東日本巨大地震の前震・本震・余震の震央を記入した赤色立体地図

新妻地質学研究所へようこそ

2011年3月11日午後2時46分、東日本巨大地震発生。
今、仙台、東北、日本、環太平洋、地球で何が起こっているのか?

プレートテクトニクス一筋で
地球科学を研究してきた仙台在住の著者が考えます。

月刊地震予報87)マリアナの地震,浜通地震と主応力軸入替比較による応力場逆転判定,2017年1月の月刊地震予報

1.2016年12月の地震活動

気象庁が公開しているCMT解を解析した結果,2016年12月の地震個数と総地震断層面積のプレート運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で13個0.270月分,千島海溝域で0個,日本海溝域で9個1.020月分,伊豆・小笠原海溝域で3個0.730月分,南海・琉球海溝域で1個0.002月分であった(2016年12月日本全図月別).
2016年12月のM6以上の地震は,マリアナの2016年12月14日M6.3+nt8kmと浜通の2016年12月28日M6.3-tr11kmの2個である.

2.マリアナの地震

マリアナで2016年12月14日11時01分M6.3+nt8kmが起こった.震源は,マリアナ小円区北端の小笠原海台小円区との境界に近いマリアナ諸島北端ウラカス島Farallon de Pajaros北方で,海溝距離85kmのマリアナ海溝から沈込むスラブ上面より上の島弧外縁地殻内である(図202)

図202.2016年12月14日マリアナの地震M6.3の主応力軸方位.
左:海溝距離-深度断面図,震央地図(左下),右:縦断面図(上),時系列図(中)地震断層面積ベニオフ図(左端),主応力軸方位図(下),TrDip:海溝傾斜方位,Sub:プレート運動方位.


マリアナ・小笠原海台小円区のCMT解は1996年7月7日以降53個あるが,今回のCMT解と2005年12月26日の西の島付近M5.6t0kmの2個を除き全て下部マントル上面まで同心円状屈曲したまま沈込むスラブ内地震である.
今回のマリアナ島弧外縁地殻内地震の発震機構は引張過剰引張横擦断層+nt型(空色)であり,背弧側でマリアナ海盆が拡大していることと調和的である.この発震機構nt型のCMT解はマリアナ・小笠原海台小円境界に沿う小笠原海台小円区南東縁で多数分布する.この小円区境界は,小笠原・マリアナ海溝軸が小笠原海台の衝突によって最も屈曲する部位に当たり,スラブ傾斜方位とプレート運動方位の差が大きい.従って,スラブ傾斜とプレート運動とのいずれがスラブ内応力を支配しているかを検討するのに適している.引張主応力T軸方位(△)は,海溝傾斜方位(TrDip直線)とプレート運動方位(紫折線)の間に分布するが,前弧側の200km以浅の地震では海溝傾斜方位(TrDip直線)に集中し,背弧側の200km以深の地震ではプレート運動方位(紫折線)に近付き,震源深度によって異なっている.今回の地震のT軸方位は海溝傾斜方位であり,スラブ傾斜が支配する200km以浅と同じ応力場で起こったことを示している.

3.浜通の2016年12月28日M6.3-tr11km地震と主応力軸入替比較による応力場逆転判定

今回2016年12月28日M6.3-tr11kmの起こった浜通では,2011年3月11日東日本大震災本震M9.0の1か月後の2011年4月11日17時16分,M7.0-tr6kmが起こり,地表に活断層が現れた.この地震が浜通で最大であるので,この地震の主応力方位を基準として以後の解析に使用する.
基準地震の発震機構型は「-tr」で,正断層型であるが,引張T軸が小円方位と異なる側方正断層tr型である,非双偶力成分比が-5%より小さい場合負とするが,基準地震の場合には限界値に近い-39%であり,圧縮P主応力が卓越し,引張T主応力と中間N主応力がほぼ等しい引張応力である.
発震機構は互いに直交する3つの主応力の軸方位と強度値で表される.3つの主応力は圧縮P主応力・引張T主応力・中間N主応力からなるが,地下の岩体に働くのは圧縮P応力と引張T応力のみで,中間N主応力はP軸とT軸の載る平面に直交する軸と定義される.主応力値は引張を正,圧縮を負とし,NはPとTの中間の値を持つ.PとNの差とTとNの差が等しい場合,発震機構は双偶力であり,0でない場合は非双偶力が加わったとみなし,CMT解ではその差を非双偶力nonDC成分比として表される(震源震央分布図の解説).
非双偶力成分比が正の場合は,TとNの差がPとNの差より大きく,Tの引張力が優勢でP・Nともに圧縮力であるが,Pの圧縮力が減少してNの圧縮力より小さくなると,圧縮力の大きいN軸がP軸に入替る.負の非双偶力成分比の場合は,Pの圧縮力が優勢でN・Tとも引張力になり,Tの引張力が減少しNの引張力より小さくなるとN軸とT軸が入替る(図203).このように圧縮応力や引張応力の方位が変わらなくとも,その強度の変化に伴い主応力軸が入替るので,応力場の比較には主応力軸の入替も考慮する必要がある.

図203.非双偶力nonDC成分比と主応力値の関係・主応力値変化による主応力軸入替.

応力場の比較は,基準とする主応力軸方位を回転し,比較する主応力方位に一致させるオイラー極と回転角を算出する方法が用いられる(特報4).主応力軸を入替た基準主応力方位を比較主応力方位に一致させるオイラー回転も算出比較すれば,主応力軸入替について検討できる.
主応力軸入替は6通りできる.その2つは,変化するP・T強度とN強度との相対関係による入替で,N軸がP軸あるいはT軸と直接入替るPN・TNである.
もう一つの直接入替はP軸とT軸の入替PTである.この入替は,岩体に作用する圧縮P応力と引張T応力という逆作用への応力入替なので,応力場の逆転を意味する.このような入替は岩体の破壊・歪の解放・地震断層面の摩擦抵抗の喪失など大地震の際に起こる.
残る2つの入替は,PT逆転応力場において変化するP軸強度・T軸強度とN軸強度との相対関係に対応する2段階入替PTN・TPNである.
水平なP軸とN軸および垂直なT軸の逆断層p型の主応力軸方位を基準orgとすると,PN入替で発震機構型は側方逆断層pr型・TN入替で圧縮横擦断層np型になる.逆極性へのPT入替で正断層t型になり,PTN入替で引張横擦断層nt型・TPN入替で側方正断層tr型になる(特報6,図204).

図204. 6つの主応力軸入替と発震機構型
P:圧縮主応力軸,T:引張主応力軸,N:中間主応力軸,イタリック:発震機構型,org~TPN:主応力軸入替.

