速報79)熊本地震・三重県沖地震・2016年5月の月刊地震予報

1.2016年4月の地震活動

 気象庁が公開しているCMT解を解析した結果,2016年4月の地震個数と総地震断層面積のプレート運動面積に対する比(速報36)は,日本全域で15個2.618月分,千島海溝域で1個0.002月分,日本海溝域で2個0.225月分,伊豆・小笠原海溝域で0個,南海・琉球海溝域で12個7.129月分であった(2016年4月日本全図月別).
2016年4月の最大地震は2016年4月16日熊本のM7.3+nt12kmで,M6以上の地震は4個で,2016年4月1日M6.5p29km三重県沖フィリッピン海プレート上部と熊本地震の前震の2016年4月15日M6.4-nt7km・4月14日M6.5+nt11km,である.

2.熊本地震

 2016年4月14日前震M6.5+nt11kmの後,4月16日本震M7.3+nt12kmが起こり,5月にも余震が続いている.
 熊本地震は琉球弧の背弧海盆である沖縄トラフ軸から北東に続く別府-島原地溝帯の中央部で起こった(図182).別府-島原地溝帯は更に瀬戸内海に連続している.沖縄トラフでは2015年11月18日にM7.1+nt17kmの最大地震が(速報74),続いて2016年2月6日に台湾南部でM6.4+pr16kmが起こり(速報77),九州の地震に警戒を呼び掛けていたところであった(速報78).

図182.熊本地震域の震源分布.別府-島原地溝帯に沿って2016年4月14日から地震が起こっている.この南西延長上に2015年11月14日に起こった沖縄トラフ最大地震M7.1+ntの震源(+印)が位置する.

図182.熊本地震域の震源分布.別府-島原地溝帯に沿って2016年4月14日から地震が起こっている.この南西延長上に2015年11月14日に起こった沖縄トラフ最大地震M7.1+ntの震源(+印)が位置する.

2016年4月に公開された発震機構速報解は207個に上り,2015年6月から2016年3月までの10ヶ月分214個に匹敵する.2011年4月以降の発震機構速報解個数の月間最大が2011年5月の124個であったことから,東日本大震災以後の観測・処理・公開体制の整備とともに熊本地震の地震個数の多さが際立っている.2016年4月の発震機構速報解207個の内,187個が熊本地震であり,その中に発震機構不定を70個含むが地震後2時間程度で公表されている.これらの発震機構解は精査され,初動発震機構解(精査後)・CMT発震機構解として公表されるが,4月の熊本地震について公開された精査後の初動発震機構解は19個,CMT発震機構解は10個に留まっている.気象庁によると,精査進行中で順次公開されるそうである.
今回の熊本地震では最初前震4月14日21時26分M6.5+nt11kmの最大震度が7であったため本震と思われ,地震間隔が次第に長くなった4月15日に損壊家屋に帰宅した人々を4月16日1時25分M7.3+nt12kmの震度7が襲い,死者数の増大を招いたことが悔やまれる.
東日本大震災でも,2011年3月9日11時45分の最大前震M7.3p8kmの後,3月10日20時21分M5.2p23kmまでM6.8を含む12個の前震が続き,3月11日14時46分に本震M9.0p24kmが襲った.前震の発震機構方位は最大前震後の3月9日23時24分M4.7P36kmまでばらつくが,3月10日になると最大前震方位に戻り,本震に到ることから,震源域の歪が最大前震で解放されていなかったことが分かる(特報4).
熊本地震の発震機構速報解を用いて発震機構オイラー回転角を検討する(図183).2016年4月1日から30日まで(左図)と4月14日18時から4月17日24時まで(右図)の地震断層面積対数移動平均(log Area)と最初の最大前震を基準とした発震機構オイラー回転角(Euler Rot)であり,4月15日の位置を合わせてある.地震断層面積は4月14日の最初の最大前震と16日の本震の2つの嶺から次第に減少している.4月14日の最大前震後,発震機構オイラー回転角は4月15日午前中まで左右に大きくばらつくが,午後になると50°以内に収まり,地震間隔も長くなり,4月16日1時25分に本震が起こった.本震後の発震機構オイラー回転角は4月17日まで大きく左右にばらついたままであることから,歪応力が解放されたと判定できる.

