速報28)東日本巨大地震が変えた地震活動様相

1.東日本巨大地震前後の地震活動

 気象庁公表のCMT震源機構解を解析したところ,2011年3月11日の東日本巨大地震M9.0(東北地方太平洋沖地震)前の16年半に起こっていた地震は,日本全域に亘って1124震源に達していた.巨大地震後の1年3ヶ月間には既に1180震源が日本海溝域に集中して起こっている.巨大地震によって地震活動が10倍以上活発化したが(図59),初動震源位置とCMT発震機構型(震源震央図解説)の解析によって,巨大地震が地震活動の様相を一変させたことが明らかになった.

図59.東日本巨大地震による地震活動様相の変化.左:巨大地震前,右:巨大地震後.

2.東日本巨大地震後の日本海溝域震源機構型の対称配置

 巨大地震後の地震の89%は,日本海溝域で起こっている.日本海溝の輪郭は,海溝の外側に適合小円の中心を持つ襟裳小円区・鹿島小円区と海溝の内側に中心を持つ最上小円区に3分される.これらの地震の発震機構型は,最上小円区の中心軸に対称な配置となっている.中心軸付近には調整移動nt型・裂開tr型が,そして広く引張t型が配置し,最上小円区と襟裳および鹿島小円区の境界線を越えると,圧縮p型および襞押pr型や圧縮移動np型が配置している(図60).

図60.日本海溝域の東日本巨大地震による地震活動様相の変化.
左:巨大地震前.右:巨大地震後.発震機構型は巨大地震後,最上小円区中心軸に対称に分布.
緑色線:襟裳小円区・最上小円区・鹿島小円区の境界線と断面図表示範囲.
黒破線:最上小円区中心軸


図62.日本海溝域の海底地形とM7.0以上の地震および歴史地震の震央.×が初動震源,結線先端がCMT震源.色は発震機構型.

図61.海溝輪郭による沈み込みスラブの過不足と発震機構型の関係

 海溝の輪郭と発震機構型の配置が関係していることは,テーブルクロスが垂れ下がって襞を作る現象で説明できる.襟裳・鹿島小円区の沈み込み域ではスラブが過剰になり圧縮p型・襞押pr型・圧縮移動np型の地震が起こるが,最上小円域では逆にスラブが不足するので引張t型・裂開tr型・調整移動nt型が起こる(図61).

3.最上小円区中心軸上の調整移動横ずれ断層nt型地震と二番目の宮城県沖地震

 これらの地震の中で,最上小円区中心軸付近の調整移動横ずれ断層nt型地震は,スラブの過不足関係を明示している.この地震の引張主応力T軸は,スラブが不足して太平洋プレートが引き込まれるスラブ傾斜方向を向き,圧縮主応力P軸は過剰なスラブが押し出される方向を持っている.この地震の中で最大の地震は,2011年7月10日に起こった二つ目の宮城県沖地震M7.3であるが(速報13),この震央は横ずれ断層型地形の海溝陸側斜面上に位置しており(図62),この横ずれ型地震の変移と関係していることを示唆している.また,この震源付近で明治三陸津波地震(1896年6月15日)後の二つ目の宮城県沖地震M7.7が,1897年8月5日に起こっている.

4.東日本巨大地震前の発震機構型の対称配置

 発震機構の様相は巨大地震で一変したが,巨大地震前のスラブ内地震の発震機構を解析すると,スラブ不足による正断層t型海溝外地震,スラブ過剰による逆断層p型地震,スラブ不足に因るスラブ裂開に関係する正断層tr型地震は,巨大地震前も同様の配置で起こっていることが確認できる(図60・61).

5.日本海溝域の海溝外地震と東日本巨大地震のすべり量分布

図63.東日本巨大地震のすべり分布と海溝外地震.左のすべり分布は鈴木ほか(2012)による.図中の矢印は上盤のすべり方向であり,下盤の場合には逆向きになる.右図の緑線は海溝輪郭適合小円.

 日本海溝の東側の海溝外にも正断層t型とtr型が多数起こっている.この海溝外地震の分布が最上小円区中心軸で最大になっていることは,最上小円区のスラブ不足と調和的である.また,強震計記録から解析された東日本巨大地震のすべり量分布(鈴木ほか,2012)と調和的であり(図63),50mにも及ぶ東日本巨大地震で開放された歪が,太平洋底の周縁隆起帯に蓄積されていたこと(速報18)を支持している(新妻,2012).
 正断層t型の海溝外地震で最大の地震は,東日本巨大地震の40分後に起こった第四余震M7.5であるが,ほぼ同じ位置で巨大地震前の2005年11月15日に,M7.2が起こっている(図62).

6.東日本巨大地震前震と前震域地震

 巨大地震後,地震活動の様相は一変したが,スラブ過不足に基因する地震のように,巨大地震前後で共通して起こっている地震活動もある.数少ない共通地震活動域には,巨大地震の前震域も含まれる.巨大地震の前震は2011年2月16日から3月10日まで起こった(速報8).前震の特徴は,圧縮主応力P軸方位が109-123°で傾斜が9-34°と巨大地震まで変化しないこと,および深度が38kmのスラブ内から8kmの島弧地殻内に及んでいることであり(図64中・右),これらはスラブと島弧地殻が固着して同一応力状態にあった事を示している.
 前震域では,巨大地震前の16年半に,1999年1月22日M5.7・2005年8月24日M6.3・2008年12月4日M6.1M5.5・6日M5.5の地震が起こっている(図64左).