これらの主応力軸入替した基準主応力方位を比較主応力方位に一致させるオイラー回転角を6通り算出する.その中で最小のオイラー回転角を与える主応力軸入替を用いて応力場極性を定義する.主応力軸入替が,基準org(黒・紫)・TN(緑)・PN(青)の場合に「正応力場」,PTN(空)・TPN(橙)・PT(赤ピンク)の場合に「逆応力場」と定義する.正極性の場合はオイラー回転角を応力極性回転角とし,逆極性の場合は180から算出オイラー回転角を減じて応力極性回転角とする.90度以下は正極性で,90度以上が逆極性と容易に判別できる.
基準とした2011年4月11日17時16分M7.0-tr6kmの翌日の2011年4月12日6時18分M6.4-np15kmの震央は方位348°北北西方12kmに位置する.この震央位置関係を今後「km12(348)」と震源深度のkmの次に記す.このCMT解の主応力軸方位のオイラー回転角は,無入替orgで88.3°になるが,TN入替で61.0°・PN入替で69.7°・PT入替で92.1°・TPN入替で71.3°,そしてPTN入替で最小の45.0°になる.最小のPTNは逆極性であるので,応力極性回転角は135.0°になる(図205).この逆極性は,基準地震M7.0後この地震M6.4までに応力場逆転を含む本破壊が終了していたことを示している.この二つの地震の間には,M4.5~5.9のCMT解4個あり,先の2つはTN入替で25.2・23.6°であるが,後の2つは入替なしで回転角が37.4・25.7°と基準地震M7.0と同じ応力場極性を保持したままのM4.5~5.9の小規模な破壊の末に応力場逆転によるM6.4が起こったのであろう.これらの浜通地震は深度0~15kmの上部地殻で起こっている.

図205.浜通震源域上部地殻の浜通地震のCMT解の応力極性回転図.
左:震央地図,右:海溝距離-深度断面図(上),縦断面図(中),応力極性回転角(下),+:基準主応力方位地震(2011年4月11日M7.0).

浜通地震の最初のCMT解は,東日本大震災本震後の2011年3月15日16時03分M4.9-t0km26(212)org32.4-14%である.
初動発震機構解では最初に2003年2月20日3時25分M3.5tr11km15(290)TN41.3があり,次に東日本大震災本震後の2011年3月12日10時12分M4.8t11km10(37)TN50.0である(図206).

図206.浜通震源域上部地殻の浜通地震の初動発震機構解の応力極性回転図.
左:震央地図,右:海溝距離-深度断面図(上),縦断面図(中),応力極性回転角(下),+:基準主応力方位地震(2011年4月11日M7.0).

基準地震M7.0から震央距離50km以内を「浜通震源域」と呼び検討すると,上部地殻内(UC)の浜通地震の下には下部地殻から上部マントルの島弧モホ(LC)・太平洋スラブ上面からスラブ深度20kmまでのスラブ上面(TS)・スラブ深度20~40kmのスラブ中部(MS)・スラブ深度40~60kmのスラブ下部(LS)にCMT解38個・初動発震機構解222個がある(図207).

図207.浜通震源域の初動発震機構解の応力極性回転図.
左:震央地図,右:海溝距離-深度断面図(上),縦断面図(中),応力極性回転角(下),+:基準主応力方位地震(2011年4月11日M7.0).

浜通震源域のスラブ上面深度別応力場極性算出入替軸個数・発震機構型個数は

期間 応力場極性算出入替軸個数 発震機構型個数
      上部地殻(UC)
CMT 2011/3/15~2016/12/28 org18/19tn16pn1|ptn1tpn0pt0/0 -t9/13#t14/5T11/3
IS     2003/2/20~2016/12/31 org144/314tn280pn30|ptn28tpn7pt0/0 np30p15/2t432/316nt9
      島弧モホ(LC) -40~0km
CMT 2011/3/16~2016/9/7 org0/1tn4pn1|ptn0tpn0pt0/0 #t1/0T4/0
IS     2011/3/20~2013/8/12 org0/5tn7pn1|ptn1tpn0pt0/0 np1p1/1t9/2
      スラブ上面(TS) 0~20km
CMT 2005/10/22~2015/5/15 org0/3tn2pn0|ptn185pn0pt0/1 P1/0#p3/2+p9-t2/0#t2/0T4/0
IS     1998/1/22~2016/7/19 org0/4tn9pn2|ptn55tpn4pt44/2 np5p65/5t37/2nt6
      スラブ中部(MS) 20~40km
CMT 2010/8/3~2013/3/21 org0/1tn0pn0|ptn1tpn0pt3/0 P1/0#p0/0+p3/0
IS     1998/6/8~2016/9/15 org0/3tn7pn0|ptn5tpn9pt19/2 np6p27/6t1/3nt1
      スラブ下部(LS) 40~60km
CMT 1998/4/9~2012/8/26 org0/1tn2pn0|ptn0tpn0pt0/0 #t1/0T2/0
IS     1998/4/9~2016/12/31 org1/16tn22pn0|ptn1tpn2pt1/0 np1p1/0t30/6nt5

ここで、CMT:CMT解,IS:初動解.orgの「/」の左側が回転角25°以下,ptの「/」の右側が回転角155°以上.発震機構型のTと+pは非双偶力成分比+5%以上の正断層型と逆断層型,-tとPは非双偶力成分比-5%以下の正断層型と逆断層型,#tと#pは±5%以下の正断層型と逆断層型.tとpの「/」の左側が海溝傾斜方位の直方の個数,右側が側方の個数である.
応力場は,スラブ上面深度によって極性を変え,
      上部地殻(UC)無入替(org)優勢,
      島弧モホ(LC)がTN入替優勢の正極性,
      スラブ上面(TS)がPTN入替優勢の逆極性,
      スラブ中部(MS)がPT入替優勢の逆極性,
      スラブ下部(LS)がTN入替優勢の正極性(図207)と異なっている.
発震機構型も異なり,
      上部地殻(UC)で圧縮過剰正断層-t型,
      島弧モホ(LC)で引張過剰正断層T型,
      スラブ上面(TS)で引張過剰逆断層+p型,
      スラブ中部(MS)で引張過剰逆断層+p型,
      スラブ下部(LS)で引張過剰正断層T型が優勢である(図208).
スラブでは非双偶力成分が正の引張過剰であり,スラブが引張られていることを反映し,スラブ上面に接している島弧モホもスラブに引き摺られ引張過剰になっている.スラブ上面の引張過剰逆断層+p型の地震は,スラブ表面が海溝に沿って同心円状屈曲して伸長し,スラブが深発地震面に平面化する際に短縮されて起こる(特報1).
島弧地殻上部では圧縮過剰になっており,その過剰な圧縮は垂直方向に働き,島弧地殻を突き上げ,正断層型優勢になっている.突き上げによる正断層型のため,CMT解で側方正断層-tr型が13,直方正断層-t型が9「-t9/13」とT軸方位に変化が大きい.この下からの突き上げは,直下の島弧モホのスラブ上面に沿う引張優勢と異なり,その間に力学的断絶が存在する.島弧モホの震源は浜通震源域東縁に分布し,浜通地震の上部地殻の下にはスラブの上の楔型マントルがある.東日本大震災本震によるスラブの50m沈込(速報28)が楔型マントル突き上げをもたらしたのであろう.
最初の上部地殻の浜通地震2003年2月20日3時25分M3.5tr11kmは,気仙沼のスラブ平面化地震(特報1)2003年5月26日18時24分M7.1P72kmの3か月前であり,4か月後には十勝沖で2003年9月26日4時50分M8.0p45kmが起こっている(図208).

