-47).同一断面に複数の正の小円区が表示されている場合には,南側の小円規格方位に括弧を付けた.Vlad断面の場合には,襟裳と鹿島の正の小円区があるが,鹿島VladKの小円規格方位に括弧を付けて区別した.小笠原断面の場合にはMariana小円区のMar・mPcに括弧を付けた.

東日本巨大地震後にSlabの最深部で5月11日に襟裳小円区,5月25日に千島小円区,6月16日に伊豆小円区,7月16日に小笠原小円区で地震が起こっており(図42),東日本巨大地震によって千島海溝・日本海溝・伊豆海溝・小笠原海溝から沈み込む一連のSlab全体が沈み込んだことを示している.東日本巨大地震が起こるまで地震活動の盛んであった小笠原海溝域で最も遅く,殆ど地震活動の無かった日本海溝で最も早い2ヶ月後に起こっている.発震機構はVlad・伊豆・小笠原で逆断層型のpで,千島では横ずれ断層型のnpであり,いずれもSlab傾斜方向に圧縮されて起こった地震である.日本海溝では正断層型の海溝外地震が起こっていることから,Slabの荷重によってSlabが沈み込み,Slab先端が周囲のマントルの抵抗を受けて圧縮され破壊限界に達して起こった地震であろう.

1)襟裳・最上・鹿島小円区から沈み込むVlad Slab

図44上に示されるように,震源は右上から左下に向かって30°の傾斜でほぼ直線に沿って並んでいる.最も深い震源は650kmを越え,700km近くに至っている.

Fig.44U

図44上. 襟裳・最上・鹿島小円区西方の震源分布.1994年9月から東日本巨大地震前の16年半の地震.×:震源.震源の色は発震機構(図43)・数字は規格小円方位,青線:規格小円方位分布境界線(図42).

Fig.44L

図44下. 襟裳・最上・鹿島小円区西方の震源分布.東日本巨大地震から現在までの地震.×:震源.震源の色は発震機構(図43)・数字は日付と規格小円方位.

最上小円中心より西側の区域では襟裳小円区と鹿島小円区が重複するが,重複部では襟裳規格小円方位を用いている.規格小円方位角に括弧が付けられているのが鹿島小円区である.規格小円方位分布境界線は鹿島小円区の中央線に当たる(90)とその南側の(50)にある.この境界線は対馬と敦賀を通過する日本海の南縁および紀伊半島と四国を通過する西南日本南縁を通過する(図42).この境界線を境に震源は右下に分布し,Slab傾斜が日本列島下通過とともに増大し,Slab先端深度が420km~410kmに減少し,Slab長も800km~700kmに減少することを示している.

最深部のSlab底部震源は襟裳小円区の53から78の規格小円方位のウラジオストックVladivstok付近で深度650km以上になり,Slab長は1400kmに達する.日本海南縁でもSlab傾斜は変わらないが,Slab先端深度は490kmでSlab長は950kmに減じている.

Slab先端の発震機構は圧縮のp型が主体でその下部に圧縮移動のnp型がある.正断層型の震源は深度400km以浅にあり,Slab裂開に対応するtr型が主体を占める.

海溝距離200km以上のSlab内地震の累積地震断層移動面積は過去16年半に0.2544㎢に対し,東日本巨大地震後は0.0055㎢と4.3ヶ月分しか起こっていない(図44下).海溝距離200km以内のSlab内地震は速報21の図36と図37に示したが,その累積地震面積は過去16年半に0.8725㎢であるのに対し,東日本巨大地震後は0.2914㎢と大きく5.5年分も起きたことが分かった.特に最上小円区では43年分に対応する地震が起こっている.

2)千島Slab

Fig.45U

図45上. 千島小円区の震源分布.1994年9月から東日本巨大地震前の16年半の地震.×:初動震源で結線端がCMT震源,震源の色は発震機構(図43)・数字は規格小円方位,青線:規格小円方位分布境界線(図42).

Fig.45L

図45下. 千島小円区の震源分布. 東日本巨大地震から現在までの地震.×:震源.震源の色は発震機構(図43)・数字は日付と規格小円方位.

過去16年半についての規格小円方位境界線は-150と-130にあり,択捉島東部とウルップ島の東縁を通過している(図42).図45上に示した断面図では,東側ほどSlab傾斜が大きく,最大深度が510km,500kmそして430kmに達し,Slab長は770km.680kmそして550kmへと減少する.Slab先端に当たる深度370km以深で震源数が増大する.発震機構は逆断層型のp型を主体とするが,襞押のpr型や正断層型のt型もある.発震機構型の分布に深度や規格方位境界による相違は認められない.深度490kmにも正断層のt型があることは,この深度よりも下にSlabを引く応力が存在することを示している.

Slab先端地震は,東日本巨大地震後2ヶ月の5月9日と5月25日に起こっている(図45下).深度は440kmと580kmで発震機構はいずれも横ずれ断層型で圧縮移動のnp型である.過去16年半には横ずれ断層型の地震が起こっていなかったことから注目される.深度580kmの地震は,過去16年半に起こった深度490kmの正断層型震源よりも約100km下に位置し,下からの引張応力の存在に対応する.