図183.熊本地震の初動発震機構速報解の地震断層面積対数移動平均(log Area)・最初の最大前震を基準にした主応力方位のオイラー回転角(Euler Rot).  左中が2016年4月1日から4月30日,右上が2016年4月14日18時から4月17日24時.右縁の数字は日付.  地震断層面積対数移動平均曲線左側は発震機構型の比率で赤色(逆断層型p)・空色(横擦断層型n)・黒色(正断層型t)で段彩してある.  オイラー回転角は,基準の最大前震の主応力方位が0の中心線,左端が島弧側に90°回転,右端が海溝側に-90°回転.色は凡例に示した回転角に対応している.

図183.熊本地震の初動発震機構速報解の地震断層面積対数移動平均(log Area)・最初の最大前震を基準にした主応力方位のオイラー回転角(Euler Rot).
 左中が2016年4月1日から4月30日,右上が2016年4月14日18時から4月17日24時.右縁の数字は日付.
 地震断層面積対数移動平均曲線左側は発震機構型の比率で赤色(逆断層型p)・空色(横擦断層型n)・黒色(正断層型t)で段彩してある.
 オイラー回転角は,基準の最大前震の主応力方位が0の中心線,左端が島弧側に90°回転,右端が海溝側に-90°回転.色は凡例に示した回転角に対応している.

4月14日の最大前震の深度が約10kmとされているが,本震前の4月15日24時までの地震40個の深度は4月14日21時42分M4.9?の「ごく浅い」を除き全て約10kmであるが,4月16日の本震から4月17日24時の89個の内「ごく浅い」地震は25個と4分の1以上あり,本震後に震源域の歪応力が地表まで解放されたが,最大余震では解放されなかったことが分かる.
 発震機構オイラー回転から,4月15日午後に4月14日M6.5が前震であり本震が起こることを予報することも可能であったであろう.発震機構速報解が2時間後に公開されている現状でも,4月15日夕方には本震襲来の予報は可能であり,予報結果の伝達方法整備によって防災の有力な手段になる.気象庁が発震機構速報解を算出した段階で発震機構オイラー回転解析を定常的に行えば,本震襲来について予報は可能であるので,警報を発する体制の確立が望まれる.
 これまで地震発生を知らせる報道では,オウム返しに「同程度の余震に注意下さい」と警告がなされていた.視聴者は本震前に地震発生間隔が長くなると余震も終息すると勘違いし,損壊家屋に帰宅したことが今回の死者増加を招いた.「日本被害地震総覧」(宇佐美,2003)には,被害地震の中の約100個の地震について複数の地震が記載されている.最初の地震よりも後続地震が大きい前震・本震型が約半分を占めることにより,最初の地震を本震と決め付けて「余震に注意」と警告するのは不適当であり,「2-3日中に本震が起こることもありますので十分注意下さい」と警告すべきである.発震機構オイラー回転が集中し,地震間隔が長くなる段階で「本震警報」を出すのが理想的である.

3.三重県沖フィリッピン海プレート上部の地震

2016年4月1日11時39分に三重県沖フィリッピン海プレート上部でM6.5p29kmが起こった.
三重県沖フィリッピン海プレートでは2003年1月19日M5.6+p45km ,2004年9月5日M7.4Pe44km,2011年10月26日M4.9Po45kmが起こっている(図184).2004年9月5日のM7.4は南海トラフ沿いで最大の地震である.ここは1944年12月7日M7.9東南海地震の震源域でもある.

図184.1997年から2016年4月までの西南日本CMT発震機構解の震央図(左)・震源海溝距離断面図(中)・縦断面図(右上)・時系列図(右中)・主応力方位図(右下).  震央図に東南海地震域地震の年月日とMを記入.  時系列図に左側に地震断層面積対数移動平均曲線(log Area)を付けてある.曲線の左側は発震機構比率により赤色(逆断層型)・空色(横擦断層型)・黒色(正断層型)に段彩してある.左縁の赤丸は東南海地震域の地震の年月日に対応.

図184.1997年から2016年4月までの西南日本CMT発震機構解の震央図(左)・震源海溝距離断面図(中)・縦断面図(右上)・時系列図(右中)・主応力方位図(右下).
 震央図に東南海地震域地震の年月日とMを記入.
 時系列図に左側に地震断層面積対数移動平均曲線(log Area)を付けてある.曲線の左側は発震機構比率により赤色(逆断層型)・空色(横擦断層型)・黒色(正断層型)に段彩してある.左縁の赤丸は東南海地震域の地震の年月日に対応.