図208.M7以上の日本海溝域CMT解と浜通震源域CMT解の主応力方位図.
左:震央地図,数字はM7以上のCMT解の年月日,円の範囲が浜通震源域,中:海溝距離-深度断面図,右:縦断面(上),時系列図,左端は浜通震源域の地震断層面積ベニオフ図.

そしてスラブ下部で2005年1月1日5時13分M5.0T89km起きた後,
東日本大震災未遂に当たる一連の地震が,
      本震域の金華山はるか沖で2005年8月16日11時46分M7.2p42km,
      海溝外の東誘発地震域で2005年11月15日6時38分M7.2to45km,
      南誘発地震域の茨城県沖で2008年5月8日1時45分M7.0p51km,
      宮城岩手県境で2008年6月14日8時43分M7.2p8km,
      北誘発地震域北東の十勝沖で2008年9月11日9時20分M7.1p31kmが起こったが,
その間,浜通震源域のスラブ上部で2005年10月22日22時12分M5.6+p52kmが起こっている.
浜通震源域のスラブ中部2010年 8月3日7時30分M4.6+p82km・スラブ上部2010年9月30日21時47分M4.8p51km・2011年 1月1日8時01分M4.7P49kmの後,
      東日本大震災前震2011年3月9日11時45分M7.3p8km・
      東日本大震災本震2011年3月11日14時46分M9.0p24km・
      北誘発地震2011年3月11日15時08分M7.4P32km・
      南誘発地震2011年3月11日15時15分M7.6p43km・
      東誘発地震2011年3月11日15時25分M7.5-to34km(特報1,特報4,2929速報42)に続き,
浜通地震の最初の初動発震機構解2011年3月12日10時12分M4.8t11kmの後,
      スラブ上部で2011年3月14日8時41分M4.6t49km・
      2011年3月14日15時52分M5.2pr52kmが起こり,
      最初のCMT解2011年3月15日16時03分M4.9-t0kmが起こった.
11個の上部地殻CMT解およびスラブ下部と上部のCMT解2個の後,
      スラブ上部2011年4月7日11時40分M4.9T51kmの半日後,
      平面化地震である一つ目の宮城県沖地震4月7日23時32分M7.2+p66kmが起こり,
スラブ上部・中部の地震を挟み4日後に,
      基準地震2011年4月11日17時16分M7.0-tr6km に到り,
      応力場逆転地震2011年4月12日14時07分M6.4-np15kmが起こる.
そして,17個の上部地殻CMT解の後,
      島弧モホ2011年6月4日1時00分M5.5T30kmと2個の上部地殻CMT解,
そしてスラブ上部2011年7月8日3時35分M5.6+p55kmの2日半後に
      日本海溝付近の二つ目の宮城県沖地震2011年7月10日9時57分M7.3+nt34kmが起こり,
      2個の上部地殻地震が続き,4個のスラブ地震と9個の上部地殻地震があった.
2012年には2個の上部地殻地震と5個のスラブ地震の後,
      上部地殻2012年10月17日9時43分M4.5-tr7kmと
      スラブ上部2012年10月24日16時05分M4.5-t51kmに続き,
      海溝域で2012年12月7日17時18分M7.3Te49kmが起こり(速報35速報38),
      2個のスラブ地震が続いた.
2013年には4個の上部地殻地震と4個のスラブ地震の後,
      上部地殻2013年9月9日9時04分M4.4T10km,
      スラブ上部2013年9月30日22時37分M4.4t49km・
      2013年10月11日17時22分M4.3T52kmに続き,
      海溝外で2013年10月26日2時10分M7.1-to56kmが起こり(速報47),
      スラブ上部2013年12月25日7時41分M4.2+p49km,
      上部地殻2013年12月31日10時03分M5.4Tr7kmが続いた.
2014年には上部地殻地震1個とスラブ地震1個の後,
      スラブ上部2014年6月16日5時14分M5.8+p52km・
      上部地殻2014年7月10日17時58分M4.8t5kmの1日半後,
      福島はるか沖2014年7月12日4時22分M7.0T33kmが起こり(速報58),
      上部地殻2014年7月16日17時24分M4.6Tr13kmが続いた.
2015年にはスラブ上部2015年5月15日12時30分M5.0+p51kmと上部地殻2015年 11月20日8時15分M4.3t10kmに留まった.
これらの経過は,浜通震源域の上部地殻の地震とスラブの地震が密接に関係していることと,スラブの地震が日本海溝域のM7以上の大地震と密接な関係にあることを示している(図208).
今回の浜通地震2016年 12月28日21時38分M6.3-tr11kmも非双偶力成分が-24%と楔型マントルからの突き上げによって起こっており,主応力軸回転はorg29.9°と基準地震2011年4月11日17時16分M7.0-tr6km と同一応力場で起こっている.今回の規模M6.3は基準地震の1日後の2011年4月12日14時07分M6.4-np15kmに次ぐ.2つ目のM6以上の浜通地震である.応力場逆転を伴う本破壊を起こした基準地震M7.0で歪が解放されたとすると,5年間でM6.3の歪が蓄積したことになる.同心円状屈曲スラブの平面化が楔型マントルを通して島弧地殻に歪を蓄積していれば,平面化地震活動の活発化が今回の浜通地震に結び付く.2016年の浜通震源域スラブのCMT解は7月27日の1個のみであるが,東北東に隣接する福島県沖震源域では2016年11月22日5時59分M7.4-t25km(月刊地震予報86)を含む19個のCMT解が公表されている.この活発なスラブ地震活動が今回の浜通地震を起こしたと考えられる(図209).

図209.浜通震源域と福島県沖震源域のCMT解についての応力極性回転図.
左:震央地図.中:海溝距離-深度断面図,上2つが福島県沖震源域,下が浜通震源域,右:縦断面図(上)と時系列図・応力極性回転角.+:基準主応力方位地震(2011年4月11日M7.0).