海溝距離200km以上のSlab内地震の累積地震断層移動面積は,過去16年半に0.0990㎢に対し,東日本巨大地震後は0.0014㎢と3ヶ月分にも満たない.海溝距離200km以内でも過去16年半に1.5315㎢に対し,巨大地震後は0.0069㎢と1ヶ月分にも達していない.

3)伊豆Slab

過去16年半の規格小円方位分布の境界は50と100にある.この境界線は小笠原海嶺北端と須美寿島を通る(図42).

Fig.46U

図46上. 八丈・伊豆小円区の震源分布. 1994年9月から東日本巨大地震前の過去16年半の地震. ×:震源.震源の色は発震機構(図43)・数字は規格小円方位,青線:規格小円方位分布境界線(図42).

Fig.46L.

図46下. 八丈・伊豆小円区の震源分布. 東日本巨大地震から現在までの地震.×:震源. 震源の色は発震機構(図43)・数字は日付と規格小円方位.

図46上に示した断面図では,震源の最大深度は540kmでほぼ一定であり,380km以深に幅広く分布する.特に規格小円方位100以上では非常に幅広く,Slab傾斜が小さく,深度270km以下のSlab上部の傾斜と不連続である.Slab長は最大900kmになる.幅広いSlab先端部の発震機構は横ずれ断層のnp型と逆断層のp型を主体とし,裂開のtr型と調整移動のnt型を含む.

東日本巨大地震後のSlab内地震は,図46下に示されるように,巨大地震直後の5月31日および6月16日と年末年始の12月15日から1月4日に起こっている.Slab深部震源は過去16年半の分布と調和的であり,いずれも逆断層のp型である.

巨大地震直後の5月31日の震源は深度170kmで正断層のt型であり,巨大地震によって太平洋プレートが日本海溝に沿って強く引かれていたにもかかわらず,伊豆海溝Slabも引いていたことを示している.引かれたSlab底の抵抗によって6月16日にSlab先端部で圧縮の逆断層型地震が起こっている.

年末年始の地震は12月15日と16日の海溝外地震によって開始された.この海溝外地震が逆断層型であることは,太平洋プレート押がSlab引きよりも上回っていることを示している.伊豆海溝から押し込まれたスラブは12月27日の襞押のpr型地震によって過不足障害を調整した後,12月31日から1月4日のSlab先端部で逆断層型地震を起こしている.

海溝距離200km以上のSlab内地震の累積地震断層移動面積は過去16年半に0.2268㎢に対し,東日本巨大地震後は0.0022㎢と2ヶ月分にも満たない.

4)小笠原Slab

図47上に示されるように過去16年半の規格小円方位分布は,負の方位の小笠原小円区と括弧付き負方位のMariana小円区の震源が左および上縁に分布し,正の方位の小笠原海台小円の震源が右下側に分布している.この分布は,小笠原海台小円のSlab傾斜が大きいことを示すとともに,小笠原小円区およびMariana小円区のSlab傾斜が深度100km以上で急斜することを示している.

Fig.47Unew

図47上. 小笠原・小笠原海台・Mariana小円区の震源分布.1994年9月から東日本巨大地震前の16年半の地震.×:震源.震源の色は発震機構(図43)・数字は規格小円方位,青線:規格小円方位分布境界線(図42).

Fig.47L

図47下. 小笠原・小笠原海台・Mariana小円区の震源分布. 東日本巨大地震から現在までの地震.×:震源.震源の色は発震機構(図43)・数字は日付と規格小円方位.

規格小円方位分布の境界線は,小笠原小円区と小笠原海台小円区の境界に当たる±180と小笠原海台小円区の40にある.40の境界線は小笠原海溝で衝突している小笠原海台の南縁を通り,±180の境界線は小笠原海台の北縁を通る(図42).

最大深度の震源は小笠原海台小円区の550kmであるが規格方位が115と小笠原海台の中央部に当たっている.この震源の海溝距離は120kmであり,500km以浅の震源の200km以上よりも海溝に近いことは,Slabの500kmよりも浅い部分が小笠原海台の衝突によって押されて西方に移動したが,最深部が取り残されたことを示している.Slab長は最大650kmになる.

400km以深のSlab先端部の発震機構は逆断層のp型を主体とし,裂開正断層のtr型,横ずれ断層の圧縮移動np型と調整移動nt型を含む.深度150kmから400kmのSlab中部では横ずれ断層の調整移動nt型が殆どを占める.

東日本巨大地震後は,小笠原小円区の北縁と南縁で地震が起こっている.図47下に示されるように,南縁で6月15日に正断層t型の海溝外地震が起こった.東日本巨大地震によって太平洋プレートは日本海溝Slabによって引き寄せられて西進したが,この正断層型の海溝外地震は,巨大地震前の2010年12月からの正断層型海溝外地震が示した小笠原海溝に沿うSlab引きが継続していることを示している.その後,北縁で襞押逆断層pr型が起こり,Slabの過不足が調整されて沈み込みを再開し,7月16日にSlab底の抵抗による圧縮逆断層p型地震,8月16日に引張正断層t型の海溝外地震が起こっている.

海溝距離200km以上のSlab内地震の累積地震断層移動面積は過去16年半に1.0015㎢に対し,東日本巨大地震後は0.0009㎢と5日分しか起こっていない.