図64. 東日本巨大地震前震域の圧縮主応力P軸方位.左:前震以前.丸印内は前震域地震.東日本巨大地震(+印)は前震域南西の空白域で起こった.中・右:前震期間.


7.前震域地震と海溝外地震

 前震域地震が起こった時の日本海溝におけるスラブの状態は,海溝外地震の発震機構型(速報18)を検討することで知ることができる.なぜなら,海溝外地震は海溝におけるスラブ引と海洋プレート押の応力関係の指標となるためである.
 前震域の地震は,日本海溝の海溝外地震の発震機構型と対応させると,正断層型海溝外地震期間に起こっている(表7).正断層型海溝外地震はスラブ引きが海洋プレート押を凌いでいることを示しており,東日本巨大地震の前震もスラブ引きが増大した結果,スラブと島弧地殻の固着を破壊して起こったと考えることができる.

表7.東日本巨大地震の前震域で巨大地震前に起こった地震と日本海溝の海溝外地震の関係.
Mの色は発震機構型(p:赤 t:黒 tr:青)に対応.

年/月/日 前震域地震 海溝外地震
’98/10/27 M6.1
’99/01/22 M5.7
’99/07/27 M5.0
’01/10/02 M5.3
’02/12/11 M6.1
’04/05/30 M6.7
’04/06/01 M5.3
’04/06/09 M5.6
’05/01/19 M6.8
’05/07/30 M5.4
’05/08/24 M6.3
’05/11/15 M7.2
’08/03/16 M5.3
’08/12/04 M6.1 M5.5
’08/12/06 M5.5
’08/12/15 M5.2
’10/02/28 M5.5
’10/03/13 M5.1
’10/11/30 M4.5
’11/02/16 M5.5 M5.3 M4.8
’11/02/22 M5.2
’11/02/26 M5.2
’11/03/09 M7.3 M5.2 M5.3 M4.8 M4.7
’11/03/10 M6.4 M6.3 M6.8 M5.2 M5.9 M5.4 M5.2
’11/03/11                      (東日本巨大地震 M9.0)
M7.5

8.東日本巨大地震の原動力,スラブ引き

 太平洋プレートは,日本海溝および北側の千島海溝,南側の伊豆小笠原海溝から沈み込み,一連の太平洋スラブとなる.太平洋スラブは,沈み込み障害によって日本海溝から沈み込めない状態であっても,千島海溝や伊豆小笠原海溝から沈み込めば,スラブ引が強化される.千島海溝と伊豆小笠原海溝の海溝外地震は2009年1月17日および2010年8月14日から2011年2月28日まで正断層t型地震であり,日本海溝の両側でスラブ引きが優勢であったことは明らかである.特に伊豆小笠原海溝では,2010年12月には22日の正断層t型地震M7.8に続いて7回,そして2011年1月に5回,2月に3回の正断層t型地震が起きて太平洋スラブ引が強化され,2月16日に東日本巨大地震の前震が開始された.

9.東日本巨大地震が変えたスラブの応力状態

 日本海溝スラブ内の震源は,スラブ震源を海溝距離・震源深度断面に表示すると30°傾斜の直線上に載る(図65B).しかし,千島海溝スラブ(図65A)・伊豆小笠原海溝スラブ(図65C)内の震源は日本海溝から離れるに従って傾斜を増大させる.スラブ震源のP軸は,逆断層型ではスラブ傾斜に沿い,正断層型ではスラブ傾斜に直交するが,千島海溝・伊豆海溝へのスラブ傾斜変換部では日本海溝からのスラブ傾斜方向に従っている.また,変換域では震源深度が盛り上がっていた.このスラブ傾斜変換域の地震は巨大地震後起こっておらず,スラブの応力状態が変わったことを示している.

図65.スラブ内地震の圧縮主応力P軸方位.左:東日本巨大地震前,右:巨大地震後.


10.結論

  1. 東日本巨大地震の前震域では,巨大地震前にも,スラブ引き優勢を海溝外地震が示す時期に地震が起こっていた.
  2. 東日本巨大地震は,伊豆小笠原海溝スラブ引により強化された日本海溝スラブ引によって,沈み込み障害になっていたスラブと島弧地殻の固着域が破壊される前震によって開始された.
  3. 東日本巨大地震は日本列島の地震発生の様相を一変させた.
  4. 東日本巨大地震後の日本海溝域の地震活動は,最上小円区中心軸に対称な発震機構型配置で特徴付けられる.
  5. 発震機構型の対称配置は日本海溝から沈み込むスラブの過不足に因る.
  6. 東日本巨大地震の二つ目の宮城県沖地震は,移動調整横ずれ断層nt型でスラブの過不足および海底地形と調和的である.
  7. 日本海溝スラブから千島海溝スラブ・伊豆小笠原海溝スラブへの傾斜変換部では,日本海溝スラブの応力状態に影響された地震が東日本巨大地震前に起こっていたが,巨大地震後は起こっておらず,太平洋スラブの応力状態が変化した.

引用文献

 鈴木亘・青井真・関口春子・功刀卓(2012)2011年東北地方太平洋沖地震の震源破壊過程.防災科技研主要災害調査,48,53-62.
 新妻信明(2012)東北地方太平洋沖地震M9.0の歪は太平洋プレート周縁隆起帯に蓄積,地球惑星連合大会予稿集,S-SS39-P03.