今回の地震後,初動発震機構解6個・速報解9個公表されているが,応力場極性は逆転していないことから,前震とも考えられるので更に大きな地震に警戒が必要である.ただし,浜通震源域では基準地震M7.0で応力場逆転を含む本破壊を起こしていることから,M7.0の歪は蓄積できず,大きくともM6.5程度と予想される.

4.2017年1月の月刊地震予報

熊本地域の地震は,2016年11月に速報解が1個・初動解が3個と鎮静化している.2016年10月21日鳥取県中部M6.6震源域の地震も,2016年12月に初動解が2個と鎮静化している.
フィリピン海プレートの沈込域のCMT解は1個・0.002月分と2012年11月の0個以来の最低を記録した.2012年11月の4カ月後の2013年3月から6月には台湾を始め西南日本の地震が続いたことから嵐の前の静けさと考え,警戒が必要である.
大正関東地震M8.2や東南海地震M8.2と関連する福島県沖地震域の南西に接する浜通地震域でもM6.3の地震が起ったが,本震に到ったどうか分らないので警戒が必要である.2016年12月にM6以上の地震のあった浜通とマリアナに挟まれている関東地方の地震に厳重な警戒が必要である.

月刊地震予報86)福島県沖地震の前震と本震の判定・震源域と日本海溝域の応力場・歴史地震,2016年12月の月刊地震予報

1.2016年11月の地震活動

気象庁が公開しているCMT解を解析した結果,2016年11月の地震個数と総地震断層面積のプレート運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で23個2.731月分,千島海溝域で1個0.003月分,日本海溝域で14個18.030月分,伊豆・小笠原海溝域で4個0.272月分,南海・琉球海溝域で4個0.039月分であった(2016年11月日本全図月別).
2016年11月のM6以上の地震は,福島県沖の2016年11月22日M7.4+np11kmとその余震である.

2.福島県沖地震の主応力方位による前震と本震の判定

2016年11月22日5時59分,福島県沖で規模M7.4正断層t型深度24kmの地震が最上小円区と鹿島小円区の境界部で起こった(2016年11月東日本月別).小円区は海溝軸方位の屈曲に従って区分されており,海洋側に凸に屈曲する最上小円区と島弧側に凸に屈曲する鹿島小円区の境界域は,海溝軸方位が日本海溝全体の海溝軸方位から最も異なっている(震源震央分布図の解説).
2016年11月にこの震源域でCMT発震機構解9個・最大地震M7.4についての速報発震機構解1個が公表された.これらの地震は最大地震の震央から50km以内に収まっているので,最大地震から震央距離50km以内を震源域と呼ぶことにする.
2016年11月には日本海溝域について速報解9個公表されたが(2016年11月東日本IS月別),今回の福島県沖地震の震源域が海域であったとは言えM7.4と大きかったにもかかわらず,最大地震1個のみであったことは,熊本地震(月刊地震予報79)や島根県中部地震(月刊地震予報85)の速報解に比較して余りにも少ない.この間,2016年11月23日小笠原諸島西方沖M5.7・2016年11月24日鳥島近海M5.3のCMT解は速報解として公表されている.現在,日本海溝域には海底ケーブル地震計設置中とのことであるが,本格稼働によって現在の伊豆小笠原海域より劣る観測体制が改善され,西南日本程度の速報解公表が待たれる.
最大地震M7.4発震機構の主応力軸方位と伏角は,速報解が「P303+80T137+10N46+2」,CMT解が「P27+71T141+8N233+17」であった.CMT解の主応力軸方位を基準にした速報解主応力軸方位のEuler回転(特報4)は「-20.6(324-20)」と算出される.最初の数値「-20.6」の絶対値が反時計回りの回転角であり,括弧内の最初の数値「324」は北から時計回り360°法によるEuler回転軸の方位で,北西方を示す.2つ目の数値「-20」は,回転軸の伏角で負符号なので上向きに20°の傾きを表している.これらの数値は,速報解の主応力方位がCMT解の主応力方位を北西方向やや上向きの回転軸の周りを反時計回りに20°回転したものであることを示している.この回転では頂点が海洋側に回転するので、回転方向を示す符号を負として回転角に付けてある.
本震源域の地震は同心円状屈曲して沈込む太平洋スラブ上部と島弧マントル・地殻で起こっている.最大地震M7.4CMT解を基準とした本震源域CMT発震機構解主応力方位のEuler回転を以下に示す.

                 時刻                  規模発震機構型深度   回転角(回転軸方位・伏角)
2016年11月27日19時17分        M4.5-t24km         +33.8(294-20)
2016年11月24日13時48分        M4.7-tr27km        +90(231-74)
2016年11月24日6時23分         M6.2-t24km          +34.0(172-81)
2016年11月23日21時42分        M4.7t17km          -14.0(349-47)
2016年11月23日18時36分        M4.5T33km        -52.8(318+14)
2016年11月22日23時03分        M5.7+nt28km      -85.7(311-9)
2016年11月22日19時58分        M4.5-t18km        +29.8(289-30)
2016年11月22日5時59分         M7.4-t25km          最大地震,基準,本震
                                                                          P27+71T141+8N233+17
2016年11月2日7時37分          M4.9t27km          -24.7(61+29)前震
2016年9月29日20時57分        M4.8+nt29km      +32.4(149+10)
2016年9月11日12時22分        M4.6pr41km        +87.6(262+38)
2016年8月15日16時4分         M5.6t47km          +67.4(213-8)
2016年5月13日2時43分         M4.5P37km         +81.5(223-24)
2016年4月20日21時19分        M5.8+p49km       +80.2(222-10)
2016年2月22日3時3分           M4.7+nt29km       +31.1(147+8)

最大地震の20日前に起こった2016年11月2日M4.9の主応力方位は,回転角が24.7°と小さく最大地震とほぼ同じ主応力場で起こっていることから,前震と判定できる.
2016年4月から2016年8月までの本震源域地震の深度は37km以深で,太平洋スラブ上面より深い.回転軸伏角は-24~+8°とほぼ水平に近く,回転軸方位も213~223°と一定している.しかし,9月11日の深度41kmの地震M4.6では,回転軸の伏角が+38°に増大し,方位も262°に変化したため,水平回転して発震機構型が斜方逆断層pr型に変化した.9月29日の地震はスラブ上面付近の島弧マントルの深度27km で起こった.この深度の地震は2月22日にも起こっているが,これらのEuler回転はほぼ等しく,変化は認められない.11月に入り深度が浅くなり,震源はスラブより上の島弧マントル・地殻に移った.
太平洋スラブ内で進行していた破壊に9月11日変化が起こったが,その変化はスラブ上面と接する島弧マントルへ9月29日までは及んでいなかった.しかし,11月2日にはその変化が島弧マントル・地殻に及び,今回の福島県沖地震を起こしたことになる.
2016年11月22日5時59分の最大地震M7.4の15時間後,11月22日23時3分の地震M5.8の回転角が-85.7と最大限度に達し,最大地震を起こした応力場が保持されず崩壊していることから,最大地震が本震と判定される.