1997年以降の初動発震機構解(精査後)の震央図・海溝距離断面図で注目されるのは,南海小円区と九州小円区境界を跨ぎ安芸灘から備後水道を通り日向灘まで直線状に分布する地震帯である.この地震は地殻とスラブ上面の間のマントルで起こっている(図185).安芸灘から備後水道までは地殻底のモホ面に沿うよう分布し正断層型地震(黒色)が優勢で,日向灘ではスラブ上面との衝突部に当たり上部で逆断層型地震(赤色)・下部で正断層型地震(黒色)が優勢である.この地震帯を「安芸-日向地震帯AHZ」と呼ぶことにする.安芸-日向地震帯を境界に東方では主応力方位がほぼ一定なのに対し,西方では急変し,西南日本弧と琉球弧の接合部であることを示している(図185右下図).

図185.1997年から2016年4月までの西南日本初動発震機構解(精査後)の震央図(左)・震源海溝距離断面図(中)・縦断面図(右上)・時系列図(右中)・主応力方位図(右下).  震央図に東南海地震域地震の年月日とMを記入.  時系列図に左側に地震断層面積対数移動平均曲線(log Area)を付けてある.曲線の左側は発震機構比率により赤色(逆断層型)・空色(横擦断層型)・黒色(正断層型)に段彩してある.左縁の赤丸は東南海地震域の地震の年月日に対応.  AHZは安芸-日向地震帯.

図185.1997年から2016年4月までの西南日本初動発震機構解(精査後)の震央図(左)・震源海溝距離断面図(中)・縦断面図(右上)・時系列図(右中)・主応力方位図(右下).
 震央図に東南海地震域地震の年月日とMを記入.
 時系列図に左側に地震断層面積対数移動平均曲線(log Area)を付けてある.曲線の左側は発震機構比率により赤色(逆断層型)・空色(横擦断層型)・黒色(正断層型)に段彩してある.左縁の赤丸は東南海地震域の地震の年月日に対応.
 AHZは安芸-日向地震帯.

安芸-日向地震帯の活動は周期的に変化し,南海小円区の安芸灘への張り出しも変化している.1997年以降の初動発震機構解(精査後)では2000年に急に活動を全域で開始し次第に縮小して2003年に静穏化,2005年に小規模に活性化して2007年に静穏化,2009年に中規模に活性化し2012年に静穏化,2014年に大規模に活性化している(図185右中図).
地震断層面積対数移動平均曲線(図184・185右中図左端log Area)について発震機構型比率に従い赤色(逆断層型)・空色(横擦断層型)・黒色(正断層型)に段彩した.その左側に付けた赤丸印は三重県沖地震の年月日に対応している.
安芸-日向地震帯AHZの正断層型地震域の伸縮と三重県沖の地震と対応させると,2000年の最大伸長から短縮して2003年1月19日M5.6が起こり,正断層型地震が無くなり逆断層型地震が増大して最大の2004年9月M7.4が起こっている.今回の2016年4月1日M6.5が,AHZの正断層型地震短縮後の逆断層型地震活発化前の2003年1月19日M5.6に対応すれば,AHZの正断層型地震終息後の逆断層型地震増大時に起こった2004年9月5日M7.4に対応するM8.3の東南海地震の再来が心配される.

4.2016年5月の月刊地震予報

2016年3月の地震活動の異常な静穏化は,嵐の前の静けさであり,東南海地震の震源域でM6.5と熊本地震M7.3が起こった.2005年以来0.21と低迷している地震断層面積のプレート運動面積に対する比(速報77,図179)は今月のこれらの地震によっても0.38までしか増加していないので,注意が必要である.
別府-島原地溝帯・沖縄トラフの拡大は互いに抑制・加速関係にあることから(速報74),台湾における2016年2月6日M6.4(速報77)以上の地震に警戒が必要である.これらの拡大・衝突はフィリピン海プレート沈み込みの抑制を解除する役割を果たすことから,南海トラフ・琉球海溝におけるプレート間地震が起こる条件は整ってきている.西南日本の応力状態が周期的に大きく変動していることは初動発震機構解によって知ることができる(図185).特に安芸-日向地震帯の地震活動変動はその指標として注目される.この変動から1944年東南海地震M7.9より大きなM8.3の地震が予報できるが,今後の地震活動変遷の監視が重要である.

引用文献

宇佐美龍夫(2003)日本被害地震総覧.東京大学出版会,605p.