3.2016年11月22日福島県沖地震M7.4震源域と日本海溝域の応力場

2016年11月22日福島県沖地震M7.4の震源域からCMT解(1994年9月以降)が169個公表されているが,2011年3月11日東日本大震災以降が147個と87%を占め急増している.これらのCMT解の主応力方位を今回の福島県沖地震M7.4を基準にEuler回転角を算出すると,25°以内の地震は11個と6.5%しか起こっていない.しかも,この主応力方位の地震は2011年3月11日東日本大震災以前に全く起こっておらず,今回の地震が東日本大震災によって大きく変化した応力場に対応していることを示している(図198の黒色).

図198.2016年11月22日の福島県沖地震M7.4-tのCMT解主応力方位を基準にした震央距離50km以内の全CMT解の主応力方位Euler回転角. ×:基準震源,左図:震央図,中図:海溝距離・深度断面図,右上図:縦断面図,右下図:時系列図で左端はEuler回転角図.

図198.2016年11月22日の福島県沖地震M7.4-tのCMT解主応力方位を基準にした震央距離50km以内の全CMT解の主応力方位Euler回転角.
×:基準震源,左図:震央図,中図:海溝距離・深度断面図,右上図:縦断面図,右下図:時系列図で左端はEuler回転角図.

日本海溝域全CMT解2249個についてのEuler回転角でも,25°以内は100個のみの4.4%であり,2011年3月11日の東日本大震災以前には3個しか起こっていない(図199の黒色).

図199.2016年11月22日福島県沖地震M7.4-tのCMT解主応力方位を基準にした全CMT解の主応力方位Euler回転角. ×:基準震源,左図:震央図,中図:海溝距離・深度断面図,右上図:縦断面図,右下図:時系列図で左端はEuler回転角図.

図199.2016年11月22日福島県沖地震M7.4-tのCMT解主応力方位を基準にした全CMT解の主応力方位Euler回転角.
×:基準震源,左図:震央図,中図:海溝距離・深度断面図,右上図:縦断面図,右下図:時系列図で左端はEuler回転角図.

比較のため,2011年3月11日東日本大震災本震M9.0の主応力方位を基準に全CMT解2249個のEuler回転角を算出すると,25°以内が697個と31%を占め,大震災前には更にCMT解520個中207個と40%に達している(図200の黒色).
今回の福島県沖地震本震と東日本大震災本震を基準にしたM7以上のCMT解についてのEuler回転は;

      年月日(時分)                    地震                              回転角(Euler極方位伏角)
2016/11/22(5.59)          福島沖M7.4-t25km                     基準                 -65.3(51+14)
2014/7/12(4.22)           本震域M7.0T33km                 -50.1(342-65)      -77.4(16-10)
2013/10/26(2.10)       海溝外M7.1-to56km                 -44.7(0-83)          -71.1(26-17)
2012/12/7(17.18)       海溝域M7.3Te49km                 -45.1(358-46)       -86.0(21+1)
2011/7/10(9.57)        二つ目M7.3+nt34km                 +77.0(143-24)       -90.7(88-35)
2011/4/11(17.16)          浜通M7.0-tr6km                     +78.2(231-7)        -68.8(3-46)
2011/4/7(23.32)          一つ目M7.2+p66kn                 -82.2(27-24)         +45.1(210+2)
2011/3/11(15.25)         東余震M7.5-to34km                +39.5(272-75)      -59.1(25-14)
2011/3/11(15.15)         南余震M7.6p43km                 +84.2(226-10)       +20.4(207-11)
2011/3/11(15.08)         北余震M7.4P32km                 +65.9(230-14)        +1.9(154-32)
2011/3/11(14.46)         本震M9.0p24km                     +65.3(231-14)          基準
2011/3/9(11.45)          前震M7.3p8km                         +67.2(228-15)       +3.8(172-52)
2008/9/11(9.20)          十勝沖M7.1p31km                   +80.6(235-17)      +16.2(253-18)
2008/6/14(8.43)          県境地震M7.2p8km                 +88.9(213+4)        +39.1(170+3)
2008/5/8(1.45)            茨城県沖M7.0p51km               +75.1(232-11)       +10.5(221+6)
2005/11/15(6.38)        海溝外M7.2to45km                 +40.5(200-77)       -59.1(34-21)
2005/8/16(11.46)        金華山沖M7.2p42km               +73.0(231-10)        +9.2(210+12)
2004/11/29(3.32)        釧路沖M7.1p48km                    +89.7(247-5)       +33.2(257+30)
2003/9/26(4.50)         十勝沖M8.0p45km                    +63.9(239-17)        -8.8(331+15)
2003/5/26(18.24)       気仙沼沖M7.1P72km                -81.1(11-34)          +60.0(205-17)
1995/1/7(7.37)          八戸沖M7.2+p48km                    +71.7(218-9)        +17.4(153-18)
1994/12/28(21.19)    三陸はるか沖M7.6P60km           +63.6(235-15)        -4.6(341+24)

今回の福島県沖地震基準のEuler回転角は最小でも39.5°と大きく,日本海溝域のM7以上の大地震とは主応力方位が合致しない.
一方,東日本大震災本震基準の回転角は,最小1.9°で25°以下が21個中9個と約半数が応力場を共有している.しかも,それらの地震は全て東日本大震災2011年3月11日以前に起こっており,大震災本震当日に日本海溝域で応力場が急変したことを示している.

図200.2011年3月11日東日本大震災本震のCMT解主応力方位を基準にした全CMT解の主応力方位Euler回転角. ×:基準震源,左図:震央図,中図:海溝距離・深度断面図,右上図:縦断面図,右下図:時系列図で左端はEuler回転角図.

図200.2011年3月11日東日本大震災本震のCMT解主応力方位を基準にした全CMT解の主応力方位Euler回転角.
×:基準震源,左図:震央図,中図:海溝距離・深度断面図,右上図:縦断面図,右下図:時系列図で左端はEuler回転角図.

大震災で応力場が急変したとは言え,回転軸の伏角は,30°以下が21個中17個とほぼ水平な回転軸の周りの回転である.回転軸方位は南北性の海溝軸方位と並行している.このEuler回転は,東日本大震災本震M9.0の応力場を海溝軸方位の回転軸の周りに回転させた応力場がM7以上の大地震を起こしていることを意味し,海溝から屈曲沈込む太平洋スラブとの相対運動によって形成される応力場が日本海溝域を支配していることを示している.
今回の福島県沖地震M7.4の主応力方位は,日本海溝域に一般的な応力場と明確に異なっている.この相違は東日本大震災本震以後に出現し,福島沖震源域に固有である.地震が起こったのが,太平洋スラブ上面より上の島弧側マントル・地殻であり、スラブ傾斜方向とスラブ運動方向が異なる小円区境界に位置していたことが影響しているであろう.

4.2016年11月22日福島県沖地震M7.4震源域の歴史地震

2016年11月22日福島県沖地震M7.4の震源域では,以下に示す10個の被害地震が報告されている(図201の緑色).これらの歴史地震と日本全域の歴史地震との関連を検討するため,M8以上の巨大地震全て(図201の赤色)と今回の震源域内の地震の前後5年以内のM7以上の大地震(宇佐美,2003;Seno &Eguchi, 1983)を検討した.

図201.M7以上の歴史地震(宇佐美,2003;Seno &Eguchi, 1983). 緑色:福島県沖震源域の全ての歴史地震,赤色:M8以上の巨大歴史地震. ×:福島県沖震源,左図:震央図,中図:海溝距離・深度断面図,右上図:縦断面図,右下図:時系列図で左端は地震断層面積のベニオフ図(特報5).

図201.M7以上の歴史地震(宇佐美,2003;Seno &Eguchi, 1983).
緑色:福島県沖震源域の全ての歴史地震,赤色:M8以上の巨大歴史地震.
×:福島県沖震源,左図:震央図,中図:海溝距離・深度断面図,右上図:縦断面図,右下図:時系列図で左端は地震断層面積のベニオフ図(特報5).

福島県沖震源域の歴史地震      M8以上の地震と5年以内のM7以上の地震
                                                                        2015年5月30日M8.1t682km小笠原
                                                                        2013年5月24日M8.3P609kmカムチャツカ
                                                                        2011年3月11日M9.0p24km東日本大震災
                                                                        2007年1月13日M8.2Te30km千島海溝
                                                                        2003年9月26日M8.0p45km十勝沖
                                                                        1994年10月4日M8.1?北海道東方沖地震
                                                                        1989年11月2日M7.1?0km三陸はるか沖
1987年4月23日5時13分M6.5?47km
1987年4月7日9時40分M6.6?44km
                                                                        1987年1月14日M7.0?119km日高山脈北部
                                                                        1968年5月16日M8.1?7km十勝沖地震
                                                                        1963年10月13日M8.1?60km択捉島沖
                                                                        1958年11月7日M8.1?32km択捉島沖
                                                                        1953年11月26日M8.0?33km房総沖地震
                                                                        1952年11月5日M8.3?0kmカムチャツカ
                                                                        1952年11月5日M8.2?0kmカムチャツカ
                                                                        1952年3月4日M8.2?0km十勝沖地震
                                                                        1946年12月21日M8.2?30km南海地震
                                                                        1945年2月10日M7.1八戸北東沖
                                                                        1944年12月7日M8.2東南海地震
                                                                        1943年9月10日M7.2鳥取地震
                                                                        1943年6月13日M7.1八戸東方沖
1942年2月21日16時7分M6.5?42km
                                                                        1941年11月19日M7.2?0km日向灘
                                                                        1940年8月2日M7.5?10km神威岬沖
1938年11月7日6時39分M6.9?20km
1938年11月6日17時54分M7.4?0km
1938年11月5日19時50分M7.3?30km
1938年11月5日17時43分M7.8?45km
                                                                        1938年5月23日M7.0塩屋崎沖
                                                                        1937年7月27日M7.1金華山沖
                                                                        1936年11月3日M7.5金華山沖
                                                                        1935年4月2日M7.1?台湾
                                                                        1933年3月3日M8.1?10km昭和三陸地震
                                                                        1926年6月29日M7.0?150km沖縄西方沖
                                                                        1924年1月15日M7.3?0km丹沢
                                                                        1923年9月2日M7.3?14km勝浦沖
                                                                        1923年9月1日M8.2?5km大正関東地震
                                                                        1923年7月13日M7.1?0km種子島
1922年1月23日7時5分M6.5
                                                                        1921年12月8日M7.0?龍ヶ崎
                                                                        1918年11月8日M7.7?得撫島沖
                                                                        1918年9月8日M8.2?得撫島沖
                                                                        1915年5月1日M8.0?千島海溝
                                                                        1911年6月15日M8.1?喜界島
                                                                        1904年6月25日M8.0?カムチャツカ
                                                                        1901年6月24日M7.5?奄美大島
                                                                        1901年6月15日M7.0?陸中沖
                                                                        1901年4月5日M7.9?国後
                                                                        1900年12月25日M7.1?根室沖
                                                                        1900年5月12日M7.0?宮城県北部
                                                                        1899年11月25日M7.1?日向灘
                                                                        1899年3月7日M7.0?紀伊半島南東部
                                                                        1898年9月1日M7.0?八重山
                                                                        1898年4月2日M7.2?宮城県沖(三つ目)
                                                                        1897年11月23日M7.9?カムチャツカ
                                                                        1897年8月5日M7.7?仙台沖(二つ目)
                                                                        1897年2月20日M7.4?仙台沖(一つ目)
                                                                        1896年8月31日M7.2?陸羽地震
1896年8月1日M6.5?
                                                                        1896年6月15日M8.5?明治三陸地震
                                                                        1896年1月9日M7.0?鹿島灘
                                                                        1895年1月18日M7.2?霞ケ浦
                                                                        1894年10月22日M7.0?庄内地震
                                                                        1894年6月20日M7.0?東京湾北部s
                                                                        1894年3月22日M7.9?根室南西沖
                                                                        1893年6月4日M7.8?千島南部
                                                                        1891年10月28日M8.0?濃尾地震
                                                                        1854年12月24日M8.4?安政南海地震
                                                                        1854年12月23日M8.4?安政東海地震
                                                                        1793年2月17日M8.4?日本海溝外
                                                                        1717年5月13日M7.5?金華山沖
                                                                        1715年2月2日M7.0?大垣・名古屋
1710年9月15日M6.5
                                                                        1707年10月28日M8.6?宝永地震

これらの地震の中で1938年11月5日M7.8福島県東方沖地震は,深度が45kmから0kmに渡っており,最初のM7.8に続く1日半内にM7.3・M7.4・M6.9が連発し,牡鹿半島先端の鮎川で最大124cmの津波が観測されている.今回も1938年と同様に連発地震が起こる可能性も大きかったが,CMT解が公表されるまでに起こらなかったことは不幸中の幸いであった.
この震源域の地震は,1707年宝永地震M8.6の3年後,1896年明治三陸地震M8.5の1月半後,1896年陸羽地震M7.2の1月前,1923年大正関東地震M8.2の前年,1933年昭和三陸地震M8.1の5年後,1944年東南海地震M8.2の2年前,今回も2011年東日本大震災M9.0の5年後に起こっており,巨大地震との関連が強い.
1896年6月15日M8.5明治三陸地震の後に,1896年8月1日陸羽地震M7.2,1897年2月20日仙台沖M7.4,1897年8月5日仙台沖M7.7,1898年4月22日宮城県沖M7.2,そして1900年5月12日宮城県北部M7.0が起こっている.この中で,仙台沖と宮城県沖の地震を一つ目・二つ目・三つ目の宮城県沖地震と名付けて警戒を呼び掛けていたが(速報5),一つ目が2011年4月7日金華山沖M7.2+p66km,二つ目が2011年7月10日日本海溝付近M7.3+nt34kmとして起こった.その後M7.0以上の地震は起こっていなかったが,2015年5月13日女川沖M6.8p46kmが三つ目に対応するであろう.島弧マントル・地殻で起こっている今回の福島県沖の地震は,1900年5月12日の宮城県北部M7.0,2011年4月11日の浜通地震M7.0は1896年8月1日の陸羽地震M7.2に対応できよう.

4.2016年12月の月刊地震予報

熊本地域の地震は,2016年11月に速報解が2個・初動解が3個と,10月の3個・3個から減少している.
2016年10月21日鳥取県中部M6.6震源域の地震は,2016年11月に速報解が3個・初動解が3個あり,10月の34個・16個から明瞭に減少し,終息に向かっている.
フィリピン海プレートの沈込域の1994年9月以降のプレート運動面積に対する総地震断層面積の比は,0.504とM8.7級の巨大地震の歪が蓄積されている.福島県沖震源域で起こった歴史地震の後に大正関東地震M8.2や東南海地震M8.2が起こっていることから警戒が必要である.また,2016年9月23日房総三重会合点地震の3~6ヶ月後(今年2016年末から2017年にかけて)に関東におけるM6以上の地震が予想されているので,厳重な警戒が必要である(月刊地震予報84).

引用文献

Seno, T. & Eguchi, T. (1983) Seismotectonics of the western Pacific region. Geodynamics of the western Pacific-Indonesian region, Geodynamics Series, 11, American Geophysical Union, 5-40.
宇佐美龍夫(2003)最新版日本被害地震総覧.東京大学出版会,605p.

月刊地震予報85)鳥取県中部地震の本震判定・海溝距離深度断面図の改訂・2016年11月の月刊地震予報

1.2016年10月の地震活動

 気象庁が公開しているCMT解を解析した結果,2016年10月の地震個数と総地震断層面積のプレート運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で18個0.407月分,千島海溝域で1個0.155月分,日本海溝域で7個0.141月分,伊豆・小笠原海溝域で4個0.223月分,南海・琉球海溝域で6個0.827月分であった(2016年10月日本全図月別).
2016年10月のM6以上の地震は,鳥取県中部2016年10月21日M6.6+np11km と千島海溝域の択捉島沖2016年10月24日M6.0P0kmの2個である.
択捉島沖の地震M6.0Pの初動深度は0kmと島弧地殻表層であるが,CMT深度は41kmと沈込スラブ表面にある.この震央から南南西に50kmの沈込スラブ表面で1994年10月4日北海道東方沖地震M8.1?28kmが起こっている.

2.鳥取県中部地震の本震判定

2016年10月21日14時07分に鳥取県中部でM6.6np10kmが起こり,速報発震機構解34個・精査後の初動発震機構解16個・CMT解4個が公表された.速報値は地震後約1時間半に公表され,精査後の発震機構解がその後公表されている.
最大地震M6.6の直後から,テレビ局は臨時報道を開始した.その報道で気象庁の「同程度の余震に注意」との発表を伝えたが,その後2016年4月の熊本地震(月刊地震予報79)の経験から「同程度以上の本震が起こる可能性」にも注意するよう呼び掛けがあった.最大地震M6.6が起こった時には速報発震機構解として直前に起こった10月21日12時12分M3.8について既に公表されており,15時40分には最大地震を含む8個の速報値が公表された.この時点で筆者は,震源深度・主応力方位回転角(特報4)から最大地震が本震であり,12時12分M3.8が前震と判定した.公表された発震機構速報解と初動発震機構解および最大地震M6.6の発震機構速報解を基準にした主応力方位回転・震源位置関係を以下に示す(図196).

発震時刻  主応力回転 規模型深度   距離[方位]/深度差   (精査後)

2016年10月21日
12時12分  +24.0   M4.2np10km   0/0km       (+9.8 M4.2np10km 5/0km)
14時07分  基準    M6.6np10km   基準       (+10.7 M6.6np11km 5/+1km)
14時30分  -60.7   M4.6pr10km   9[270]/0km
14時33分        M4.3?0km    0/10km
14時46分        M4.3?10km   9[270]/0km
14時50分  +26.9   M4.4nt10km   0/0km
14時53分  +66.5   M5.0nt10km   0/0km       (-33.0 M5.0nt9km 5/-1km)
15時02分        M4.2?10km   0/0km
15時13分  -78.5   M3.5p10km   11[180]/0km
15時27分  +62.8   M3.7p10km   9[270]/0km
15時31分        M3.7?0km   11[180]/-10km
15時47分        M3.7?10km   0/0km
15時58分  -82.4   M3.6t10km   0/0km
16時21分        M4.2?10km   9[270]/0km     (-27.0 M4.3nt9km 8/-1km)
16時52分  -37.1   M4.2nt0km   0/-10km
16時59分  +41.5   M3.7nt10km   9[270]/0km     (-27.8 M3.5nt10km 7/0km)
17時51分        M3.5?10km   9[270]/0km
17時55分        M3.5?10km   0/0km
17時59分  -48.8   M4.3np10km   9[270]/0km      (-19.4 M4.3np9km 7/-1km)
18時35分        M3.9?10km   0/0km
19時20分        M3.7?10km   9[270]/0km
20時16分                          (+12.6 M3.2np10kn 7/0km)
22時03分  +77.0   M4.0t10km   9[270]/0km
22時41分        M4.0?10km   9[270]/0km
22時53分  -74.8   M3.8tr10km   0/0km        (-79.2 M3.8tr8km 5/-2km)
23時03分  -71.6   M3.7nt10km   0/0km
2016年10月22日
0時32分                          (+36.3 M3.3nt8km 5/-2km)
6時17分  +19.5   M4.1np10km   9[270]/0km     (-49.2 M4.0nt11km 8/+1km)
12時08分  +22.6   M3.6nt10km   0/0km
19時45分        M3.5?10km   0/0km       (-49.2 M3.5nt12km 5/+2km)
21時57分  +43.2   M3.5nt10km   0/0km

図196.2016年10月の鳥取県中部地震.  左図:震央地図と右上図南海・紀南小円区震源断面図には2015年11月2016年10月までのCMT発震機構解の主応力軸方位を示した.図中の数列は沖縄トラフ最大地震(速報74)・熊本地震(速報79)・朝鮮半島地震(月刊地震予報82・月刊地震予報84)・鳥取県中部地震の年月日と規模Mを表す. 右下図は,2016年10月の鳥取県中部地震の主応力回転角(EulerRot:特報4)と地震断層面積対数の0.2日間移動平均曲線(logArea).速報発震機構解(Prel)・精査後初動発震機構解(IS)・精査後CMT発震機構解(CMT).右縁の数字は2016年10月の日付.

図196.2016年10月の鳥取県中部地震.
 左図:震央地図と右上図南海・紀南小円区震源断面図には2015年11月2016年10月までのCMT発震機構解の主応力軸方位を示した.図中の数列は沖縄トラフ最大地震(速報74)・熊本地震(速報79)・朝鮮半島地震(月刊地震予報82月刊地震予報84)・鳥取県中部地震の年月日と規模Mを表す.
右下図は,2016年10月の鳥取県中部地震の主応力回転角(EulerRot:特報4)と地震断層面積対数の0.2日間移動平均曲線(logArea).速報発震機構解(Prel)・精査後初動発震機構解(IS)・精査後CMT発震機構解(CMT).右縁の数字は2016年10月の日付.

前震・本震・余震

震源域の地下応力が上昇し,破壊強度に達すると,破壊強度の小さい部分から破壊が進行し前震となる.次いで最後まで残った最も大きな破壊強度の部分が破壊する本震に到る.地下応力は本震まで解放されないため,前震と本震の主応力はほぼ同じ方位を保持する.震源域の本破壊によって応力が解放され,次に急変した応力変化に対応して生ずる新たな破壊に対応する余震が起こる.余震の主応力方位は前震や本震と異なりばらつきが大きく,地下応力の解放面である地表にまで達する.
速報値は緯度・経度が0.1°精度,深度が10km精度で公表され,10km以浅は「ごく浅い」とされるが「0km」と示す.今回の地震の震源は緯度経度が±0.1以内(南北11km・東西9km以内)で一致していることから,同一破壊域で起こった前震・本震・余震として扱うことができる.前震・本震・余震の判定基準に従うと,2016年10月21日12時12分M4.2np10kmと14時7分の最大地震M6.6np10kmは震央と深度が一致し,主応力方位の回転が24.0°と小さいことからも,M4.2が前震と判定できる.最大地震後の14時30分M4.6pr10kmの主応力方位は最大地震から-60.7°回転して大きく外れ,14時33分M4.3?0kmでは深度が0kmと地表に達している理由により,M6.6が本震で,以後が余震と予想できた.14時46分?10kmでは経度が0.1°ずれ,14時50分M4.4nt10kmでは主応力方位回転が26.9°と本震方位に戻るが,14時53分M5.0nt10kmで+66.5°,15時13分M3.5p10kmで経度が0.1°ずれ-78.5°,15時27分M3.7p10kmで+62.8°と大きく外れ,15時31分M3.7?0kmで深度が地表に達している.以上からこれらの地震が余震であることが確定し,14時7分M6.6が本震であったことが確認された.この段階で,熊本地震(月刊地震予報79)や東日本大震災(特報4)で起こった最大前震後の本震の心配は無くなったと言える.速報値をホームページで公表している気象庁が,速報値情報を得た段階で解析し,地震活動が前震・本震・余震のどの段階であるかを判定理由とともに地震予報として発信すれば,地域住民の安全安心に大きく寄与すると実感した.
 

3.海溝距離深度断面図の改訂

 震源位置を表示するために使用してきた海溝距離深度断面図では,深度0の地表を直線として作図してきた.しかし,2015年以降,660km以深の下部マントル地震が起こり,地球表面の曲率を無視することができなくなったため,断面図に地球断面図を使用することとした.
 海洋プレートは同心円状に屈曲し,海溝に沿って沈込スラブになるが,地球断面図ではこの屈曲の中心を基準にし[2016年11月20日改訂],そこから下した垂線上に地球中心を位置付け,同心円状屈曲円と平面化スラブ面および,半径6366.2kmの地表,5956.2km深度410kmのマントル遷移帯上面,5706.2km深度660kmの下部マントル上面を示す(図197).

図197.地球の曲率を考慮した日本全域震源分布図.  1994年9月から2016年10月までのCMT発震機構解の主応力軸方位を示す. 右中の日本海溝域断面図Bでは下部マントル上面に当たる660km等深線までほぼ平面状に沈込むスラブ内震源が分布しており 右下の伊豆・小笠原・Mariana海溝域断面図Cでは,傾斜を次第に増大させ垂直になった沈込スラブ内震源が下部マントル上面以深に達するとともに,屈曲したまま下部マントル上面に達した沈込スラブ内震源が示されている.

図197.地球の曲率を考慮した日本全域震源分布図.
 1994年9月から2016年10月までのCMT発震機構解の主応力軸方位を示す.
右中の日本海溝域断面図Bでは下部マントル上面に当たる660km等深線までほぼ平面状に沈込むスラブ内震源が分布しており
右下の伊豆・小笠原・Mariana海溝域断面図Cでは,傾斜を次第に増大させ垂直になった沈込スラブ内震源が下部マントル上面以深に達するとともに,屈曲したまま下部マントル上面に達した沈込スラブ内震源が示されている.

 この改訂に伴い,同心円状スラブの平面化角が地表の曲率分増大し,千島小円区で46°から50°,襟裳・最上・鹿島小円区で28°から37°,伊豆小円区で75°から92°に変更した.

4.2016年11月の月刊地震予報

熊本地域の地震は,2016年10月に初動発震機構解(速報値)が3個・精査後3個・CMT解0個であり,前月9月の5個・11個・1個から明瞭に減少した.この減少には朝鮮半島の2016年9月12日M5.1・M5.7(月刊地震予報84)および鳥取県中部の2016年10月21日M6.6による応力場の変化が関係していよう.
房総三重会合点で2016年9月23日M6.7が起こった.この3~6ヶ月後に予想される今年2016年末から2017年にかけて,関東におけるM6以上の地震に厳重な警戒が必要である(月刊地震予報84).
フィリピン海プレートの沈込域の1994年9月以降のプレート運動面積に対する総地震断層面積の比は,0.484から熊本地震によって0.506に増大したが,9月までに0.503と減少し,鳥取県中部地震によって0.504に増大したもののM8.7級の巨大地震の歪が蓄積されており,警戒が必要である.